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Salvation Angel  作者: 奈落の機械人形
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 遙一が旧校舎で非現実的な夜を体験してから早数週間が経過した。

 別れ際に『それではまた』と意味深なことを言い残して去っていった少女であったが、遙一はあれから彼女とは一度も会ってはいない。思えば彼女の名前も知らなかった。

 彼女と別れてから疲労困憊で自宅に着くとすぐに眠りにつき、目覚めた時に遙一は彼女の名前すら知らないことに気づいて後悔した。

 八月の初旬、旧校舎に火を放った少年達は警察に捕まった。

 火事の要因をつくったと思われる肝試しの連中はどういう経緯があったか不明だが、火事の後にあっさり捕まっていた。

 この時に校内で専ら話題になったのだが、どうやらこの連中、数年前にこの学校を卒業した者たちらしい。

 一時はテレビや新聞で取り上げられるほどの騒ぎになった。

 そして火事で瓦礫の山となった旧校舎であるが、警察による現場検証の後、解体業社が重機を運び込んで瓦礫の撤去作業が始まった。

 元々旧校舎は解体される予定だったので、その時に動くはずだった解体業者がきたらしく、だからか解体作業はすんなりと進んだらしい。旧校舎のあった場所は夏休みに入る頃には半分以上が更地となった。

 火事の範囲であるが、やはり火災の勢いは旧校舎だけにとどまらなかったらしく、校舎と旧校舎の間にあった雑木林はほとんど焼け野原と化した。

 また、旧校舎裏の林にも焼けた箇所があちらこちらにあった。

 旧校舎とその周りは焼け野原と化したが、現校舎への被害は全くないため授業に影響はなく、数日の休日を設けてからいつも通りの日々が再開した。

 遙一の身近にいる者で火事の影響を受けたと思われるのが三枝と鷹谷の二人だ。

 昼休みは雑木林の中で隠れて喫煙していた彼らだったが、火事でそのほとんどが燃えて隠れられなくなったので、この場所で昼休みに喫煙することをやめてしまった。その流れで昼休みに三人で校舎裏に集まることもなくなった。

 三枝と鷹谷はまたどこか都合のいい場所を見つけて喫煙しているのかもしれないが、遙一は昼休みは一人でいることが多くなったので、その時間に二人がどこにいるかはわからなかった。

 そして遙一自身もあれから旧校舎のあった場所には一切近づいていない。

 近づくのに少し抵抗があった。ただでさえ怖がりだというのに、あれだけの現実離れした恐怖を体験したのだ。当分は近づかないと決めていた。

 そして今、学校は夏休みの真っ最中である。

 遠くの空に積乱雲が見える昼過ぎの校内やグラウンドには、部活動に励んでいる者がたくさんいた。

 しかし、それ以外の目的で学校にやってきた生徒が少なくとも一名いたのである。

 元々は帰宅部なので登校日以外に夏休み中に学校に来る必要はないのだが、遙一は学校の門を抜けて校舎の裏へと回り、旧校舎のあった場所に向かっていた。

 いつまでも逃げていてはダメだ。旧校舎の中で延々と彷徨っていた二人の旅立ちを見届けた者として、このままずっと避けているわけにはいかない。そう思い立ち、今この場所を歩いていた。

 だが、旧校舎のあった場所には先客がいた。遙一のクラスの担任が更地を前にして立ち尽くしていたのだ。

 担任の名は有澤真弓。国語を担当する三十代後半の女教師だ。少し茶色がかった黒のショートヘアー、端正な目鼻立ちで左目の下には泣きぼくろがある。細身で身長は遙一より十センチほど高いだろうか。紺のスーツを着こなしているその容姿はやり手のキャリアウーマンを彷彿とさせた。

 ここへ来る時は緊張気味だったが、他にも人がいたことで少し安堵したのか遙一は気を楽にしてに声をかけた。

「先生? 何してんです?」

 それまで旧校舎のあった場所をじっと見つめていた有澤だったが、少し驚いた様子で振り返った。

「五十嵐君? あなたこそどうしてここに?」

「ああ。俺? ええと……」

 質問を質問で返されるとは思ってもいなかったので遙一は逡巡した。

「お、俺は……ここにちょっとした思い出があって」

 言いながら遙一は有澤の隣に立ち、彼女の見ていた旧校舎のあった場所を見やった。

 元は旧校舎だった瓦礫の山は完全に片付けられ、今は何もない殺風景な更地になっていた。その奥には林が広がり、あちこちに延焼跡と思われる焼け焦げた木々を見かけた。

 ほんの少し前までは当然のようにそこにあった旧校舎。それが綺麗さっぱりなくなっているのを目の当たりにし、遙一は何ともいえない寂しさに襲われて目を細めた。

「そう。五十嵐君もですか」

「え?」

「実はこの学校、私の母校なんです」

 有澤から返ってきた言葉に遙一は思わず驚いた。

「そうだったのか」

 有澤が遙一の担任になったのは今年の四月からだ。それから四か月が経つが、ここが母校だという話は一切有澤からはなかった。本人が隠していたのか、もしくは単に話す機会がなかったからか。

「私がこの学校に通っていた頃は、ここにあった旧校舎で毎日授業を受けてました」

 有澤は遠い目で旧校舎のあった場所を見つめた。

「二十五年近く前になるかな。そしてここには辛い記憶があって……」

 それは聞いていいものだろうか、と遙一は戸惑ったが切り出したのは当の本人なので踏み込んでみることにした。

「辛い記憶?」

「この話、ここに来てから誰かに話すのは初めてかもしれない」

 それからどちらとも数秒の間黙っていたが、有澤は遙一の方に振り向いて踏ん切りをつけたかのように口火を切った。

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