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「学生だった頃、私は少しやんちゃだった。それで何人かとつるんで、とある一人の女の子をいじめていた」
遙一は虚を衝かれたように口を半開きにした。彼女には全くそんな印象がなかったからだ。
学生時代はおとなしそうに過ごしていたんじゃないかと頭の中で勝手なイメージを作り上げていた。
「女の子には幼馴染の男の子がいて、いつも仲良くしてた。それが気に食わなかった。そして周りのみんなにも目障りにうつっちゃって……いつしかみんなでその女の子を仲間はずれにして避けるようになってた」
遙一は何も言わず、有澤が語る話に耳を傾けた。
「それから間もなくして、私たちは取り返しのつかないことを起こしてしまった」
有澤は遙一から視線を逸らすように俯いてそれから更地の方を見やった。
「階段の近くでいじめていた女の子を何人かで取り囲んで言い争いになっちゃって。それがエスカレートして、当時一緒にいた友人がその女の子を突き飛ばしたの」
その時一瞬だけ、遙一には有澤が唇を噛んだように見えた気がした。
「まずいと思って私は手を伸ばしたけど届かなかった。女の子は階段から転げ落ちて、それからもう動かなくなった。すぐに救急車で運ばれたけど、遅かった。頭を強く打っていて、助からなかった」
思ってもみない重たい話に、遙一は聞き出してしまったことを少し後悔し始めていた。だが、それとともになぜか背筋に寒気を感じていた。
「学校側の対応も最悪だった。もみ消したのよ。最初からいじめがなかったかのように。彼女が階段から足を滑らせたことによる転落死という事故扱いになった。その時私は何もできなかった。どうすることもできなかった」
突然強い風が二人の周辺に吹き、彼女の心中を表現するかのように更地の砂煙を巻き上げていく。
「それから間もなくして、彼女の幼なじみだった男の子も病気で亡くなってしまった。元々持病があって体が弱い方だった。でも、あの子の死が彼の病状を悪化させたのかもしれない」
それを聞いた瞬間、遙一の頭に過去の旧校舎らしき場所で出会ったあの二人の姿が浮かんだ。
市崎楓と宮谷裕真。
二人の名前が口から漏れそうになるが口元で食い止めた。きっと口にしてはならない名前だとなぜか咄嗟に思った。
「これが私がここでつくりあげてしまった思い出。それから教師を目指していた私は何の因果かこの学校に着任することになった。笑っちゃうでしょ」
そう言い、更地の方をじっと見つめたまま有澤は乾いた笑みを浮かべていた。だが突然、
「ところで、五十嵐君は幽霊はいると思う?」
全く予想だにしていなかったことを尋ねてきたのである。
「え!?」
遙一は幽霊という言葉を耳にした瞬間、槍を持った不思議な少女と旧校舎の前で会った二人が頭に浮かんで慌てふためいた。
なんと誤魔化して答えようかと狼狽えていたら、有澤はその返答を待たずに続けた。
「私はいると思うんだ」
「そ・そうなんだ……」
誤魔化さずに済んだので遙一は気づかれぬようにそっと安堵のため息をついた。
「ここにきてどれくらい経った頃だったかな。旧校舎に女の幽霊が出るという噂を聞きつけた。それでね。私はあの子がまだ旧校舎でさまよってるんじゃないかって思った。だから夜遅くに旧校舎に何度か忍び込んだ。だけど、会えなかった」
有澤は無念そうに嘆息をもらした。
「何を今更って思われるだろうけど会って一言謝りたかった。避けられて当然よね。許してくれるはずがないんだもの」
遙一はふと顧みた。有澤が旧校舎に何度も入ったのなら、あの二人はそのことを知ってるはずだ。だが旧校舎の前で会った時、二人は有澤のことについては何も言わなかった。
(当然か。許してはいないんだろうな。許せるはずもないか)
今まで旧校舎を延々と彷徨っていた二人はもうあの世に連れていかれてしまった。二度と有澤はあの二人に謝罪することはできない。そう思うと、遙一はいたたまれなくなった。
「話したら少し楽になった。そういえば五十嵐君のここでのちょっとした思い出って何かしら?」
「え? 俺は、ええと……秘密です」
「なんですって?」
遙一が拒むと、まるで取調べの警察のような剣幕で有澤が迫ってきたため、たじろいでしまった。
「私にはこれだけ話させといてズルいわね。まあいいわ。私は話したくて話したんですもの」
有澤は遙一をからかうだけからかうと満足したのかしたり顔になった。だが、それからすぐに気を引き締めたのか真剣な顔つきになる。
「じゃあ、その代わりにこれだけは聞いてもいい?」
「え? まあ、答えられるものならだけど」
有澤に気圧されたばかりというのもあり、尻込みしながら遙一は有澤からの質問に身構えた。
「ここでのその思い出はあなたにとってどんな思い出なの? 私みたいに後悔するような思い出?」
遙一は考え込んだ。
自分は今後悔しているのだろうか。
一人で旧校舎に忍び込んだあの夜、そこで遙一は不思議な少女に出会い、不気味な人体模型に襲われた。
それから旧校舎が火事で焼け崩れて、人体模型に閉じ込められて延々と旧校舎を彷徨っていたという二人と出会い、あの世に旅立っていくのを見届けた。
後悔があるのかないのかはわからない。それでも、だ。
大事な思い出には変わりはない。
「とても大切な思い出です」
「そう。なら安心した」
有澤は愁眉を開いて微笑んだ。
「さあ。そろそろ戻らなきゃ。あなたも用事がないならもう帰りなさい」
有澤はそう言うと遙一の返答すら待たずに去っていった。
有澤が背中を向けた時にだが、遙一にはその時彼女の目が潤んでいたように見えた気がした。
有澤が校舎に入って見えなくなるまで見届けると、遙一は更地に向かい合った。
これで良かったのだろうか。わからない。
ただ、後悔は絶対にないと言えば嘘になる。
もしあの時三人で肝試しなんかしなかったら。
一人で旧校舎に忍び込むなんてことをしなかったら。
有澤はあの二人と会うことができていたであろうか?
やりきれない思いを胸に抱いたまま、遙一は旧校舎跡の更地に背を向け、歩き始めたのだった。




