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その瞬間、星空が視界全体に映し出された。そして自分の体が仰向けに寝かされていたことを、背中に面した地面の硬さで認識した。
もしかして元の世界に戻ってこれたのだろうか。
起き上がろうとしたが、頭がボウリングの球でもくくり付けられているかのような重たさでうまく起きれず、元の仰向けに戻ってしまった。
すると、突然視界に何者かの顔が現れ、
「わぁっ!?」
遙一は思わず悲鳴をあげてしまった。
槍を持つ少女だった。
「心臓がとまるかと思ったわ!」
「驚きました」
不満をぶちまける遙一を無視し、四つん這いの体勢で顔を覗き込んだまま少女は呟いた。
「いや驚いたのはこっちだ!」
遙一は不平を漏らしながら起き上がろうとしたが、頭の重さに負けてまた仰向けに戻ってしまい、そのまま嘆息した。
それで少し冷静になれたのか、少しだけ頭を浮かせて少女の方をよく見てみる。
少女の恰好は初めて見た時と同じセーラー服姿だった。少女の身の丈以上もある槍も持ってなかった。
少女は遙一のすぐ傍で立ち上がったが、仰向けのままの遙一からは彼女のスカートの中は覗けなかった。
「やはり生きてるんですね」
少女のその一言に心臓がドクンと大きく跳ねて凍りつく。その脈打ちは下着を覗こうとしていた下心とは決して関係ない。
無意識のうちに頬に冷や汗が流れ、それと同時に、先ほど遙一が光る欠片に触れようとしていたのを引きとめようとする少女の姿が頭をよぎった。
(そうだ。俺はあの時、半身の女が破裂した時に飛び散った光る欠片を取ろうとしたんだ。そしたら少女が触れてはダメだと飛び込んできて……)
光る欠片に触れた途端遙一は意識を失った。そして過去の世界らしき場所に飛ばされ、あの少女と少年に出会った。
「教えてくれ! あの光る欠片はなんなんだ!?」
「怨念の欠片」
少女はそうぽつりと呟いた。
「おんねんのかけら?」
「生きた物が触れると屍になる」
屍と聞いた瞬間、遙一は身震いした。
生きた物、つまり生物全般ということだ。人間だけじゃなく、この世に生きる物全てがそれに触れると死ぬ。
「人間が触れれば一瞬にして魂と肉体が分離して、二度と結びつくことはできなくなる」
少女は淡々と説明するが、遙一はそこで極めて明らかな矛盾点を感じ取った。
「え? じゃあ俺は?」
少女は一拍ほど間を置き、説明を再開した。
「あなたの魂と肉体は確かに一度は分離した。けれど、どういうことか完全な分離ではなく、一時的な幽体離脱の状態だった。だから私はあなたが目を覚ますのを待っていた」
「一時的な幽体離脱……?」
「そう。こんな現象は初めて見た。だから私は驚いてる」
見た目は無表情ではあるが、少女が驚くということはそれだけ珍しい現象なのだろう。
それはそうと、幽体離脱と聞いてあることが思い当たった。
遙一が怨念の欠片に触れた時、魂と肉体が分離して、魂だけであの二人に会いにいっていたのかもしれない。そしてあの旧校舎は、あの世の魂とこの世の魂が接触できる場所。三途の川のような場所と言えばいいだろうか。遙一とあの二人にとってさっきの場所はそういう場所だったのだろう。
あの二人は遙一が追いかけようとするのを阻止した。もし無理やりにでもついて行ったなら炎にのまれた旧校舎の崩壊に巻き込まれ、今頃はもうここにはいなかったのかもしれない。
念のため、試しに頬をつねってみたがしっかりと痛みはあった。少女が言っていた、死んでいないということに嘘はないのだろう。
痛みを感じてから、これが夢かどうかを確かめる行為だということに気づいて遙一ははっとした。
「そうだ。俺、変な夢を見ていた。いや、幽体離脱していたというのなら夢じゃないのかもしれないけど」
それを聞いた少女は頭に疑問符を浮かべるかのように小首を傾げた。
「夢の中で全壊したはずの旧校舎が出てきて、そこに同年代くらいの男と女がいたんんだ。その二人が俺に一言謝罪とお礼がしたかったって。あと、あんたにもお礼を言っといてくれって」
「……そうですか」
と、少女は無関心なのか短く答えた。
少女と話しているうちに頭にかかる重みが弱まってきたので、試しに体を起こしてみたら今度はちゃんと上半身を起こすことができた。
「よっと……と」
そこから更に立ち上がろうとしたが、少しふらついて空足を踏んでしまった。
「そういえばここは……?」
遙一は訝しそうな面持ちで辺りを見渡した。
「あの学校から一番近くにある公園」
対して、少女は淡々と答える。
「だよな。道理で見たことあると思った」
そこは学校から徒歩で五分くらいの場所にある小さな公園だった。遙一が通学路として使っている道からほんの少しだけ離れた場所にある。真夜中とあって人気は全くない。
しかし、先ほどまで学校にいたのにどうしてこの場所にいるのか。
よくよく耳を澄ましてみると、遠くの方が騒々しかった。その方角の夜空には、もくもくと上昇する煙が確認できた。今まさしく消火作業の真っ最中なのかもしれない。
当然、時間とともに野次馬は数を増すだろうから、もしあそこに留まっていたら、少女と気を失った遙一の組み合わせは言わずもがな不審人物として扱われるだろう。だから見つからないようにと、少女は遙一を連れたまま瞬間移動で場所移動したのだと思われた。
旧校舎はすでに瓦礫の山と化しているが、依然炎は消滅することなく猛威をふるっているのだろう。夜空に浮かんだ煙の量から察するに、おそらく周りの雑木林に飛び火しているかもしれない。
夜空に昇る煙をじっと見つめていた遙一は、突如はっとして少女の方に視線を戻した。
「あの二人はどうなったんだ?」
人体模型の半身の女が槍で仕留められる瞬間を確かに見てはいるのだが、あの二人がその後どうなったのかを一応確認したかった。
少女は無言のまま星空を見上げた。
「無事にあの世にいけた、と受け取っていいのか」
遙一がそう答えると少女は夜空から視線を降ろした。
「それが私の使命だから」
「使命?」
「興味深い現象を見せてもらったから特別に話してもいい」
興味深い現象とは、生物が触れるとたちまち死に至るという欠片に、どういうわけか遙一が触れても生きていられることをいうのだろう。
遙一自身なにがどうなっているのか理解できていないのだが、一応は生きているのだから今の時点ではあまり気にしないことにした。
「私はこの世を彷徨っている魂を冥界に連れ戻す務めを受けている」
「冥界……?」
「そう。あなたがたが言うあの世」
胡乱なことを相変わらず淡々と語る少女。しかし、人間離れした彼女の姿を何度も目にしたからこそ遙一は信じざるを得ない。
「あの二人は過去に命を失った者。そして私の務めは二人を冥界に連れ戻すこと。ただそれだけ」
つまり、少女は人体模型に閉じ込められた少女と少年をあの世に連れていくためにここにやってきたわけだ。
「あの二人の魂は人体模型にずっと閉じ込められていた。少年には強い恨みの念があった。その念が人体模型に影響を与えて暴走状態に陥り、自力では出られなくなってしまった」
つまり今回の騒動の大本は少年の恨みというわけだ。だからあの少年は出会って早々謝ってきたのだ。
「これで話は終わり。あなたの無事を確認できたから私はこれでお暇します」
「あ・ああ」
遙一は返事を濁した。本心を言えばまだ離れたくはなかった。聞きたいことは他にも山ほどあるが、今答えてもらったことだって特別に話してもらえたのだ。これ以上教えてくれそうにないだろう。だから口元から漏れそうになっていた質問の数々をなくなく飲み込んだ。
「それではまた」
そういい残して少女は背を向けて地を蹴り、重力を無視して空へと飛び上がったかと思った次の瞬間、その後ろ姿は一瞬の内に消えてしまった。瞬間移動したのだろう。
深夜の誰もいない公園に遙一だけが残された。
少女がいなくなってようやく平凡な日常が戻ってきたのだ。しかし遙一は硬直したまま動かない。
「……え?」
去り際に少女が残していった一言が腑に落ちないのだ。
『また』とはどういう意味なのだろうか。




