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半身の女は瞬間移動をしてから一向に姿を見せない。両腕がないので、先のように瞬間移動しながらなにかしらの被害を与えてくるとは思えない。
「逃げたのか?」
だが仮に逃げたとして、どこへ逃げたというのか。
その時、遙一は見落としていた何かに気づいたように、ハッとしてある方向を見やった。旧校舎のあった場所の裏側に広がる、広大な森林地帯だ。ここに逃げ込んだのだとしたら、人間離れした少女はともかく、一般人は手の出しようがない。
更に推測してみるとだ。先ほどの矛盾した挙動が演技だったとするならば、『お願い。壊して』という言葉は挑発であり、遙一と少女を森林地帯に誘い込んで、遭難させようとしているのではないだろうか。
とはいえ、遙一にならその方法は有効だが、不思議な力を持っているこの少女の場合、それが通用するのかはわからない。
とにもかくにも、逃げ道や身を隠す場所としては絶好の場所ではないだろうか。
「標的がこの森に入っていったと思いますか?」
森林地帯をじっと見つめていたためか、少女も同じ方角に視線をやりながら尋ねてきた。
「ああ。可能性は高いと思う」
「そうですね。身を隠すにはちょうどいい場所です。ただ、瞬間移動にはちょっとした欠点があるんです」
「欠点?」
遙一は森林地帯から視線を逸らして、少女に向かい合った。
「瞬間移動で行ける場所は、自分が一度実際に訪れたことがある場所だけ。もし仮に、標的が旧校舎から一度も外へ出たことがないとしたら?」
「あの女がこの森の中にいる可能性は低い」
「はい。そして、逆に潜んでいる可能性が高いのは、この瓦礫と炎の中のどこか」
二人はほぼ同時に燃え盛る旧校舎の崩壊跡を見た。
「でも、これじゃあ火が消えるまで手の出しようがないんじゃ……」
それに火が消えたところで、広範囲に広がった瓦礫の中を探し回らなければならない。それがすこぶる骨になりそうなのは誰の目から見ても明らかだ。
「そうですね。でも私は火が消えるまで待つ気も、炎の中でかくれんぼする気も毛頭ありません」
少女は両手で握った槍を胸の高さで水平に掲げると、その切っ先を眼前に広がる炎と瓦礫の中のとある方角に合わせた。
「それに、私が瞬間移動先が読めることを忘れています」
そう言いながら少女が槍から両手を離すと不可思議な現象が起きた。
槍は重力を完全に無視して、その位置のまま水平に浮いたのである。
見ようによっては、それは透明人間が槍を構えているようにも見える。
「そろそろ幕切れにします」
少女が槍の後端にあたる石突を右手の人差し指でちょんっと軽く押した瞬間、射出されたミサイルのようなスピードで槍は切っ先の向けられた瓦礫の方角へとひとりでに突撃を始めた。
遙一は槍が向かっていく方角を見やった。
槍が放つ風圧が軌跡を残すように炎をかき消していく。それはまるで、紅蓮の海に道を開けるかの様。
そして、遙一の眼は槍の到達予定地点辺りにいた半身の女の姿を瞬時に捉えた。
槍が瓦礫に突き刺さる寸前に、炎に包まれた瓦礫の下から小さな影が飛び上がったのだ。
しかしすぐに影は消えた。また瞬間移動したのだ。
おそらく、燃え盛る瓦礫の中にまで踏み込んでこない少女を見て、飛来してくる槍のみをかわしながら瞬間移動を繰り返せば、ある程度時間稼ぎができると踏んだのだろう。
消防隊はもうやってきてもおかしくない。その時にはたくさんの野次馬も消防隊の後を追うようにしてやってくるだろう。そうなると、少女はこの現実離れした光景を、このまま大衆の面前で繰り広げることになるはず。
仮にこの非現実的な光景をありのままにさらけ出したならば、騒ぎになるどころか、テレビや新聞でたちまち取り上げられるだろう。それを避けるには二つの選択肢がある。半身の女を捕らえるのを諦めて一時的に退くか。もしくは、大勢の人々がやってくる前に即刻で決着をつけるか、だ。
「言ったはずです。かくれんぼをする気など毛頭ないと。それと、なぜ私が標的の瞬間移動先が読めるのかを教えてあげます」
言い終えた瞬間、彼女の姿が一瞬で消えた。それは紛れもなく、半身の女が使っていた瞬間移動と同じものだった。
遙一が驚く間もなく、少女は同じ位置に再び姿を現す。姿を消してから再び現れるまで、一秒もかかってない。
少女が瞬間移動を使って何をしたのかは、彼女の右腕に半身の女が抱えられていたことでおおよその検討はついた。少女は半身の女の隠れた場所を特定し、その場所まで瞬間移動して女を捕まえ、再びこの場所へ瞬間移動で戻ってきたのだろう。
「瞬間移動をある程度使いこなせるようになれば、自然と相手の瞬間移動先が読めるようになるんです。私は先ほどからあなたの瞬間移動先を読んでいました。その時に、私が瞬間移動を使えることに気付けなかったのですか?」
少女の言葉が半身の女の耳に届いているのかどうかは判断できない。
彼女の腕の中で抑えつけられた半身の女は片方しかない眼球を大きく開き歯を食いしばっている。必死に抵抗しているようだが、両腕を失っているためか、それはただの身じろぎに終わった。
少女に抑えられている影響でなのかは不明だが、瞬間移動を使わないところを見ると、もうできないらしい。
「これで終わりです」
少女は冷淡さを保ったまま抱えていた女の顎を左手で鷲掴みにし、ひきつった顔でいる女の顔面の真正面から一切の躊躇なく槍を突き刺した。
ぱんっと風船の割れるような音とともに頭部から胴体にかけて一気に破裂、少女の周りに人体模型の破片が散らばった。地面に軽い音を立てて幾つもの破片が転がっていく。それに紛れて、人体模型の破片とは違う、光を放つガラスの破片のようなものも辺りに舞い落ちていく。
「これは……いったい?」
光る破片はまるでショートした電線が放つ火花のように辺りを舞い続ける。
その光の破片の一つが遙一の傍にまで舞ってきた。ちょうど手を伸ばせば届く距離にまできたので、遙一は興味を惹かれて右手を伸ばし、掌で光る破片を受け止めようとした。その時、
「それに触れてはダメ!」
遙一の行動に気づいた少女は、慌てて遙一へと手を伸ばす。
え? と遙一が声を漏らした瞬間、光の破片は遙一の掌に着地した。それと同時に、慌てて飛び込んできた少女の姿を視界に最後に映し出して、目の前がぷつんとテレビの電源を落としたように真っ暗になった。




