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「なんのつもりですか?」
少女は鋭い眼を細めて、数歩先に立つ遙一に問いかけた。
少女の進路を妨げた当の遙一は、少女に向かい合わせになった瞬間、ナイフでも突きつけられたかのように狼狽えだした。
「いや、何がしたいのか俺にもわからない。ただ、あの女が不憫に思えて、見てられなくて……」
少女に白刃のような鋭い双眸で睨みつけられ、遙一はごくりと唾を飲み込んだ。
刃向かったところで到底敵う相手ではない。彼女の機嫌を損ねたら、もしかしたら自分の命が危うくなるかもしれない。だが、もう後には退けない。
「おもしろい人ですね。私を火事から救おうとしたり、首を狙ってきた標的を引きはがそうとしたかと思えば、今度は私の標的を守ろうとする。先ほど自分の命が脅かされたことを忘れたのですか?」
「も・もちろん、憶えてる!」
「なら、どうして?」
氷のように冷ややかでどこまでも無表情な少女は問いかける。
対し、遙一は眉間にしわを寄せ、迷い道で行き止まりに出くわしたかのように渋面を浮かべた。
「俺には今ここで何が起こってるかさっぱりわからない。いや、なんとなく理解できているような気もするし、だけどやっぱり全然できていないような気もする……なんか、自分でも何言ってるかわからなくなってきた……」
出だしの声の勢いは最後の方では尻窄みになっていた。
背中にまとわりつくような切迫感を払うかのように遙一は首を左右に振ると、覚悟を決めたように少女にもう一度面と向かい合った。
「とにかくあんたは、あの女をどこかへ連れて帰りたいんだろ? でも、やつはそれを拒んでる。何か事情があるってことだろ? だったら、その事情を聞いてやってから納得させた上で連れていくことはできないのか?」
なぜ半身の女を擁護するためにこんな危険な少女を説得してるのか、遙一自身が疑問に思い戸惑った。ただ、なにか穏便に解決できる方法があるのではないか、という淡い期待に突き動かされているだけかもしれない。
「そんなことをしている時間はない」
少女は瞳と頭を最小限に動かしてサイレンが聞こえてくる方角を見やった。
先程よりもサイレンの音は大きく、その数も増えている。少し耳を澄ますと、人が多く集まってきているらしく、雑木林の向こう側にある校舎付近が騒々しい。おそらく、たくさんの野次馬に囲まれた中で消防隊員たちが消火準備をしているのだろう。
とにもかくにも、消防隊が到着する前に旧校舎は全壊した。こうなるのなら最初から電話しなければよかったと思ったが、上空はまるで爆撃にでもあったかのように、上昇する炎と煙を混ぜ込んだ異常な夜空と化しているのだ。それが近所の住人の誰かの目にとまり、そこから消防署に連絡がいっていただろう。
「あなたは何も考える必要はない。ただじっとしていればいい。邪魔しないで」
少女は言い終える間際に、遙一の腕を掴んで引き寄せた。
「お、おい!」
不意を突かれたため、引き寄せられた勢いのまま遙一はバランスを崩して転びそうになる。が、少女が腕を掴んだまま支えてくれたのでなんとか踏みとどまることができた。
体勢を立て直して振り返ると、半身の女がすぐ傍まで迫っていて、残った右腕をこちらへ伸ばしてきていた。少女が引いてくれなかったら、また足をつかまれていただろう。
半身の女はこれ以上距離をつめる気はないのか、右腕を伸ばしたままでその場からは動かない。先の鷲掴みにされた時の顔の周りのヒビの他に、食いしばった上下の歯にもいくつものヒビが入っている。片方しかない目は怒り狂ったように尖り、白目には幾筋もの細い血管が浮き出ていた。
次の瞬間、遙一をつかまえようとして空をさまよっていた右腕は、予想外にもバンッという強烈な音とともに地面に叩きつけられた。その衝撃で半身の女の右腕である、人体模型の腕の破片が辺りに散らばった。
腕を失ったその付け根部分は空洞になっていた。
遙一はこの時に一瞬、もしや本当は半身の女は機械仕掛けにでもなっているのではないかとまだ疑った。が、その空洞部分を目の当たりにして凍りついた。
半身の女は四肢を失った。これで地面を這っての移動はできなくなった。
しかし、何を思って半身の女は自らの手で自分の身動きを封じたのか? 瞬間移動があるから完全に移動手段を失ったわけではないが、半身の女の予期していなかったその行為に、遙一どころか少女までもが目を細めて固まってしまっていた。
「……して」
その時、どこからともなく声が聞こえた。
どこから聞こえたのかと遙一が左見右見している隣で、少女が半身の女の方をじっと睨みつけている。それに気づいて、遙一も半身の女に視線をやり、耳をすました。
「お願……い。早く……壊して……」
やはり間違いなく半身の女からだった。
その醜く破壊された姿には到底似合わない、弱々しく震えたか細い声に、遙一は驚いて体を揺らした。
「喋った!?」
半身の女の様子を見て警戒を強めたのか、少女の目つきが更に細くなる。槍を握る手にはギュッと力が込められた。
「覚悟を決めたようですね。じゃあ、望み通りに壊してあげます」
少女は徐に数歩前進し、うつ伏せに倒れこんだ半身の女の後頭部へ向けて槍を突き下ろした。
が、それは何も貫くことはなく、ただドスっという音だけを立てて地面に深く突き刺さった。
「消えた!?」
槍だけが突き刺さった地面を見下ろしながら、遙一は呆気にとられたように呟いた。槍が突き刺さる寸前に半身の女は瞬間移動したのだ。
「矛盾した言動をする滑稽な方がもう一人」
滑稽と言いつつも少女は冷淡な面持ちのままで、地面に十数センチも突き刺ささった槍を引き抜いた。




