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先程旧校舎の屋上を出た際に消防に連絡を入れてからまだ一〇分も経っていなかったが、遙一はもう半時間以上過ぎたような気がしていた。聞こえてくるサイレンの音からしてもう近くまで来ているようだが、それにしても時間がかかりすぎている。旧校舎のある場所が学校の敷地内の奥まったところ故、ここに辿り着くまでの間に困難でも生じているのだろうか。
「私から離れない方がいいです。屈んでしばらくじっとしてて下さい」
少女の放った言葉に、遙一は不思議そうに少女を見やったが、言われた通りにした方がいいと判断して彼女の傍で両膝を曲げて腰を下げた。
少女の右側で屈んだ姿勢のまま顔を上げると、ほんの今し方二人が飛び出した旧校舎の窓からは、炎が嘲笑うかのように溢れ出て揺らめいていた。とにもかくにも旧校舎からは無事脱出できたようだ。
遙一の傍らで周りを警戒する少女。その鋭い眼光は膨大に膨れ上がった炎に飲まれる旧校舎に向けられている。そして周りの音を全て取り込もうとするかのように耳をそばだて、じっと動かない。
槍を右手に握っただけで、何の構えもなくその場で仁王立ちする少女の姿は、現実離れしたこの世界がまだ終わっていないことを示しているようだった。
もう近くまできているだろう消防車のサイレン音に紛れて、木材が燃えるバチバチという音が旧校舎のあちこちから聞こえてくる。それらの音を遮るように、少女は口火を切った。
「俗に言う瞬間移動――テレポーテーションですか。それを使って私が投げた槍から逃れて、再び私たちを襲おうとした」
「はぁ!? テレポーテーションって……んな馬鹿な!?」
遙一は漫画やゲームなどでよく耳にする現実味のない単語にはっとし、唖然とした面持ちで先程起こったことを思い出した。
高速で飛んできた槍は半身の女によって一瞬は受け止められはした。が、その勢いは止められず、最後まで槍に押されたまま旧校舎の壁や床に激突していったように見えた。だが、仮に瞬間移動ができるというのならば、半身の女はそれを使って途中で退避できる場所へと瞬間移動し、槍の攻撃から免れていたということになる。
その時だった。
何の前触れもなく突然少女は何もない右斜め上へ向けて、片腕のみで自分の背丈以上ある槍を横に振るう。
そこへ槍の刃先に鉢合わせするかのように、突如半身の女が瞬間移動で空中から襲いかかるように姿を現した。が、鼻先に刃先が触れる寸前で、焦ったように片方しかない目を見開いたまま半身の女は、間、髪を容れずに姿を消した。
少女の振るった槍はそのまま空振りした。
攻撃は当たらなかったが、どうやら少女は半身の女が瞬間移動で現れる場所を先読みできるらしい。
少女は振り切った槍を構えなおす。そして一拍おかず全身を右に半回転させ、屈んだ遙一の頭をかするようにして後方へ向けて槍を薙ぐ。
少女のその細い片腕だけで操ってるとは思えないほどのスピードで槍の刃先が半円を描く。遙一は屈んだまま、ただただ目を丸くした。
ちょうど同じくして半身の女が瞬間移動で遙一の背後に現れたが、またも刃先が直撃する寸前に瞬間移動で姿を消した。
「なるほど、今まであなたを狩りにきた方からは、そうやって逃げ延びてきたのですね。上半身だけなのは、以前狩りに来た者にやられたのですか?」
遙一の思考が違和感を感じ取って一瞬固まった。
少女の今の言葉から察するとだ。見てわかる通り、少女は半身の女を仕留めにきているのだろう。そして、半身の女のような化物を狩っている、この少女のような人間離れした存在が他にもいる、ということを示しているのではないのか。
突然、遙一は少女にシャツの襟首を掴まれ、後ろへと引き寄せられた。
不意を突かれたから。いや、それだけではない。人間離れした少女の怪力に、遙一はなす術もなくバランスを崩してそのまま尻餅をついた。
その一瞬後、遙一のちょうど眼前に半身の女が現れた。それとほぼ同時に、遙一の視界を左右真っ二つに裂くように背後から少女の槍が振り降ろされる。が、直前で半身の女はまた瞬間移動で姿を消した。
遙一は飛んできたナイフが目の前をかすっていったかのように顔面蒼白になっていた。
「察するに、あなたが憑いているその器は人体模型という物でしょうか」
遙一は尻餅をついた状態のままで、何かを思い出したように目を見開いた。少女の言った通り、確かに上半身だけの半面骸骨の女の半身は人体模型のようにも思えた。
「どういう事だよ!? なんで人体模型が!?」
遙一の問いかけに少女は何も答えない。
答える必要はないと判断されたのか、もしくは、瞬間移動で襲ってくる半身の女からの攻撃に対処するために集中しているから答えられる程の余裕がないのか。
遙一には、少女に余裕があるかどうかの判別はできない。
彼女の槍はことごとくかわされている。しかし、彼女も半身の女の瞬間移動からの攻撃に一切当たっていないのだ。それどころか、足元で座り込んでしまっている遙一を守りながら対抗している。
瞬間移動で自由に動き回る半身の女と、足元の遙一を守りながらその女の瞬間移動先を読んで抵抗する少女。身動きがとれない分、少女の方が不利だろうと遙一は思った。だが、
「今まで逃げ延びてこれたのは相手が良かったから。もう逃げられないと思いますよ」
はったりなのか本当なのか、少女は左手に握った槍の石突を地に着け、見えない相手に向かって無表情のまま堂々と宣告した。
そして唐突に右の掌を広げ、横合いに伸ばす。
その刹那、いつの間に姿を見せたのか半身の女の顔面が少女の右手の五本指にがっちりと鷲掴みにされていた。
依然、砂利の上に腰をついたままでいた遙一は、何が起こったのか理解できず、その場でただただ唖然とするしかなかった。




