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Salvation Angel  作者: 奈落の機械人形
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16/26

16

 少女は窓枠の高さに合わせて身を屈め、左手で窓枠上部を掴み、右手は何かを投げたように前に突き出していた。

 遙一を驚愕させたのはそれだけではない。少女の姿が先ほどと変わっていた。それまでセーラー服姿だったのが、今は真っ赤なインバネスコートの恰好になっていたのだ。これで混乱の要素が更に増えた。

(今のこの短時間で着替えてからここまで上がってきたのか? なぜそんな面倒なことを? それ以前にせっかく脱出できたというのにどうしてまた戻ってきた?)

 状況が飲み込めないでいる遙一のすぐ隣へ、少女は窓枠から降り立つ。

 彼女のこの恰好はいったい何なのか? そして先の棒はなんだったのか?

 見るからに少女が棒を投げ飛ばしたと思われる。が、人間が投げたとは思えない、尋常じゃないスピードだった。矢ですら容易に追い抜くのではないかと思えるくらいに。

 もし少女がこれをやったとするなら、どのように投げればあれほどの速度が出せるのか? しかも、窓枠の上という不安定な足場でだ。

 いや、もはや現状を理解しようとする必要はない。今この周りで起きていること全てが現実離れしているのだから。

 先の棒によって飛ばされていった上半身だけの半面骸骨の女は本物の化物。

 そして、その化物を飛ばしたこの少女もやはり普通の人間とは違う存在なのだろう。

「熱っ!」

 迫ってきた熱気により思考は遮られ、遙一は後ずさりする。一時的に弱まっていた炎が勢いを取り戻しつつあった。

 遙一は隣に立つ少女の方を見やった。すると突然、少女が右手を胸の前に差し出した。

 手品でも見せられているかのように遙一がその動きに見とれていると、先ほど半身の女が飛ばされていった奥の方から、ぱんっという弾けるような音がし、その一瞬後、何かが空を切るような音がすごいスピードで近づいてきた。

「ひっ!?」

 遙一は目を丸くし、慌てて身を屈めた。

 ブーメランのように水平に回転しながら、先程の棒状の何かが炎の中から飛び出してきたのである。

 身を屈めた遙一の頭上を風圧が掠め、髪が揺さぶられる。

 棒はまるで磁石のように少女の方に引き寄せられ、彼女の右手により、ばしっという音をともなって受け止められた。

 下げていた頭を、周囲を警戒する泥棒のようにゆっくり上げて再び少女を見やると、遙一は戦慄した。

 その棒は先端の鋭く尖った槍だった。長さは彼女の身長を優に超え、二メートル以上はあるだろう。断面が多角形を思わせる柄は、彼女のインバネスコートと同じ赤色、金属製のようで、見た目からしてゲームや映画等で筋骨隆々の男が振り回していそうな重量感がある。彼女のような華奢な体つきの人間が使いこなせるようには到底見えない。

「お・お前……いったい?」

 遙一は炎に取り囲まれていることすら忘れて少女に向かい合うと、唖然としたままそう尋ねていた。が、少女は無表情のままで何も答えない。

 互いに視線が衝突したまま三秒程経過し、

「……って、固まってる場合じゃない!」

 目前まで迫ってきている炎に遙一は右往左往し始める。が、落ち着けとでも言う風に少女は無言のまま遙一の左腕を掴んだ。

「え!?」

 そのまま少女は遙一を軽々と引き寄せる。

 まるで柔道で黒帯が素人を相手にするかのように少女に抱き寄せられ、遙一は目を丸くした。

(なんて馬鹿力だよ!)

 そして、少女の次なる行動が遙一を凍りつかせる。

 少女は軽く膝を曲げると、遙一を抱き寄せたまま背後に飛んだ。

 それは、ほんの少し跳ねるくらいの軽い跳躍の動作だった。だが、実際に飛び跳ねたその高さは人並み外れていた。

 跳躍力や重力などもはや関係ない。少女が遙一を抱いたまま背後に跳躍したかと思えば、廊下から一メートル以上も浮上し、窓枠を越えて、旧校舎の外、空中へと飛び出していた。

「嘘だろおい!?」

 遙一の顔面が蒼白に染められる。

 その時、空中に連れ出された遙一の視線が旧校舎の窓の中へと固定された。ほんの数秒前まで二人がいた場所目がけて、炎の中から半身の女が襲いかかるように飛び出してきたのである。

 掴みかかるように突き出された両腕は空振りし、半身の女は逃した獲物を探すかのようにきょろきょろしている。もし少女に抱き寄せられて外へと連れ出されていなかったら遙一は間違いなく半身の女の餌食になっていただろう。

 しかし、半身の女の奇襲から回避できたのは良かったのだが、体は旧校舎三階の外側へ飛び出しているわけで、重力には当然つかまってしまっているのだ。

「おち――」

 少女共々直立したままの体勢で落下が始まる。

 恐怖によるものか、急速な下降で生じる空気抵抗によるものか、遙一の顔が苦いものでも口にしたように歪む。

 少女の赤いインバネスコートの裾や、その下に履いている同じ色をした膝丈のスカートが捲れ上がる。スカートの中が丸見えになっているだろうが、少女は全く気にしない。

 遙一の目と鼻の先で、燃え盛る旧校舎の壁が上方向に高速でスライドしていく。途中途中の窓や壁にあいた穴からは炎が飛び出していて、その熱気で火傷するかと思ったが、幸いにも擦れ擦れで落ちていった。

 また、二階と一階の間辺りで縄梯子が途中で焼き切れているのが目に入った。

 遙一は下を見る。そこには落下の衝撃を和らげるクッションになってくれそうなものなど何もない。ただの砂利の地面だ。このまま落ちたら怪我や骨折どころでは済まない。

(死ぬ! 死ぬ!)

 遙一は頭の中で何度も絶叫を繰り返した。

 足先が下を向いたままの落下だ。両足の骨折は確実に免れないと悟った。それだけでは済まない。その後は全身へと墜落時の衝撃が激痛となって隈なく行き渡るだろう。

 そして激痛すら感じなくなったその時、意識の消滅とともに永遠に目覚めることのない眠りについてしまうのかもしれない。

 地面との距離が急速に迫る。

 二メートル、一メートル、そして落下の終わり際。

 たんっという、三階の高さから落ちたとは思えない軽やかな音をともない、少女の両足は難なく地面に着地した。

 恐ろしく思えるくらいにあっけない着地だった。

 着地後、遙一は少女から解放されたが、絶叫マシンで気絶したかのように硬直したまま動かない。が、程なくして我に返ったように、虚ろだった眼が生気を取り戻す。

 遙一も落下による衝撃は受けてはいないようだ。無事のようである。

「……え? 俺、生きてる?」

 遙一は無意識にそう自分に尋ねていた。痛みが全くないことに不審になって腕や足の裏などを見て回り、改めて無傷であることを理解した。

「どうなってんだ……?」

 常識は一切通用しない。

 この世の法則を完全に逸脱した事態に、遙一は逃れる術もないままどんどん巻き込まれていく。

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