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Salvation Angel  作者: 奈落の機械人形
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 遙一は廊下に金属製の箱の蓋を投げ捨てると、中にあったぐるぐる巻きにされた縄梯子を乱暴に取り出した。

 箱のすぐ傍の窓を開け、窓枠に取り出した縄梯子のフックを引っ掛けて、壁や窓から噴き出す炎に接触しないように慎重に階下へと下ろす。縄梯子は余裕のある長さで地面に着いた。もしかすると屋上から垂らしたとしても届くかもしれない。

 旧校舎ということで長年放置されていたと思われるが、試しに縄の一部分を引っ張ってみると意外と丈夫だった。これなら脱出できそうだ。

「俺は多少熱いのくらい大丈夫だから先に行け!」

 遙一は見栄を張って先を譲ってみた。だが、少女は動こうとはせず、不思議そうな面持ちで遙一を見た。

「早く行けって! 俺が焼け死ぬだろ!」

 叱咤すると、少女は表情を変えず無言のままこくりと頷き、窓から外に出て縄梯子をゆっくりと下りていった。抵抗なく下りていくところを見ると、高所は大丈夫のようだ。

 この縄梯子、引っ張ってみて丈夫そうではあったが、長年放置されていたのだから二人分の重みにまで耐えられるかはわからない。なので少女が地上に着くまで遙一はその場で待つことにした。

 炎は刻々と迫ってきてはいるが、まだほんの少しなら余裕はある。

 その時だった。

 今し方遙一たちがやってきた廊下側が崩壊し、そこからも火柱が吹き上がったのである。左右を炎の壁に挟まれた形だ。

「本当に最悪だ」

 まるで遙一を取り囲むように舞い上がる炎は、じりじりと近づいてくる。

「あっちぃ! 俺もそろそろ下りないとやばいな」

 少女が今縄梯子のどの辺りにいるのかと窓から覗こうとした。その時だった。

 炎の中で奇妙な物陰が動いた。よく見るとそれは這いつくばった人影のように見える。

「他にもまだ人がいたのかよ!」

 そう思った次の瞬間、目前にまで迫った炎の中から手が伸びてきた。這っているからか、その手は遙一の膝の辺りで、藁をもつかもうかという勢いで上下に揺れていた。

 助けなければと炎の中から伸ばされた手を掴もうとしたその瞬間、もう片方の手が炎の中から出てきて、遙一は瞠目した。

「なっ!?」

 不可解な点に気づいたのだ。これだけの炎に包まれているというのに、伸ばされてきた腕には火傷が一切ない。全くの無傷だったのである。

 人影は引っ張る必要もなく自力で炎の中から這い出てきた。その人影と目が合い、遙一は凍りついた。

 顔の左半分は皮膚が剥がれたように頭蓋骨が剥き出しだったからだ。だらしなく垂れたしわくちゃな長い黒髪も、炎の熱によるものではなさそうだった。

 その見た目は一見女性のように思える。だらりと垂れた髪の下、本来左目がある辺りには、ぽっかりあいた眼窩が見えた。そして胴体が炎の中から現れる。遙一の唇は恐怖でわなわなと震え出した。

「下半身が……ない!!」

 以前肝試しの時に、三枝が話していた上半身だけの女の話が咄嗟に頭に浮かんだ。それと同時に、少し前に遙一が屋上で何かをひきずるような音を耳にしながら意識を失った時、一瞬だけ見えたあの時の女の顔がこの女と一致した。

「冗談だろ!? マジかよ!!」

 女の右手が遙一の左足首をがしっと掴んだ。そして燃え盛る炎に向けて、ゆっくりと引き寄せ始めたのである。

「おわっ!?」

 片足をつかまれた遙一は引き寄せられた際にバランスを崩して倒れそうになるが、傍にあった窓枠にかろうじてしがみついた。

「くそっ!! 離しやがれっ!!」

 半身の女は尋常じゃないほどの怪力だった。遙一がどんなに足を揺らしてふりほどこうとしても、がっちり掴んで離さない。それどころか炎の方へと更に引き寄せられ、窓枠にしがみついた遙一の両腕がどんどん剥がされていく。もう片方の足を使って女の手を剥がそうとしようものなら、そのままバランスを崩して一気に引きずり込まれそうだった。

 しがみついていた窓枠には、もうギリギリ手首が乗っかってる状態だ。

(俺、もしかしてここで死ぬのか……)

 炎の壁はもう目と鼻の先まで迫っていた。

 遙一が死を覚悟したその刹那だった。

 何かが左耳の辺りを銃弾のようなスピードでかすめ、鼓膜が激しく揺さぶられた。

 それは棒状の何かだったということしかわからない。背後から飛んできたその棒は、遙一の横を一瞬ですり抜けて、上半身だけの女の顔面に突き刺さった。

 いや、そう見えただけで実際には突き刺さってはいない。半身の女はあいた左手で棒状のものを掴み、顔面の直前で止めたのだ。

 しかし、止めたといってもほんの一瞬、コンマ数秒程。手で止めたところで棒の勢いは衰えることはなかったため、棒ごと半身の女は炎の壁の向こう側へと飛ばされ、更に下方へと角度がついていたために、廊下を突き抜けて階下へと消えていった。ドンっという振動をともなった衝撃音がいくつも重なったのは、床を何度か突き抜けたからだ。それほどの勢いとスピードがあった。

 遙一の足は半身の女が棒状のなにかを受け止めた瞬間に解放されていた。だからふんばっていた反動でバランスを崩して尻餅をつき、背後にあった壁に背中を打ちつけた。

 そのまま立ち上がることを忘れ、棒状の何かがかすった左頬に生温かい何かが流れてくるのを感じた遙一は、左手でそれを拭ってみた。

 血だった。切り傷のようだが傷は浅く、痛みが微かにある程度だ。

 とりあえずは助かったらしい。

 周囲を取り囲んでいた炎も、棒が高速で飛来してきた時の風圧によって一時的にだが弱まっていた。

 しかし、今この一瞬の間にいったい何が起こったというのだろうか。冷静になって状況を飲み込もうとしたが、それにブレーキをかける。今はここから脱出することの方が先決だろう。

 壁にぶつけた時の痛みがまだ残る背中に右腕を回して、手の甲でさすりながら立ち上がったその時、

「やっと出てきてくれた」

 そう背後から聞こえた。まるで長年探し求めていたものにやっと巡り会えたような、少し嬉しそうな口調だった。

 遙一がその方向へと振り返ると、驚愕とともに凍りついた。

 縄梯子で下りていったはずの少女が窓枠に立っていたのだ。

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