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遙一は右手にスマートフォン、左手にセーラー服の少女を引き連れて、屋上につながる階段から三階の廊下に行き着いた。
ちょうど今しがた手に持ったスマートフォンで消防に連絡を入れたところだ。消防署は学校からそれほど離れてはいない。車通りの少ない夜間だから一〇分以内で来てくれるはずだ。
長時間暗い場所にいたからか、それまで夜目がきいていたが、旧校舎内は明かりがないのでスマートフォンから懐中電灯に持ち替えて灯りをつけ、左右に分かれた廊下を左見右見する。
「どっちに行くべきか」
左右に伸びるどちらの廊下の天井にも、同じくらい煙が漂っていた。
天井に向かって上昇する煙の流れが、懐中電灯の光によって不気味に照らし出される。煙は階段から直接上がってくるだけではなく、廊下の木材の継ぎ目からも漏れ出てきていた。それらが天井にたまり、頭上の煙は濃度をより濃くしていく。
「迷ってる暇ねえな」
考える時間すらもったいないと、遙一は元来た道を選んだ。
少女の腕を引いて廊下を走る。
少しだけ振り返って少女の様子を確認すると、無表情のままだが遙一と同じペースで走っていた。
遙一は焦りを少しでも頭の片隅に追いやりたいがために、心中で思った。
やはり彼女は普通の人間だったのだろうか。手首を掴んだ感触も、肌の柔らかさや温もりもある。彼女の走る息遣いだって聞こえる。少女の容姿からして自分と同年代か少し年下のように思えた。身長も遙一より小柄だ。
そんなことを考えていたのも束の間、呼吸がし辛くなってきた。廊下を漂う煙の濃度が更に増しているのだ。口を押さえる布でもあればいいが、もちろん遙一はハンカチといったものは常日頃から持ち歩いてはいない。
もうすぐで階段だ。一階まで行くことができればなんとかなる。
そしてようやく階段前に辿り着いた。少女を引き連れたまま階段を急いで下りていく。だが、
「くそっ!!」
三階と二階の間にある踊場を曲がったところで、行く手を阻むかのように燃え盛る炎の壁に鉢合わせてしまった。やはり火の回りが速い。
「引き返すしかないか!」
階段はもう一つある。旧校舎には両端にそれぞれ階段があるのだ。端から端まで移動しなくてはならないわけだが、それまでに反対側の階段が持ちこたえてくれているかどうかが問題だ。
少女を連れて三階まで引き返すと、もう天井付近が見えないくらいに煙は充満していた。
肩越しに少女を見やると、眉間にしわを寄せて苦しそうに呼吸していた。
「頭を下げな! ハンカチか何か持ってるならそれで口元を押さえてろ!」
「持っていない」
少女は一刻を争うこの場にそぐわないくらい淡々と答えた。
「なら手で押さえてな!」
少女はこくんと頷くと、遙一に掴まれた方とは逆の手で口元を押さえた。
遙一は腰を曲げて低姿勢で廊下を駆ける。少女もそれに倣い、頭を下げて遙一についていく。
旧校舎の両端にある二つの階段。それ以外に地上へ下りる手段はない。一方の階段が絶たれた今、もう一方の階段が無事であることに賭けるしかない。
三階廊下の中央にある屋上へとつながる階段を過ぎて、右側に並んだ教室をいくつか追い越したところで、遙一は力なく立ち止まり愕然とした。
残っていた最後の脱出手段は脆くも絶たれたのである。
「最悪だ」
廊下の先が崖のように崩壊し、階下から天井の高さにまで火柱が噴き上がっていたのだ。
遙一の右手から懐中電灯が滑り落ちた。周りの炎が眩しすぎて、もはやその灯りに頼る必要はない。
火柱は成長するようにどんどん広がり、廊下をじりじりと燃やして遙一の方へと迫る。
頼みの脱出手段である階段が火柱の向こうに微かに見えた。だがその階段も肥大化する火柱によって今焼け崩れようとしていた。
火の回るスピードは遙一の予想を圧倒的に超えていた。これで地上へ降りる手段はなくなった。
万事休すだ。
その時、遠くの方でサイレンの音が聞こえた。しかし、音の度合いからしてまだまだ遠い。
待ってはいられない。このままでは救助がくる前に、旧校舎もろとも炎に飲まれてしまうのは必至だ。
廊下のあちこちを見渡し、他に脱出する方法がないかを考える。だが見つからない。
ふとその時、後ろに立つセーラー服の少女に目がとまった。もしかすると、彼女なら他の脱出口を知っているかもしれない。
「なあ! 他にここから出られる方法を知らないか!?」
遙一が荒らげた声で尋ねると、少女は無言のままとある方向を見やった。
少女の視線の先には『避難はしご』と書かれた金属の箱があった。




