13
眼を覚ました遙一ははっとして飛び起きた。
「俺は……いったい?」
そこは先ほどまでいた屋上の小屋の上だった。おそらく意識を失う前と位置も向きも変わってはいないだろう。
「確か急に眠くなってきて、体が動かせなくなって……そうだ!」
遙一は慌てたように上半身を起こし、かっと見開いた両目で左見右見した。意識を失う直前に、何者かが近づいてきていたはずだ。しかし周りに人影のようなものは見当たらない。
先の現象はいったいなんだったのか。朦朧としていた意識が見せた幻だろうか。なら、突然襲ってきた強烈な眠気はなんだったのか。
しかし、もし先の現象が今の科学で解明できない存在によるものだとするならば。
「とりつかれたりは……してないよな」
自分の体を見下ろすが、特に変わったところはなかった。肩や背中といった体の一部が重いとかそういった感覚もない。
顔を上げると夜空にはまだ星があちらこちらに点在していた。
スマートフォンを見ると午前二時を過ぎていた。一時間以上気を失っていたことになる。
「帰ろう。こんな場所にもう長居は無用だ」
腰を浮かせて立ち上がろうとしたその時、遙一の顔は一瞬で青ざめて、慌てて屈んだ。
小屋の下に人影が見えたのだ。
その場で伏せたまま、ほんの少しだけ小屋の上を這い進み、屋上を見下ろした。
人影は例のセーラー服の少女だった。こちらに背を向けて柵の前に立ち、延々と続く旧校舎裏の雑木林の方を眺めている。
この時、遙一は違和感を感じた。
もし、今しがた自分に起きた現象が人間ならざる者の仕業だとしたなら、遙一につきまとっていたあのセーラー服の少女がこれをやったとは、なぜか思えなかった。
自分でもよくわからない。根拠もなにもない。それでもあそこに立つ少女と、意識を失う直前に目にした女は別々な気がしたのである。
それはそうと、遙一は少女を見下ろしたまま凍りついたように動けなくなっていた。
直前に予想だにしていなかった不可思議な現象に見舞われたこともあり、動揺して思考回路がうまく働いていないのだ。
(待て。落ち着け。思い出すんだ。俺がここへ来た理由を……)
眉間にしわをつくって暫く渋面を浮かべていた。が、やがて、
(うん。とにかく今は退こう。あの女が去るのを待って、その後でここを出よう)
一言謝罪するという覚悟はどこへやら、自宅を出た時の意気込みはもはや消滅していた。
しかし、本当にばれていないのだろうか。もしかしたら、ここにいることにもう気づかれているのではないだろうか。
セーラー服の少女は先ほどと変わらず雑木林の方を向いたままだ。腰まである長い黒髪やスカートの裾が夜風に揺れている。遙一はそんな少女の後ろ姿に見惚れていた。その時だった。
突然遙一は鼻から多分に空気を吸い込み顔を顰めた。
(なんの臭いだ?)
即座には思い出せないが、嗅ぎ慣れた臭いがどこからともなく漂ってきた。それは段々と濃くなってきているように感じた。
「そこの人」
遙一はびくっと体を揺らした。
ほぼ間違いなく声の主は、深い闇のように続く雑木林をじっと眺めているセーラー服の少女だった。
「早くここから出た方がいい」
淡々とした口調でそう告げた少女の警告に、遙一は頭の中に電流が走ったように打ちのめされた。
「そうだ! これは煙の臭い!」
遙一は小屋の上から飛び降りると、煙の発生源を探そうと旧校舎の表側の柵から身を乗り出した。そして絶望した。
旧校舎のあちこちの窓や壁にあいた穴から炎が噴き出していたのだ。旧校舎の手前に並んだ雑木林の木々は、噴き出す炎に照らされ、まるで自らオレンジ色の光を放っているかのようだった。
「なんで火が!?」
だが、そんなことを考えてる暇はない。旧校舎は木造だ。火の回りは速い。早く脱出しなければ確実に命を落とすだろう。
「あれは!?」
雑木林の向こう側、現校舎の裏の辺りで四つの光る赤い点を見つけた。その赤い点の周辺に向かって目を凝らしていると、段々とそこにたむろしているいくつかの人影が薄っすらと見えてきた。煙草を吸う四人の人影だった。
「さっきの連中……まさか!」
全身から血の気が引いていくような怖気を感じた。それと同時に頭の中が罪悪感に支配される。
遙一に先ほど負かされた四人は、頭にきて旧校舎に火を放ったのではないか。
「俺のせいなのか? あの時さっさと警察に連絡しとけばこんなことには……」
遙一は歯を食いしばった。握り締めた両手がぶるぶると震える。その怒りはやつらに向けてか、それとも自分の不手際に向けてか。
次の瞬間、闇の中で人影の一つが赤い点をピンッと弾いた。それは人影の足元に落下し、赤い点はすぐに消えた。おそらく踏み消されたのだろう。
「ちくしょうっ!!」
遙一はセーラー服の少女の許へと無意識に走っていた。そして、少女の手を掴んだ。
「え?」
淡々とした少女の声が漏れる。だがその目は驚いているらしく丸くなっていた。
「逃げよう!」
遙一は唖然とする少女の手首を掴んで小屋の方へと走った。




