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遙一は幼い頃から父親にこう言われてきた。
『悪霊というのは弱い心にできた隙を狙ってやってくる。ならば、常に隙を与えないよう清く逞しい精神でいろ。そして清く逞しい精神を得るためにはまず体を鍛えることだ』
その言葉を信じて疑わず、遙一は幼い頃からただ無心に体を鍛え続けてきた。
父も母も見えるというのに、自分だけが見ることのできない幽霊という人外の存在に怯えて暮らすくらいなら、父親が言うように体を鍛えて心身ともに強くなればいい。そうすれば、見えない存在に怯えて生きる必要もなくなる、と考えたのだ。
だが、それがいつしか歪んでしまい、気づけば所業の悪い仲間と連んで、鍛えた体でケンカばかりに明け暮れる日が多くなっていた。
旧校舎であの少女を見るまでは幽霊に遭遇したことはなかったから、体を鍛えたことに意味や効果があったのかどうかはわからない。
だが、ケンカばかりを繰り返してきたそんな日々にどっぷり浸かっていたからこそ、旧校舎を破壊しながら徘徊する、自分より年上の少年四人を目の前にしても動ずることはなかったのである。
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「な・なんなんだお前!?」
少年四人分の懐中電灯の明かりが一斉に遙一に集中する。
歳は遙一より二つか三つ上だろうから高校生だろうが、その風貌からして高校に通っているかどうかは判断しかねた。
鷹谷に負けず劣らずの金髪を剣山のように尖らせた男に、煙草をくわえた茶髪のセミロング男、白いベースボールキャップを被った男はキャップから赤髪がはみ出ている、そして残った一人は両耳に銀色のリング状ピアスをしたスキンヘッド、と誰もがいかつい風貌をしていた。
四人全員、遙一よりも一〇センチ以上は身長が高いだろう。その体躯はまるで長年運動部で体を鍛えてきたかの様。とてもじゃないが遙一のような小柄な少年が一人で立ち向かったところで、言葉通り一蹴されるだろう。
それに相手はバットや鉄パイプを所持しているのだ。それらを目の当たりにしたら、誰だって警察に連絡することを優先するだろう。
だがそんな状況だというのに、なんと動揺していたのは少年四人側の方だった。
それもそのはず、遙一は頭に包帯をぐるぐる巻きにして眼と口だけ出した状態だったからだ。
遙一はここに来る前に、場所もわからないのにわざわざ一階にあった保健室を探し出して立ち寄り、そこで包帯を入手していた。
普段の彼ならとてもじゃないが深夜の旧校舎に一人で保健室を探し回って包帯を取ってこようなどとは思わない。だが、今彼は頭に血が上っているからか、怖さを微塵も感じていないようである。
遙一が頭に包帯を巻いたのは自分の正体を知られたくないから。とはいえ、首から下の恰好はここの制服姿だ。ここの在校生だということはあっさりばれるだろう。だから、これを逆手にとるのだ。
頭に包帯を巻いてここの制服を着て、深夜の旧校舎で肝試しをしている連中の前に出てみればどう思われるか。
おそらく、この学校に関連のある者が、死んでなおもここで彷徨い続け、肝試しにやってくる連中を出迎えている、そう思われるのではないか。
遙一自身も、そんな包帯野郎とは遭遇したくはないだろう。
しかし、せっかく包帯を頭に巻いたのだからゾンビらしい動作をして驚かすなりすればいいのに、何を思ったか遙一は四人に立ちはだかるように仁王立ちしていた。
それでも深夜の旧校舎という場所だけあって効果はあったのか、遙一がこの世の住人ではないと勘違いしたらしく、男たちはみな慌ててこの場から逃げ出した――かと思われたが、次の瞬間、金髪剣山頭の男が一人振り返り、
「なんて逃げるとでも思ったか!」
遙一の方へ飛びかかると、持っていた鉄パイプを脳天めがけて振り下ろした。
パシッと、したたかな音が廊下に反響する。鉄パイプで頭を殴られたにしてはとても軽い音だった。
金髪は驚きで目を見開いたまま固まっていた。遙一の左手が、振り下ろされた鉄パイプをがっちりと掴んでいたからだ。
「俺はお前らを逃がそうなどと微塵も思っちゃいないがなぁ」
顔面に巻かれた包帯の隙間からニヤっと不気味な笑みが覗く。二つの眼光は研ぎ澄まされたように鋭くなる。
直後、遙一は鉄パイプをぐいっと引いて金髪を引き寄せると、強烈な右の拳を金髪の左頬に打ち込んだ。
金髪は鉄パイプから手を離し、殴られた勢いのまま体を半回転させて廊下に倒れこむ。
遙一の小柄な体躯から繰り出されたとはとても思えない強烈な正拳突き。そのたった一撃で気を失ったのか、金髪は倒れてからぴくりとも動かない。
倒れた金髪の向こう側にいた、残りの三人が三人とも、呆気にとられたように固まっていた。
「なにしやがんだてめえ!!」
「こんなことしてただで済むと思ってんのかよ!!」
「ぶっ殺してやる!」
まるで飼い主の敷地内に侵入してきた泥棒を発見したドーベルマンのように、三人が思い思いに吼える。だが、それにも遙一は全く動じない。
茶髪はくわえていた煙草を廊下に吐き捨てると、それを右足で踏み潰し、
「お前ぜってぇーぶっ殺す!!」
憤怒の形相でバット片手に遙一の方へと突っ込んだ。
頭上へと狙いを定めてバットを振りかぶり、遙一へ襲いかかる。が、その刹那、遙一は手に持ったままだった鉄パイプを茶髪の足元へ向け放り投げた。
茶髪は虚を衝かれたように怯み、慌ててそれを避ける。その余計な動作により、茶髪の踏み込む勢いが半減。そこへ遙一は狙い澄ましたように茶髪の懐へ素早く入りこみ、全力を込めた右肘打ちを鳩尾へと打ち込む。
「がはっ!」
茶髪は手にしていたバットを落とすと、両手でみぞおちを押さえて前かがみに倒れこみ、そのまま動かなくなった。
遙一は残された赤髪とスキンヘッドを睨みつける。
見たところ、残った二人は先の二人とは違い、懐中電灯を持っているだけで、凶器らしいものは何も所持していないようだ。
「なんだよこいつ!?」
赤髪は信じられないといった顔で呟いた。
バットや鉄パイプといった凶器を持った少年が二人も、年下でしかも小柄な少年の手によって一瞬で気絶に追いやられたのだ。当然だろう。
二人は後ずさりを始めて逃走の体勢に移る。が、逃げ出そうとする二人の動きを予測していたかのように、遙一は二人の前にダッシュで素早く回り込んでいた。
「言ったよな? 逃がそうなどと微塵も思っちゃいないって」
無抵抗のまま二人は遙一の拳を鳩尾に受け、どちらも意識を失い廊下に倒れこんだ。
四人がそれぞれ持っていた懐中電灯が、持ち主が倒れたために全て明後日の方向を向いて廊下に転がっている。
遙一は後頭部の結び目をほどき、頭に巻いた包帯を取り払うと廊下に捨てた。
「さて、後は警察に任せるとして……」
ポケットからスマートフォンを取り出すも、そこで動きが止まってしまう。
数秒ほど何かを思案していたのか固まっていた遙一は、ため息混じりにスマートフォンをポケットに収めると、
「いや、今警察呼んだら騒ぎになりそうだ。その前にあの女とのケリを着けてくるか」
ポケットから出した懐中電灯を点けて、元来た廊下を戻っていった。
その背後で、遙一を睨む者がいることに当人は気づかない。
遙一の足音が遠のいていき、やがて聞こえなくなる。
茶髪は落ちていたバッドの柄をつかむと、鬼のような形相を浮かべ、
「ふざけやがって!」
一転、気が狂ったような笑みを浮かべた。
「ふはははっ! 殺す! もう絶対殺してやるよっ!」
その不気味な笑い声は廊下を何度も響き渡った。




