第93話 禁忌の魔術の痕跡
父王の部屋の扉が静かに閉まり、ロザリンの気配が遠ざかっていく。
ロウはしばらくその場に立ち尽くしていた。
胸の奥が、じわりと熱く、痛む。
(……姫様……泣いていた……)
扉越しに聞こえた微かな嗚咽。
それは、ロウの胸に深く刺さった。
ロウは拳を握りしめた。
(……ヴァルガ……あなたなのか……姫様の父上を……あの症状……
間違いなく“あの禁忌の魔術”の痕跡……)
怒りではない。憎しみでもない。
もっと静かで、もっと深いもの。
“許さない”という決意。
ロウはゆっくりと歩き出した。廊下の影を踏みしめるように。
朝の光が差し込み始めた回廊は、まだ人の気配が薄い。
ロウは窓辺に立ち、遠くの空を見つめた。
(……姫様は……真実を知ろうとしている……逃げずに……前に進もうとしている……)
その姿が、ロウの胸を強く揺らした。
(……ならば……私は……その道を開かなければならない……)
ロウは目を閉じた。
幼い頃の記憶が、静かに蘇る。
暗い部屋。魔術陣の光。身体を蝕む痛み。奪われていく力。
そして──ヴァルガの声。
「月の力は美しい。奪えば奪うほど、輝く。」
ロウの背筋が冷たくなる。
(……あの男は……変わっていない……今も……禁忌の魔術を扱っている……誰かの力を奪っている……)
ロウは目を開けた。
瞳の奥に、静かな光が宿る。
(……姫様の父上を……そして……姫様を……あの男の手に触れさせない……)
ロウは壁に手を置き、深く息を吸った。
(……姫様には……まだ言えない……)
自分の過去を。あの夜のことを。
逃げ出した時の恐怖を。
(……あれを話せば……姫様はきっと……自分を責める……)
ロザリンは優しい。人の痛みを自分の痛みのように抱く。
だからこそ──ロウはまだ言えない。
(……でも……いつか……必ず話す……姫様が真実を求めるなら……私は逃げない……)
ロウは拳を握りしめた。
ロウは静かに呟いた。
「……ヴァルガ宰相。あなたと……向き合う時は必ず来る。」
その声は低く、怒りではなく、
覚悟 だけが宿っていた。
(……姫様を守るためなら……私は……あの闇に戻ることも厭わない……)
ロウは歩き出した。
影の中を、迷いなく。
その背中には、昨日までにはなかった確かな決意 が宿っていた。




