第30話 ヴァルガ宰相の企み、再び
王城の空気は、前日とはまるで違っていた。
大広間での出来事──
ロザリンが公の場でロウを擁護したあの瞬間──
王城中の者たちに強烈な印象を残していた。
姫が護衛を守るために宰相と対立した。その事実は、王城の秩序を揺るがすほどの衝撃だった。
だが、その裏で──宰相ヴァルガは静かに動き始めていた。
王城地下の執務室。薄暗い部屋に、魔術灯の青白い光が揺れている。
ヴァルガは机に肘をつき、冷たい瞳で側近の魔術師たちを見下ろしていた。
「姫様は……ロウを公の場で擁護した。あれは、王家の権威を盾にした“反抗”だ」
魔術師の一人が恐る恐る口を開く。
「ですが宰相閣下……姫様の評判は高く、民からの信頼も厚いかと……」
ヴァルガは指先で机を叩いた。その音は、静かな部屋に不気味なほど響いた。
「だからこそ、評判を落とす必要がある。
姫様の言葉が信用されなくなれば、
ロウを守る力も失われる」
魔術師たちは息を呑んだ。
ヴァルガは続ける。
「姫様は“花の力”を持つ。
その力が不安定で、王国に危険をもたらす可能性がある──そういう噂を流せばいい」
魔術師の一人が震える声で尋ねた。
「……姫様を、危険視させるおつもりですか?」
ヴァルガは冷たく笑った。
「危険視されれば、管理下に置ける。管理下に置ければ、力を奪うのは容易い」
その笑みは、王国の未来を握る者とは思えないほど歪んでいた。
翌日。王城の廊下には、昨日とは違う種類のざわめきが満ちていた。
侍女たちがひそひそと話す。
「姫様……最近、花の力が暴走しているって聞いたわ」
「中庭で花が突然光ったのも……不安定だからだって」
「森での一件も、姫様の力が原因だったとか……」
騎士たちの間でも噂が広がる。
「姫様の力が強まりすぎているらしい」
「制御できていないとか……」
「宰相閣下が“姫様の安全のために”管理を強めるべきだと……」
その噂は、まるで見えない毒の霧のように王城を満たしていった。
ロウは巡回中にその声を聞き、胸の奥が冷たくなるのを感じた。
(……宰相の仕業だ)
ロウはすぐに理解した。
姫の評判を落とし、孤立させ、管理下に置くための計画。
そしてその先にあるのは──姫の力を奪うという、最悪の未来。
ロウは拳を握りしめた。
(……姫様を守らなければ)
ロザリンは王城の庭で、花に触れながら静かに息を整えていた。
だが、侍女たちの視線がいつもと違う。
距離を置き、どこか怯えたような目でロザリンを見ている。
「……?」
ロザリンが近づこうとすると、侍女たちは一歩下がった。
「姫様……その……今日は失礼します……!」
侍女たちは慌てて去っていった。
ロザリンは胸に手を当てた。
(……私、何かしたかしら……?)
そのとき、背後から声がした。
「姫様」
振り返ると、ロウが立っていた。その表情はいつもより硬い。
「姫様に……よくない噂が流れています」
ロザリンは驚いた。
「噂……?」
ロウは静かに頷いた。
「宰相が動いています。姫様の評判を落とし、孤立させようとしている」
ロザリンの瞳が揺れた。
「どうして……そんなことを……?」
ロウは言葉を選びながら答えた。
「姫様が……僕を守ったからです」
ロザリンは息を呑んだ。
ロウは続ける。
「宰相は、姫様と僕の絆を恐れています。だから……姫様を弱らせようとしている」
ロザリンは胸の奥に静かな怒りを感じた。
「……ロウ。あなたを守ったことを後悔していないわ」
ロウは目を伏せた。
「ですが……姫様が傷つくのは……」
ロザリンは首を振った。
「私が傷つくのは構わない。でも……あなたを傷つけるために私が利用されるのは許せない」
その言葉は、ロウの胸に深く刺さった。
その頃、ヴァルガは新たな書状を作成していた。
「姫様の魔力は不安定であり、王国の安全のために“監視”が必要である──」
その文面は、姫を“危険な存在”として扱うための布石だった。
ヴァルガは書状に王印を押し、冷たい笑みを浮かべた。
「姫様……あなたの評判は今日から落ちていく。そして、ロウも……」
その声は、王城の闇に溶けていった。




