第1話 赤ずきん姫、森へ
夕暮れの光が森の入口を赤く染めていた。
深く息を吸い、頭にかぶった赤いずきんをそっと整える。
その仕草は、祈りというより覚悟の確認に近い。
森は静かだった。
風も止まり、鳥の声すら聞こえない。
まるで、この場所だけが世界から切り離されているようだった。
「誰も近づいてはいけない」と言われたその場所に、彼女は迷いなく足を踏み入れる。
赤ずきん姫と呼ばれるロザリンは、王城で”森に現れるオオカミのような赤いマントの騎士”の噂を聞いて森へ向かう。
ロザリンは一歩、また一歩と足を踏み入れる。
その足取りは軽くはないが、迷いはなかった。
──そのとき。
木々の影がわずかに揺れた。
ロザリンの赤いマントの気配に気づき、そっと見つめる気配がする。
その気配に気づいたロザリンは、すぐに立ち止まる。
敵意を見せないよう、ゆっくりと両手を下げ、
赤ずきんを少しだけ外して顔を見せた。
「驚かせてしまったなら、ごめんなさい」
声は柔らかく、森の空気に溶けるようだった。
木々の中にいた騎士は、わずかに身を引いた。
その動きには警戒と、長い孤独が染みついている。
彼女は怖がらない。
むしろ、近づき微笑んで騎士に手を差し伸べる。
“あなたを脅かすつもりはない”という空気を示した。
騎士は沈黙したまま、じっとロザリンを見ている。
その瞳には、疑いと、信じたい気持ちが入り混じっていた。
ロザリンはその視線を受け止め、静かに言う。
「あなたが危険な人だとは思っていないわ」
騎士の眉がわずかに動く。
困惑。
“誰も自分をそう見なかった”という驚き。
しばらく沈黙が続いたあと、
騎士はかすれた声で言葉を返した。
「……どうして、そう思う」
ロザリンはゆっくりと微笑む。
「あなたの目が、誰かを傷つける目じゃないから」
その言葉に、騎士の瞳が揺れた。
ほんの一瞬、影がほどけるように。
森の空気が、少しだけ柔らかくなった。




