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強がり

教室で会えるからいいよね。

今年もまた、夏の吹奏楽コンクールに向けて、編成を分けるオーディションが始まる。……もう、あれから一年経つのかよ。早すぎる。去年、俺は大編成のA編成。川瀬は小編成のC編成だった。今年はどうなるんだろう。

ぶっちゃけ、コンクールに出られるならどの編成でもいいとは思っている。AでもBでもCでも、自分にできることをやるだけだ。……たぶん。でも、今年こそ川瀬と同じ編成になることってあるんだろうか、なんて考えてしまう。


同じ編成になれたら、単純に嬉しい。夏はほとんど編成ごとに動くから、同じ編成なら一緒にいる時間も増える。合奏も、パート練も、移動も、全部近くにいられる。

でもその分、かっこ悪いところもたくさん見られるわけで。音程が悪いところも、苦手な連符で詰まるところも、先生に注意されてへこんでるところも。……それは、それでちょっと嫌かもしれない。


それに、去年みたいにソロを吹くとか吹かないとかで、変に意識してしまうのもきつい気がする。川瀬みたいに吹けないことは、もう嫌というほど知っている。だからこそ、同じ場所で比べられるのは怖い。

同じ編成がいい。でも、案外違う編成の方が気楽なのかもしれない。

そう思う。思うけど、やっぱり夏に一緒にいられる時間が減るのは、普通に寂しい。


オーディション当日。

去年と同じように、スコアのパート順で呼ばれるから、フルートがトップバッターだ。去年と違うのは、場所が視聴覚室から教室に変わったことくらいだった。

「視聴覚よりは音響くから助かる〜」

誰かがそう言って、少しだけ笑いが起きる。

今回も形式は同じ。顧問の佐々木先生と数名の外部講師の先生が長机に並んでいて、その前で、指定された音階と課題曲の一部を一人ずつ演奏する。

「よっしゃー! さっさと終わらせて、みんなでお菓子食おうぜ!」

洸太先輩がいつもの調子で言うと、一年生の誰かが目を丸くした。

「え、そんなことしていいんですか!」

「いいんだよ、フルートは最初に終わるから」

去年もそうだった。早々にオーディションを終わらせて、緊張した顔で廊下を通っていく他のパートを横目に、フルートパートだけでお菓子を食べた。あれは、それはもう最高に美味かった。

……けど。今年は、そのことを思い出しても、そこまで気が紛れなかった。

なんだかんだ、緊張している。去年一度経験しているからこそ、どんな空気なのか想像がつく。そのぶん余計に落ち着かないのかもしれない。

ふと、川瀬の方を見る。川瀬は、いつも通りだった。緊張してると騒ぐわけでもなく、誰かと無理に話すわけでもなく、静かに目を閉じている。たぶん、自分の音だけに集中しているんだろう。

そういうところ、本当にすごいと思う。俺なんて、黙っていると余計に心臓の音がうるさくなるから、ついどうでもいいことを喋りたくなるのに。


やがて、三年生から順番に呼ばれていく。洸太先輩たちが一人ずつ教室に入って、演奏して、戻ってくる。戻ってきた先輩たちは、妙に晴れやかな顔をしていたり、逆に「やらかしたー」と笑っていたりして、その反応もそれぞれだった。

それを見ていると、少しだけ緊張が現実味を帯びてくる。もうすぐ、自分たちの番だ。


教室のドアが開くたびに、空気が少しだけ揺れる。

笑ってる先輩もいるのに、こっちは全然笑えない。

……こういうとき、やっぱり思う。川瀬と同じ編成になれたらいい。でも、同じになったら同じで、今度は別のことで勝手に悩むんだろう。

――ほんと、めんどくさい。

それでも、夏の間、できるだけ長く川瀬の近くにいたいと思ってしまうのは、もうどうしようもなかった。


二年生の俺たちの番が、いよいよ回ってきた。名前順で呼ばれるから、川瀬が先に行く。俺は無意識にその背中を目で追っていた。ふと、川瀬が振り返る。ほんの一瞬、目が合って、思わず呼び止めた。

「川瀬」

「……ん?」

頑張ろう、なんて言葉は出てこなかった。言わなくても、お互い頑張ることなんて分かってる。だから、ただじっと見つめる。それだけで十分だと思った。

「……うん」

川瀬は小さく頷く。言葉にはしなかったけど、たぶん伝わった。


全パートのオーディションが終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。音楽室に全員が集められ、佐々木先生の口から編成が発表される。空気は重い。去年は、正直何もわからないままその場にいて、ただ呆然として時間が過ぎていった。でも今年は違う。自分がどこに入るのか。川瀬は、どこなのか。頭の中でいろんなことがぐるぐるしているうちに、名前が読み上げられていく。


「A編成。フルート、三年 角野。二年 加藤、畠山、藤田。一年 黒木」


……今年は、そこに俺の名前はなかった。

悔しがるべきなのかもしれない。でも、正直なところ納得だった。強がりとかじゃなく、本当にそう思った。去年、A編成で過ごして、自分にはまだ早いってどこかで感じていたから。だから、これでいい。……いや、よくはないのかもしれないけど、少なくとも驚きはなかった。

かおりん、相変わらず強いなと思う。そして、真面目にコツコツ練習してきた畠山が選ばれたのがなんだか嬉しかった。藤田も、きっと今年は入るだろうと思っていた。そして一年の黒木。やっぱりそうだよな、上手いもんな。前に朝練で二人で基礎練したとき、こいつ上手いなって思った。自分の耳、ちゃんとしてたんだなと変なところで安心する。

そんなことを考えているうちに、B編成が読み上げられた。


「B編成。フルート、三年 井原。二年 西野、橋本。一年 岩本」


……B編か。それを聞いた瞬間、意外とすんなり受け入れている自分がいた。むしろ、ちょっと面白そうだなと思ってしまった。去年もB編で、個性的な一年たちに振り回されながらまとめ役をやっていた井原先輩。今年も同じ立場になったわけだけど、やっぱり最後の年、A編に乗りたかったんだろう。名前を呼ばれたあと、泣いてしまっていた。少し心配になる。でも、俺にできることがあるなら、できるだけ迷惑にならない形で支えたいと思った。

それから、相変わらず省エネな西野。コンクールで同じ編成ってなんか想像つかない。そして一年の岩本。強豪校出身で、なんでもずばずば聞いてくる。人懐っこいタイプの後輩だ。……まあ、正直、若干癖強めのメンバーかもしれない。でも、たぶん楽しい。そんな気がした。


そうなると、自動的に川瀬はC編だとわかった。


「C編成。フルート、三年 関。二年 川瀬。一年 泉」


川瀬、今年も洸太先輩と一緒か。

いいな、と思った。去年、あの編成でやっていたのは楽しそうだったし、洸太先輩と川瀬の並びはなんとなくしっくりくる。しかも一年の泉も一緒だ。あいつ、キャラ濃いけどなんだかんだ面白いし、きっと賑やかな編成になるんだろう。

隣で発表を聞いている川瀬の顔をそっと見る。でも、その表情からは何も読み取れなかった。嬉しいのか、悔しいのか、納得してるのか。川瀬はいつも、そういうところを簡単には見せない。


帰り道は、結局いつも通り二人だった。

一緒の編成になれなかったな、とか。そういうことを言いたかったのかもしれない。でも、それを口にしてしまったら、変に重くなる気がして言えなかった。だから、俺はいつもより少し多めに喋る。


「川瀬、今年も洸太先輩と一緒じゃん。いいなー」

「去年、楽しかったし。今年も一緒で嬉しい」

「だよなー。いや、でもB編のメンツぶっちゃけちょっとくせ強だよなー。なかなか面白くなりそう」

「……そうだね」


なんとなく、言葉が軽い。去年A編で、今年はB編。別に悔しくない。そう、自分に言い聞かせるみたいに、べらべら喋ってしまう。

……でも、もしかしたら。

本当は、少しだけ悔しかったのかもしれない。それに、一緒の編成になれなかったことも。思っていたより、ちゃんと引っかかっていたのかもしれない。



A編成に、橋本の名前はなかった。B編成で「橋本」と呼ばれた瞬間、隣にいた本人は、思ったより落ち着いた顔をしていた。少なくとも、表向きは。驚いた様子も、悔しそうな顔も見せなかった。むしろ、少しだけ口元を緩めて、「B編か」とでも思っていそうな顔だった。


俺はC編成だった。

きっと必要だから今年もここに選ばれた。だから、自分がやれるだけのことをやるだけだ。去年と同じく、洸太先輩と一緒。そこに一年の泉も入る。編成だけ見れば、悪くない。むしろ、やりやすいかもしれない。そう思いながら、横目で橋本を見た。

橋本はまっすぐ前を向いていた。何を考えているのか、いつものように分かりやすく顔に出ていそうで、でもこういうときに限って妙に読めない。


いつも通り二人で帰る。俺が何か言う前に、橋本が口を開く。

「川瀬、今年も洸太先輩と一緒じゃん。いいなー」

その言い方が、少しだけ軽かった。

「去年楽しかったし、今年も一緒で嬉しい」

そう返すと、橋本はすぐに続ける。

「いやーB編のメンツ、ぶっちゃけちょっとくせ強だよなー。なかなか面白くなりそう」

「……そうだね」

「井原先輩もいるし、西野いるし、岩本も絶対いろいろ言ってくるだろうし。まあでも、たぶん楽しいよな」

いつもより、よく喋る。

橋本はもともと静かな方じゃない。でも、今のこれは少し違う。ただ楽しいから喋ってるというより、喋らないと変な間ができるから喋っているように見えた。たぶん本人は、悔しくないって言いたいんだと思う。

去年A編で、今年はB編でも全然平気だって。一緒の編成になれなかったことも、別に気にしてないって。誰に向かってなのかは分からないけど、たぶん俺にも、自分自身にも。


「……橋本」

「ん?」

「B編、楽しそうだね」

そう言うと、橋本は一瞬だけ黙った。

それから、少しだけ笑う。

「だろ?」

その笑い方が、思っていたより素直で、少し安心する。強がりが全部じゃないらしい。


本当に悔しくないわけじゃないんだろうな、と思う。でも、悔しさをそのまま見せるのは橋本らしくない。たぶん、悔しいより先に、「じゃあこのメンバーで何ができるかな」って考え始めるタイプなんだと思う。そういうところは、少し羨ましい。

「橋本さ」

「なに?」

「……いや、なんでもない」

言った瞬間、橋本が「は?」って顔をする。自分では隠せてるつもりなんだろう。

でも、近くで見ていると分かる。少し早口になること。妙に明るく振る舞うこと。ほんの少しだけ、寂しそうな顔をすること。一緒の編成になれなかったのが、まったく何ともないわけじゃないことも。

たぶん、俺が思っているよりちゃんと、橋本は気にしている。


でも、それを今ここでわざわざ言葉にする必要はない気がした。

橋本が「大丈夫なふり」をしているなら、そのまま付き合ってやるのも悪くない。

編成は別になったけど、帰り道はいつも通りだ。

それだけで、少しだけ安心している自分がいた。


「一緒の編成じゃなくても、別に終わりじゃないし」

思ったより、そのままの言葉が出た。橋本が少しだけ目を丸くする。

「……おう」

短い返事。でも、その声はさっきより少しだけ落ち着いていた。

たぶん、橋本は平気なふりをしている。たぶん、俺も。そういうのを全部わかった上で、一緒に帰るこの時間は嫌いじゃなかった。


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