表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/37

Talker

あんまり褒められると調子に乗りそう。

蒼高の吹奏楽部は、百二十人近くいる。

これだけ大人数になると、ただ楽器を吹いているだけでは部活は回らない。だから部内には、いろいろな係が割り振られている。

衣装を管理する衣装係。部費や集金関係をまとめる会計係。本番のステージ配置を考えて指示を出すセッティング係。今どきっぽいもので言えば、吹奏楽部の情報を発信するSNS係なんてものもある。基本的に、部員は全員、何かしら一つ係を担当することになっていた。


俺が一年の時からやっているのは、演出係。

地域での演奏の曲目や曲順を考えたり、演奏会の司会原稿を作成したり、当日の司会を担当したりする係だ。こう書くとなんだかすごい感じがするけど、実際はそこまで大げさなものでもない。中学の部活でも同じような係をやっていたし、何より俺は元来目立ちたがりで、人前で話すのがわりと好きだ。

だから、結構向いている。……と、自分では思っている。一年の時から小さな本番では何度か司会を担当していたけれど、今回は初めて、地域の大きめな本番で司会を任されることになった。


会場は学校から近い大きな自然公園のお祭りステージ。

曲目は、子どもからお年寄りまで聴きやすいポップス中心。地域のイベントだから、堅苦しすぎず、でも内輪ノリにはならないように。原稿も、ただ曲名を読み上げるだけじゃなくて、曲の雰囲気や聴きどころが伝わるようにする。

そういうのを考えるのは、正直かなり楽しい。

「橋本、そこの紹介もうちょっと短くできる?」

「はい。じゃあ、こっち削って、曲の入りだけ残します」

「いいね。あと最後の紹介、この方が伝わりやすいかも」

佐々木先生と原稿を確認しながら、赤ペンでところどころ直していく。こういう時、俺はあまり緊張しない。むしろ、だんだん楽しくなってくる。


本番当日。

運営係からマイクを受け取った瞬間、少しだけ手が熱くなった。でも、怖い感じじゃない。よし、やるぞ、っていう熱だ。


「みなさん、こんにちは!蒼波高校吹奏楽部です!」

「本日、司会を務めます。フルートパート二年、橋本陽翔です!どうぞよろしくお願いいたします!」


マイクを通した自分の声が、広場に広がる。思ったよりよく響いた。客席の反応を見る。前の方に座っている小さい子がこちらを見ている。年配の人たちも、少し笑顔になっている。あ、大丈夫だ。届いてる。

そう思ったら、一気に肩の力が抜けた。曲間の司会も、思ったよりうまくいった。曲紹介で少し笑いが起きたり、手拍子のお願いに客席が応えてくれたりすると、体の奥がわっと熱くなる。演奏とは違う。でもこれも、会場の空気を作る仕事なんだと思った。

本番が終わると、佐々木先生が近づいてきた。

「橋本、今日すごく良かったよ。聞き取りやすかったし、お客さんの空気をちゃんと見て話せてた」

「え、ほんとですか? やった!」

思わず素で喜ぶ。

「本当にこういうの向いてるね。また任せたよ!」

その一言に、胸がぱっと明るくなった。周りの先輩や同期、後輩からも声をかけられる。

「橋本、司会うまかったな」

「なんか慣れてたよね」

「全然噛まないのすごい」

「緊張しないんですか?」

褒められるのは、やっぱり嬉しい。単純だけど、俺はそういうところがある。見られて、聞かれて、反応が返ってくるのが好きだ。

「まあな! 中学からこういうのやってたし!」

調子に乗ってそんなことを言うと、周りから笑われた。


その輪の少し外に、川瀬がいた。

「川瀬、どうだった? 俺の司会」

自分から聞きに行くあたり、我ながらちょっと図々しい。でも、やっぱり川瀬に一番聞きたかった。川瀬は少しだけ目を瞬かせて、それから静かに言った。

「……よかったと思う」

「まじ?」

「うん。声、聞きやすかったし」

短い言葉。でも川瀬にそう言われると、他の誰に褒められるより少しだけ嬉しい。

「だろ? 俺、こういうの得意なんだよね」

そう言って笑うと、川瀬もほんの少しだけ笑った。

「……そうだね」

その表情は、いつも通りに見えたのに。どこか少し遠い気がした。



橋本は、人前に立つのがうまい。それは前から知っていた。声がよく通るし、話しながらちゃんと周りを見る。緊張していないわけではないんだろうけど、それを楽しさに変えるのがうまい。

今日の司会もそうだった。客席の空気を見て、少しだけ言い方を変える。笑ってほしいところでちゃんと笑いを取る。曲に入る前に、場の温度を少しだけ上げる。

ああいうのは、自分にはできない。ステージ上で話す橋本の後ろ姿を見ながら、素直にそう思った。

自分だったら、原稿を読むだけで精一杯だと思う。声もたぶん小さくなる。客席を見る余裕なんてない。間違えないように、噛まないように、そればかり考えてしまう気がする。……そもそもあんなのやろうとも思わないけど。


橋本は違う。人に見られることを、怖がっていない。むしろ、見られるほど明るくなる。マイクを持って立つ姿が、妙に似合っていた。


本番が終わると、橋本のまわりに自然と人が集まっていく。

橋本は褒められるたびに、わかりやすく嬉しそうに笑った。

「まじ? やった」

「いやー、俺こういうの向いてるかも」

調子に乗ったような言い方。でも、嫌な感じはしない。橋本らしくて、明るくて、周りもつられて笑っている。

それが、すごいと思った。橋本らしいと思った。でも同時に、少しだけ胸の奥がざわついた。さっきまで、休み時間にくだらないことで騒いでいた同じクラスの橋本なのに。自分にだけ近く寄ってきて、うるさく名前を呼んでくる橋本なのに。

――今は、みんなの真ん中にいる。

褒められて、笑って、明るく返して。誰に対してもちゃんと橋本で、誰から見ても橋本らしくて。

眩しい、と思った。嫌な意味ではない。むしろ、たぶん誇らしい。自分が隣で見てきた橋本を、周りもちゃんとすごいと気づいているのが、嬉しくないわけじゃない。でも。

――俺の橋本なのに。

そんな言葉が、ふいに浮かんだ。浮かんでから、自分で少し驚く。別に、橋本は自分のものじゃない。

人前で褒められているだけだし、橋本が嬉しそうにしているなら、それでいいはずだ。

なのに、周りの人たちが当たり前みたいに橋本を褒めて、橋本がその中で笑っているのを見ると、少しだけ落ち着かなくなる。

その顔、俺の前でもする。その嬉しそうな笑い方も、知ってる。橋本が褒められた時にすぐ調子に乗るのも、照れ隠しみたいに声が大きくなるのも、知ってる。

知っているはずなのに、今それを周りに見られていることが、なぜか少しだけ悔しい。


本番後、橋本がこっちへ来る。

「川瀬、どうだった? 俺の司会」

真っ直ぐ聞いてくる。褒められたい顔。すごくわかりやすい。さっきまでみんなに褒められていたのに、まだ自分にも聞いてくるんだ、と思った。もう充分褒められただろうけど。

「……よかったと思う」

「まじ?」

「うん。声、聞きやすかったし」

本当のことだった。もっと言おうと思えば言える。客席の空気を見るのがうまかったとか、曲紹介の間がよかったとか、自分にはできないと思ったとか。

でも、そこまでは言えなかった。それを言ったら、橋本がまた嬉しそうに笑う気がした。その顔は見たい。でも、さっきみたいに誰かに見せる顔じゃなくて、自分の言葉でそうなる顔が見たいと思ってしまった。

「だろ? 俺、こういうの得意なんだよね」

嬉しそうに笑うその顔を見て、また胸の奥が少しだけ揺れた。やっぱり橋本は、こういう場所が似合う。人に囲まれて、褒められて、笑っているところが似合う。

あの笑顔は自分にだけ向けているわけじゃない。そう思うと、少しだけ寂しくなる。でも同時に、今こうして真っ先に感想を聞きに来たのは自分のところなんだと思うと、少しだけ嬉しくもなる。

「……そうだね」

短く返す。橋本はきっと、その返事の奥までは気づかない。それでいい、とも思った。

でも、うまかった、という言葉だけでは足りないくらい、本当は少しだけ圧倒されていた。そして、それと同じくらい。

周りに褒められて嬉しそうにしている橋本を見て、少しだけ取られたような気持ちになっていた。

橋本が遠くに行くわけじゃない。隣に戻ってくることもわかっている。


それでもあの瞬間、舞台の上の橋本は、自分の知らない場所に立っているように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ