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そんなにいちゃいちゃなんてしてるかなーー

とにかく、川瀬の後ろの席の菊池妃茉莉って女には、俺と川瀬が仲いいんだってことを教えてやらないといけない。お前が入る隙なんかここにないってことを。……いや、別に俺ら付き合ってるとか、そういうわけじゃないけど。でも、少なくとも俺の方が近い。たぶん。いや、絶対そうであってほしい。


何日か経ったある日の休み時間。次の授業の準備をしながら自分の席に着く川瀬のところへ、俺はいつもみたいな顔をして近づいた。

「川瀬ーーー」

そのまま、後ろから抱きつくみたいに肩に腕を回す。

「……ちょっ、何。近いから」

相変わらず、こういうの人前だと嫌がるんだよな。いや、嫌がるっていうか、照れてるだけだと勝手に思ってるけど。

「いーじゃん。ちょっとだけ」

「……暑いし、重い」

川瀬が少しだけ体重をかけて、俺を押しのけようとする。でも、本気で振り払う感じじゃない。そのくらいはもうわかってる。俺は少しだけ顔を寄せて、耳元で小さく言った。

「……なんで。そんなに俺と一緒にいるの見られるの嫌?」

川瀬の肩が、ほんの少しだけ止まる。

「……別に、嫌とかじゃないけど」

その返事に、思わず口元が緩む。

「だよな」

そう言って、わざとらしいくらいにもう少しだけくっつく。さあ、菊池。見てるか?俺ら、こういう感じなんだよ。

……って、あれ。ちらっと後ろの席を見る。菊池がいない。なんだよ。こういう時に限っていないのかよ。拍子抜けして少しだけ力を抜くと、川瀬が小さくため息をついた。

「……橋本、なんでそんな急にくっついてくるの」

「別に。ただくっつきたかっただけだけど?」

そう言うと、川瀬は少しだけ黙ってから、

「……教室だとみんないるし、恥ずかしいから」

と、小さく言った。その言い方が、思っていたより嫌そうじゃなくて。むしろ少しだけ甘く聞こえて、俺はまた調子に乗りそうになる。

「え、じゃあ二人きりならいいの?」

「そういうことじゃない」

「どっちだよ」

「……うるさい」

そんなやりとりをしているうちに、次の授業のチャイムが鳴った。俺はようやく腕を離して、自分の席に戻る。結局、菊池には何も見せつけられなかった。でもまあ、川瀬にちょっとだけくっつけたから、それでいいかと思った。


入学式も終わり、新一年生の部活動体験の期間が始まる。俺も川瀬も、それぞれ通っていた中学からの後輩は入学してこなかったから、知らない後輩ばかりだった。

去年の今頃、楽器体験で川瀬と初めて会った時のことを思い出す。あの時は、まさかこんなに仲良くなるとは思ってなかった。……いや、最初は俺がほぼ一方的にちょっかいを出してただけだけど。

それが今では、同じクラスになって、休み時間にくっついて、後ろの席の女子に勝手に嫉妬するくらいにはなっている。ほんと、何がどうなるかわからない。



結局、今年のフルートパートの一年生は、経験者の三人に決まった。俺ら二年の半分の人数だ。そうそう、普通はそれくらいの人数だよな。やっぱ六人って多かったんだな、と今さら実感する。

小柄で、どこか掴めない雰囲気の黒木伊織。先日卒部したおかしょー先輩の後輩で、強豪校出身の岩本颯斗。洸太先輩に目をつけられ、もうすっかりこのパートに馴染んでしまっている泉雅貴。

性格も雰囲気もばらばらな三人だけど、もうそれなりに仲良くなっているみたいだった。一年生って、もっと緊張してるものかと思ってたけど、意外と馴染むのが早い。


この時期は朝練の時間を使って、二年が日替わりで一年に付いて、基礎練を教えることになっている。

……あれ。去年、俺たちってそんなことしてもらったっけな。記憶があいまいだけど、とにかく今年はそういう方針らしい。先輩になったんだから、後輩を見る。言葉にすると簡単だけど、俺は中学の時から後輩に教えるのがあまり得意ではない。

だから、正直かなり憂鬱だった。今日は一年の黒木と二人で基礎練をやることになっている。

「じゃあ、スケール、Bdurからやるか」

「はい」

黒木が楽器を構える。小柄だからか、フルートが少し大きく見える。でも姿勢はちゃんとしているし、構え方にも変な癖がない。俺は普通にびっくりした。

……えー。一通り吹いてもらったけど、普通に上手い。音も綺麗だし、姿勢も自然だし、音程もいい。変な力みもない。てか正直、俺はよっぽどへんてこりんでもない限り、だいたいみんな上手く聴こえてしまうところがある。アドバイスできることが、あんまりない。でも、実際上手いし。とりあえず全力で褒めておくか。

「え、上手くね?! すご! 完璧じゃん!」

「……そ、そうですか?……ありがとうございます」

黒木が少し戸惑ったように瞬きをする。……あれ。ちょっと引かれてる?ほんと、こういう時に“先輩らしく”ってできないんだよな。もっと落ち着いて、「ここはもう少しこうするといいよ」とか言えればいいのに、出てくるのは結局いつものテンションだ。

視聴覚室の同じ空間の隅では、川瀬と一年の泉が二人で基礎練をしていた。ちらっと見ると、川瀬はいつもの静かな顔で泉の音を聴いている。たぶん、俺みたいに変に騒いだりしない。必要なところだけ淡々と伝えて、でもちゃんと見ている。そんな感じなんだろう。

きっと川瀬は、なんだかんだ先輩らしく指導できている。そう思うと、少しだけ悔しい。でも同時に、ああいう先輩、後輩からしたら頼りになるんだろうなとも思う。

……いや、だめだ。また川瀬ばっか見てる場合じゃない。俺は黒木の方へ向き直って、無理やり先輩っぽい顔を作った。

「じゃあ、もう一回やってみよっか。今度はちょっと音の出だし意識して」

自分でも、かなりそれっぽいことを言えた気がした。黒木が小さく頷く。

「はい」

その返事を聞いて、少しだけ背筋が伸びる。俺たちはもう、誰かに教える側になっている。憧れられるような先輩になれるかは、まだ全然わからない。でも、とりあえず今日は、目の前の後輩に俺なりにちゃんと向き合ってみようと思った。



ある土曜の部活。

新一年生の三人をフルートパートに迎えて、初めての昼食だった。教室の机をいくつかくっつけて、パート全員で囲むように座る。パートによっては学年ごとに別れて食べていたりするみたいだが、俺たちはいつも全員で食べる。

最初はもっと緊張しているのかと思っていた一年生たちも、いざ一緒に弁当を広げてみると、思ったより普通に話してくる。

小柄でどこか掴めない黒木も、静かそうに見えて意外とぽつぽつ喋るし、強豪校出身の岩本は礼儀正しいけど物怖じしない。泉に至っては、もう洸太先輩にいじられすぎて、すっかりパートの空気に馴染んでいた。

……慣れるの早すぎだろ。さすがの俺も、去年の今頃はまだもう少し固かった気がするけどな。弁当を食べながらわいわい話していると、ふいに一年の岩本が口を開いた。


「陽翔先輩と、川瀬先輩ってめっちゃ仲良いですよね」


……お、おう。

それは、まあ、そうなんだけど。なんとなく、一瞬だけ不思議な空気が流れる。俺たちって、そんな、入ってきたばっかりの一年にもわかるくらい距離が近いんだろうか。いや、近いのは自覚してる。してるけど、そんなにか。

とりあえず、俺は何でもない感じを装って笑った。

「まー、仲良いんかなー?」

すると、すぐに洸太先輩が横から突っ込んでくる。

「いや、確実に仲良いだろ。お前らずっと一緒にいるもんな」

やめてくれ。そういう言い方。川瀬は何も言わない。黙っておにぎりを食べている。たぶん、聞こえてないふりをしている。そこへ、かおりんがぱっと顔を上げた。

「それがね! この二人、教室でも休み時間ずーーっとベタベタいちゃいちゃしてんの!」

「ちょ、かおりん」

「仲良しってレベルじゃないんだよ〜! 畠山もそう思うよね?」

突然振られた畠山が、少しだけ箸を止める。

「え、まあ……そうだね」

畠山。お前までそんな冷静に肯定するな。やばい。見られてたか。いや、別にそんないちゃついてるつもりはない。ただ川瀬の席に行ったり、肩を組んだり、ちょっと後ろからくっついたりしてるだけで。……いや、文字にすると普通にやばいかもしれない。

少し焦って川瀬の方を見ると、川瀬は無言でこっちを見ていた。表情はいつも通り静かだ。でも、目だけが言っている。

――ほら。だから教室でベタベタするなって言ってるだろ。

……ご、ごめんて。思わず心の中で謝る。でも、口に出すのは悔しいので、とりあえず笑って誤魔化すことにした。

「いやー、かおりん盛ってるって。そんなベタベタしてねぇし。な?川瀬?」

「……さあね」

「おい!そこは否定しろよ!!」

かおりんが楽しそうに笑う。

「ほらね? こういう感じなの!」

一年生たちが「へぇー」とか「なるほど」とか、妙に納得した顔をする。やめろ。そんな理解の仕方をするな。

岩本が少し真面目な顔で言った。

「でも、そんなに仲良い人が同じパートっていいですよね。楽しそうで!」

その言い方があまりにも素直で、少しだけ返答に困る。

「まあ……楽しいっちゃ楽しいけど」

そう言いながら、隣の川瀬を見る。川瀬は相変わらず少しだけ困ったような顔をしていたけど、完全に嫌そうではなかった。たぶん。いや、たぶんってことにしておく。

その横で、かおりんがまた何か言いたそうに口を開く。やばい。これ以上喋らせたら、もっと余計なことを言われる。俺は慌てて話題を変えた。

「ていうか!午後の合奏であそこのソロ誰吹くんすか!!」

かなり強引だったけど、とりあえず話題が移る。その隙に、川瀬からの無言の圧も少しだけ薄れる。でも、たぶんもう遅い。


新一年生三人には、俺と川瀬は“やたら仲のいい先輩たち”として認識された。そしてその原因の半分以上は、間違いなく俺だ。

――まあ、別に悪いことはしてないし。……してない、よな。



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