第85話 ライバルしか頭にない彼
ま…まずいわ…
こんな事、凱斗が知ったら…
ただでさえ相楽君の事、気にしてるのに…
彼が一緒にロンドンに行くって知っちゃったら…私、行かせてもらえなくなるかも。
また喧嘩とかになったりしたら、どうしよう…
相楽君に対する感情は、凱斗に対する気持ちとは全然違うのに。
相楽君は同期の絶大なる信頼で、凱斗は恋人の愛情って感じで…。
「あ…まぁ…修士もアメリカより短期だしね…」
「これなら最初から、ロンドン一年って決めておけばよかったよ」
「……」
「まぁ会社に言われれば、仕方ないよな…」
「…うん」
「まぁ…俺の事は気にしなくていいから。桜庭は自然体で、いつも通り過ごしてればいい」
相楽君はそう言って笑ったけど…
このままじゃ、相楽君も苦しいだけなんじゃないかと思う…
「相楽君は…本当にそれでいいの?」
「…えっ?」
「気持ちを告げてくれたけど…私は凱斗の事が、好きなんだよ…?」
「桜庭って、胡蝶さんの事受け身だって気づいてる?」
「受け身?」
「ただ、待ってるだけ。本気で、好きなのかなって?」
「……」
「普通…別れそうになって、あんな風に何もしないで身を引く?」
「……」
「離れてったら引き留めもしないで…より戻そうって言われたら戻して、自分の気持ちは?」
「自分の気持ち?」
「別れたくないとか、よりを戻したい、戻したくないとか…」
「も…戻したいから戻したんだもん」
「じゃあそうしたいなら、なんでもっと早く自分から言わなかったの?」
「……」
「桜庭と胡蝶さんの間には、誰にでも入り込める隙がある。そんな風に感じるんだ」
「……」
「別に…そこに付け入ろうって言うんじゃないんだけど…俺なら半年は考えられないから」
「……」
「感情だけで動くんじゃなくて、もっと…ちゃんと桜庭を繋ぎとめる」
「……」
「桜庭の事大事だし、失いたくないから…今余計に意地になってるのかもな俺も…」
そんな風に言われたら、私達が適当みたいだけど…
あの時は色々あったし、星野さんの事も会社の事も…普通の人じゃ考えられないようなことが凱斗には起きていた。
だから…こんな状態を理解できるのは、やっぱり私達だけかもしれない…。
「…私達の…タイミングなんだと思う。二人とも…変に意地張るとこもあるし…」
「ごめん…でも俺もすぐには、気持ち切り替えられないから…」
何一つブレない相楽君の真っ直ぐな目が、私を正面からじっと見つめてる…
それに何も答えられなくなって、ただ相楽君を見つめ返した。
「だから…桜庭は今まで通り普通にしてて?」
「あ…うん…」
「そんな顔するなよ」
相楽君は困った顔をしてる私に苦笑いして、手元のグラスを飲み干した。
「明日も早いし、そろそろ帰ろうか…?桜庭タクシー?」
「あ…ここからはタクシーかな…」
こうして私と相楽君は、一応話が終わるとそれぞれ帰路についた。
相楽君の態度は普段と何も変わらず、私が何を言っても始終冷静で大人だった。
これ以上は私がどうこういう問題じゃない。相楽君自身の問題だ。
私は、凱斗との約束通り、ちゃんと伝えられたよね…
凱斗に、今日の事なんて話そうか…
ちゃんと―――
よりを戻す事は、伝えた…
好きだって事も、ちゃんと伝えた。
彼が”諦めない”って言った事は、凱斗気にしてたみたいだから絶対に言えないよ…。
”もしかしたら相楽君が、イギリスに行くかもしれない”事。
…これは…まだわからないから、決まってから言うしかない…。
――――困ったな…
これ正直に話すと、どう見ても凱斗刺激するでしょ?
だって今、必要以上に相楽君の事ナーバスになってるんだもん…
私が何言っても、信じてないのがわかる。
でもどう見ても…“私も揺れてる”って凱斗に思われてるよね?
私はただ、人として申し訳ないだけなんだよ…
お世話になってたから邪険にしたり、無視したりもできないし…
仲いい同期なんだから―――
凱斗との事も、隠してないし”彼だ”ってちゃんと言ってある。
なのに、何回も言う。
「相楽に言え」って…
私もしかして、相楽君じゃなくて”凱斗に対する接し方”変えた方がいいのかな??
凱斗私の何見て、相楽君の事気にしてるんだろ??
≪花凛、今何してる?≫
LINE来た!!タイミングよすぎ!
家に着いた途端、凱斗からメッセージとか…
≪今帰ってきたところ≫
≪今?暇な時期なのに、遅くない?≫
だって、凱斗に言われて相楽君に会ってたんだもん…
うーん…もしかして、あの指輪を江の島で受け取らなかったからかな?
彼らへの微妙な気遣いが、全部裏目に出てる気がする…
もしかして…相楽君も言ってた、“受け身”が良くない??
キャラじゃないんだけど……だとしたら…
≪凱斗、ヴァンクリ早くちょうだい♡楽しみ~♡≫
凱斗にはこれくらいが、ちょうどいいのかも?
≪相楽に話したの?≫
「……」
そう来るよね…来ないわけないよね…
私の指輪の要求なんてスルーじゃない??
≪話したよん♡≫
やたら♡マークをつけてみる…
≪あいつなんて?≫
あぁ…本当の事言ったら怒るくせに!
相楽君の事しか頭にない!♡なんて見てもなくない??
その時だ―――
返信迷ってたら、電話かかって来た!!
「も…もしもし…?」
『花凛?』
「今おうち?」
『いや。俺は、まだオフィス』
「…そうなんだ」
オフィスにいても、気になってる相楽君の事…
『相楽…ちゃんと言えた?』
ほら!今日名前何度目??
「え?あ…うん。言った…かな」
『あいつ、お前の事なんて??』
「…あ…諦め…る?って」
『ほんとに?』
嘘だけど。
―――ごめんなさい凱斗…
だけど、どうしてもこれだけは本当の事が言えない。
凱斗に、嘘つきたくないのに…
相楽君が宣戦布告してるなんて言ったら、キレて反撃しそうなんだもん!
触らぬ凱斗に祟りなし!
「うん」
『そっか…お前…それでいいんだよな。相楽…』
これよ。これ!
また出た「相楽」
凱斗、ホントにわかってないのかな?私の気持ち…
江の島から、ずーーっと不安そうな目をしてるの。
じゃあさ、もし良くないって言ったらどうするわけ?
元々、自信満々な性格だったはず。
俺様気質で…小さい事は気にしない!みたいな感じだったんだけどな?
相楽君の何が、凱斗に引っかかるんだろ。
亨の事だって、気にして無かったのに…
…元カノの先輩とかも、絶対会ったりもしないって。“
”俺は、潔さじゃ天下一品だ“って豪語してたよね?…
だから今回凱斗から、半年もたって“より戻したい”って言われた時は、意外だったんだけど。
「凱斗…」
『えっ?』
「私ね…ちゃんと凱斗の事好きだし、相楽君の事気にする事ないよ」
『…花凛…』
「…もう少し、私の気持ち信じて欲しいな」
『……』
「わかった?」
『…だって…』
「え?」
『朔が言ってたんだ…お前が…半年の間に相楽に気持ち揺れてるって…』
「揺れてないから!」
『え?』
「揺れてたら、凱斗に戻ってないよ」
『それは駄目!』
「朔ちゃん…すっごく心配してたから、煽ったのかも…私にも、“早く連絡しないと凱斗に言い寄る子は沢山いるみたい”って言ってた」
『そんなの、フル無視だし!』
そう言った焦った凱斗の声に、思わず笑みが零れる。
私達…お互い気にし過ぎなのかも…半年前は、私も凱斗のSNS見る度に自信喪失してたもん…今なら、その気持ちも少しはわかるけど…
それだけ、相手の事気になってるんだってそう思いたい。
『朔が…この半年の間に、花凛やたら相楽の名前出すようになったって…』
「だって、同期でMBA選ばれたの一緒だったし、二回もプロジェクト一緒だったし…それから倒れた時お世話してくれたの相楽君だったんだもん」
『倒れた??いつ?!』
「え?あ…一回だけ…大したことない…。朔ちゃんから聞いてるんだと思ってた…」
『いや…あ、大丈夫だったのか?それ…』
「うん、過労で一日だけ入院したの。だからその時仕事もフォローしてくれて…」
『そっか…』
「まぁ…頼りにしてたから、私も甘え過ぎてたのかもしれないな…この半年、ホント精神的にきつくて…私も悪いのかも…」
『俺のせいだな…」
「ううん…私のせいでもあるよ…」
『俺も…ちょっと気にし過ぎたかも…』
「じゃあ、相楽君の事はそう言う事かな。まだ仕事してし起きてるから、おうちついたら連絡して?」
『わかった』
本当に、わかってるのかな?
ちょっとどころじゃなかったんだけど?
意外にも、今日は素直だ。
「それから…凱斗に、週末の温泉予約任せちゃって平気?」
『あ…うん。俺、探しとく』
「ありがと。場所任せるね」
『明日辺り、決めて知らせるよ』
「うん」
正直それは、ちょっと楽しみでもある。
温泉でおいしいものでも食べて、私もスッキリ前向こう!
そう言えば…星野さんの事とか仕事の事も忙しくて、楽しく二人で旅行とか久しぶりだな…。
凱斗のSNSは、星野さんが辞めてからほんと地味になったし…
今思えば、あれも色々と彼女の当てつけだったのかも?
でも…やっぱり凱斗に声かけて来る、キラキラした女の人はまだたくさんいるわけで…
「私の“相楽君の事“より、自分の方が大変でしょ…」
そうふっと笑って、私はリビングでノートパソコンを開いた。




