第86話 やっと訪れた俺の幸せ
「…で、なんで毎回うち来るの」
「いや、だってお前のせいだろ?」
「どうして??」
「朔が、花凛が相楽にブレてるって言うから!!」
「違ったんなら、いいじゃん。いちいちうちに来ないでよ」
「俺がどれだけ、気になってたと思ってんだよ!」
「それならこれに懲りて、ちゃんと素直になる事だね?」
「いつも素直だし!」
「半年も意地張ってて、よく言うよ…」
「俺は仲直りのタイミング、ずっと見てたんだよ」
「はいはい」
「ホントだって!」
仕事が終わってオフィスで何となく佐田と話してたら、MBAの話になって…
奥さんの実花さんとはそこで知り合って、同じ目標あるから意気投合したって。
そうしたらまた相楽の事が気になりだして、花凛にすぐLINEした。
そしたら花凛…
ちゃんと相楽に話したって!!
俺の事好きだし、信じてって♡
なんか…いい感じに事が運びだした。
“ちゃま”に渡したい物もあったから、実家行くついでに俺はまた朔んちに寄る。
最近、ここ来るとなんか落ち着くな…
朔の部屋はいつ来ても片付いてるし、庭の眺めもいいし。
どこもかしこもお香のいいにおいするから、精神的にも癒される。
精神が浄化される場所だ。
「なぁ…朔…」
「んー?」
朔は、ソファの上に並べた花のパンフレットを眺めながら、俺に適当な相槌を打った。
「花凛さ…」
「……」
「倒れて入院してたんだってな…」
「あぁ…」
「そんな時、ずっと相楽が仕事もフォローしてたみたいだ…告られて無下にできないって…。女ってそう言うもの?」
「女じゃなくても、そりゃそうでしょ…同期の中でも一番頼りにしてる相手だし…気まずくなりたくないからね。花凛の性格なら尚更でしょ…」
「うん…」
「花凛が倒れた日、拓海さんから璃子に連絡があって…俺一緒に病院行ったんだ」
「えっ…」
「そしたら、花凛の側にあいついてさ…」
「……」
「なんか…当時俺も忙しくて、花凛には一か月くらい会ってなかったんだけど…びっくりするくらい痩せて白くなってて…」
「……」
「その時の相楽の献身ぶり見て…俺達より、ずっと花凛に近い気がした…」
「……」
「最初は、凱斗のペースに任せようって思ってたんだ。でも…そうも言ってられないってんじゃないかって…」
「……」
「…ちょうどその後、回復祝いかねて花凛とバンブー行ったんだ。そしたら、意外と素直に気持ち話してくれて…」
「……」
「次の週、凱斗と会う約束してたから、今がタイミングかなって…。二人とも素直じゃないから、会って話すように言ったって言う事聞かないし」
「朔…」
「相楽に取られるなんて、やだったんだ…」
「えっ?」
「凱斗も…花凛の事、もうちょっとしっかり繋ぎ止めておいてよ…じゃないと…」
「……」
「次、花凛泣かせたら…二度目はないよ」
「…うん」
朔は真剣な目で俺をふっとみると、また花のパンフレットに視線を戻した。
一瞬沈黙が落ちた、朔の部屋…
【じゃないと…】
ん??じゃないと…何だよ…?
俺の直観がその言葉にピンって…なんかそこに、反応したんだけど?
二度目はないって…いつもは穏やかな朔の目が、めっちゃ怖かった!!
気のせいだよな?
なんかその発言…俺より、絶対花凛寄りだろ。
でも…朔のおかげで、今回”より戻せた”みたいなものだしな…。
相楽に取られたくないって…俺の彼女でいて欲しいって事だよな??
誰よりも、俺たちの事よくわかってる朔―――
「朔?」
「ん?」
「花凛、大事にする…」
「……」
「朔のおかげだよ」
朔は、そう言った俺をじっと見ていたけれど、何も返事をしないまま小さく息を吐いた。
その後朔の家を後にした俺は、麻布の部屋に戻り花凛に電話をかける。
帰ったら電話するって言う約束―――あぁ…どう見ても俺達カレカノだよな?
リビングの全面窓から見える東京タワーが、今日は俺に笑いかけてるように見えるから不思議だ。
俺はソファに深く腰を沈めると、スマホを手に取り花凛の名前を探した。
画面に「花凛」の文字が浮かんだ瞬間、思わず笑みが零れる。
三度目のコールで、花凛の声が俺の耳に届いた。
『……もしもし?』
「俺」
短く名乗っただけなのに、受話器の向こうから柔らかな笑い声が返ってくる。
『お疲れ様。あれから仕事してたの?』
「いや…朔んち行って来た」
『朔ちゃん?』
「ちゃまに渡したいものあったから、実家行ったんだ」
何げない日常を、こうして報告する―――
そんな普通の毎日が、何より幸せなんだって今なら分かる。
俺は全身の力を抜いてソファに体を沈め、天井を見上げた。
ダウンライトの灯りが落ち着いた影を作り、心が静かに安らいでいく。
「花凛…」
『ん?』
「温泉なんだけど…場所、箱根でいい?」
『うん、どこでもいいよ。凱斗と、いっしょなら』
その声に胸が、きゅんとした。
一緒なら、どこでもいいって!!
あぁ…もう全ての憂いから解放された、最高の気分だ!
画面越しじゃなく、電話越しでもなく、会って抱きしめたい――そう思ってしまう。
前、旅行したのっていつだった?
確か一年くらい前…花凛のプロジェクトの切れ目の、あのいわゆる“ビーチタイム”にハワイ行った時か?
あの時は、めっちゃ楽しかったな…。
≪ハワイくらい、何度でも来れるだろ≫って、あの時花凛に言ったのに。
あれから…もう一年―――
あの後始まった、花凛の次のプロジェクト。
あれが、俺たちの間を引き裂いた―――
花凛が三年目で急激に激務になって、全然時間作れなくてさ…
その間に自分の付き合いこなしてて花凛に誤解され、おまけに女で裁判沙汰になるなんて、夢に思ってなかったし!
あれから近寄る女全般警戒してたら、今度は「ゲイ疑惑」って…世の中どんだけなんだよ?!
それに俺がため息をついたら、電話の向こうの花凛が即座に反応した。
『何か…心配事?』
「あ…いや…なんか、全部落ち着いたからホッとして会いたくて…」
冗談のように言ってみたが、花凛は小さく息を飲む気配を見せる。
『週末ね…』
「俺、待てるかな…?」
そう返したら、返事の代わりに花凛はくすっと笑う。
俺にはその笑い声だけで、今日という一日が楽しく終われる気がした。
「……本当は、今すぐにでも会いに行きたいけど…」
気づけば、心の中の言葉がそのまま口から漏れてしまう。
―――沈黙が数秒。
電話の向こうでシーツの擦れる音がして、花凛が小さな声で囁いた。
『……私も。』
予想外のその声に、思わず胸がぎゅっと締めつけられる。
今はその一言で、十分だ。
「……ありがとな、花凛」
『ううん…そんな…。ほんとに、心配かけてごめんね…。ほんとにほんとにごめんね…』
「そんな…必死で謝る必要ある?」
そう言って笑ったら、一人の夜のリビングに穏やかな空気が満ちていく気がした。
窓の外の東京タワーが、まるでふたりを祝福するようにオレンジ色に光ってる。
「おやすみ、花凛。早く寝ろよ?」
『うん……凱斗も、おやすみ。夢でも会おうね』
「くうっ!」
『え?何?』
「なんでもない…また明日連絡する」
幸せ過ぎて、思わず声が込み上げた…
通話が切れたあともしばらくスマホを握りしめたまま、俺は深く息を吐く。
胸に残るのは彼女の声の温もりと、会えない夜の切なさだけだ。
ここから一年はまだ花凛がいる。
その後一年ロンドンへ…問題はその一年をどうするかだ。
俺も仕事があるから行けて三か月に一度…いや、下手したら半年に一回くらいになるな。
会社放っていくわけにもいかないし、一度行ったら一週間は行きたいし…
花凛…帰国するのが二年後か…
ん??待てよ?あいつ…帰国したらどこに住むつもりなんだろ?恵比寿は契約解除していくみたいだから、広尾の実家かな??
それとも住む場所、新たに借りる?…となると…
「やば…。どうしよ…」
花凛、俺と一緒に住むとかってどうなんだろ?
前ここは、嫌だって言ってたな…俺も二年後なら引っ越してもいいかも?
でも同棲とか…
花凛意外と神経質なんだよ。
親の手前結婚するまで同棲なんてしないって、前言ってたし…
箱根で口説いてみようか…自社ビルの完成が丁度あと二年後だから…
めっちゃいい事閃いた!!
「俺って、天才だろ!!」
俺はすぐ側のクッションを抱きしめて、ソファに転ると込み上げてくる笑いを押し殺した。
やばい…明日朝から会議だから、五時にジム行こうと思ったのに…
「俺、眠れないじゃん!!」




