第71話 告白の夜。再会の前に
≪え?|土曜日に??≫
「うん。なんか急に…電話じゃ言えないから、会って話したいことがあるって…」
私は凱斗と会う約束をした後、すぐに朔ちゃんに電話を掛けた。
朔ちゃんなら何か思い当たりがあるだろうって…
≪話?≫
「うん。なんだと思う…?」
≪うーん…≫
朔ちゃんも困ってる…
「もしかして…私にLINEじゃ言いにくい話って…」
≪あぁ…≫
「朔ちゃん、何か凱斗から聞いてるの?」
≪いや…あ…まぁ…。それは…凱斗から聞いた方が…≫
朔ちゃんはやっぱり、何か知ってる!
凄く困った感じで、言葉を濁してる感じ。
「まさか、それって…」
≪俺も…昨日ちょっと凱斗から電話で聞いただけだから…詳しい事は、やっぱり本人から直接聞いた方がいいと思う≫
「そんなの…別に私…聞きたくないもん…」
≪えっ?≫
「何でそんな事、急に言うの…」
≪急じゃ…ないみたいだよ?≫
「え…」
急じゃない??
≪凱斗は、ずっと…話そうと思ってたみたいだけど…≫
「……」
≪花凛は…やっぱり、嫌なの?≫
「あ…」
なんて言おう。
いやだって言いたいけど、朔ちゃんにそれを言えない…
凱斗…新しい彼女と真剣なんだし。
凱斗の”新しい恋”を嫌だなんて…
私のわがままでしかない…
「そ…そんな事ない…!別に…誰も嫌だなんて言ってないよ!」
慌ててそう答えた。
≪なんだ…良かった!≫
朔ちゃんも、私が納得して喜んでる…
「朔ちゃん…私とは…ずっと友達でいてね…」
例え凱斗に、新しい彼女ができたとしても…
≪もちろんだよ。凱斗とは土曜日会うんだろ?≫
「うん…」
≪そっか。そんなのすぐだね。…とりあえず、凱斗によろしく!≫
「わかった…」
こうして、私は朔ちゃんとの電話を切った。
朔ちゃんは、凱斗の新しい彼女の事もう聞いてるんだ…
会ったことあるのかな…
朔ちゃんも、私には言いにくかったよね…。
って言うか…
新しい彼女の事なんて、私にわざわざ言う必要あるの??
ずっと前から話そうと考えてたって…
あのよくある「苦しい時を支えてくれた」って人かな。
そんな時に、理不尽に離れた私と違って思いやりのある人…
でもあれからまだ、半年だよ??
別れて半年で、もう新しい人??
いや…凱斗なら、相手には困らないはず…
それに、時間は関係ない…
ゼロ日婚だってあるくらいだもん。
でも…凱斗は、あっさり切り替えられちゃうんだね。
私はこんなに、いまだに引きずってるのに…
ダメだ…やっぱり無理!
凱斗の結婚なんて、LINEニュースで知るくらいで丁度いいよ…。
会ってそんな話聞くなんて、絶対嫌だもん!
土曜日どうしよう…
もう、約束しちゃった。
えっと…
ううん…断る理由何にしよう…
土曜の夜…土曜の夜…
仕事…暇だって言った…仮病…ちょっと気が引ける…
…こうして悩んでる間に、私は金曜の夜を迎えた。
その日は仕事終わりに、相楽君とご飯を食べに行く約束だ。
相楽君も話があるって…
「みんな、話があるんだね…」
春の終わりに、凱斗と別れた。
桜の花びらが散るころ、胸の奥にぽっかりと穴が開いたまま季節だけが過ぎて、今は九月の終わり。
街路樹の葉は色を変え始め、夜風はもう秋の冷たさを含んでいる。
繁忙期を駆け抜けたオフィスの空気が軽くなったのを感じながら、私は約束していた店へ向かった。
「桜庭!こっち!」
近くで一緒になった相楽君が、笑顔で手を挙げる。
仕事では見せない、少しだけラフな表情だ。
「私、今日のお店初めて」
「そう?口に合うといいけど」
そう言って笑った彼が選んでくれたのは、丸の内テラスの最上階に位置する、ラグジュアリーな空間を持つレストラン。
エレベーターの扉が開くと、そこはまるで別世界。東京の煌めく夜景が目の前に広がり、洗練された大人の空間が広がった。
店内は天井が高く開放感があり、モダンでスタイリッシュな内装。
特に窓際の席や、心地よい風が抜けるテラス席からは、丸の内のオフィスビル群や東京駅の夜景を一望できる。
案内されたのは、ガラス張りの窓際の席。
テーブルには白いクロスが敷かれ、上質なカトラリーと淡いキャンドルの灯りが並んでいる。
外に広がる夜景と柔らかな灯りが絶妙に調和し、まるで映画のワンシーンみたい。
「わぁ……きれい」
思わず漏れた言葉に、相楽がグラスを手に微笑む。
「気に入ってくれたなら良かった。たまには、こんなところもいいかなって」
テーブルに運ばれてきた前菜は、色鮮やかなカルパッチョ。
透明な皿に盛り付けられた魚の上に、オリーブオイルとハーブが艶やかに輝いていた。
「わぁ。私カルパッチョ大好き」
軽く言ったその一言で、相楽君は目じりを下げて優しく微笑む。
ワインが注がれ、私達はグラスを軽やかに合わせた。
澄んだ音が、夜景の中に溶け込んでいく気がする。
「留学決めてから、もう半年か…」
「うん」
「一年も、あっという間に過ぎるんだろうな…」
私達は一年後の留学する為に、今準備を進めているところだ。
「過ぎてしまえば一瞬だもんね」
「桜庭…」
「ん?」
「あれから…胡蝶さんから全く連絡なし?」
そうふと言われて、私は明日会う事を思いだした。
あれから迷った末、断ることができないでいる。
今更直接会うとか、緊張でしかない。
彼も知っている――凱斗と会わなくなって半年が経ったことを。
私は相楽君から視線を落とし、静かに答える。
「……あ…ホントについ最近…一昨日くらいかな…」
「一昨日?」
「うん…。急にね…元気かって連絡があって…」
「……」
「なんかね…話があるみたいで、明日会う事になったの」
「……」
相楽君はそれ以上追及せず、ただ穏やかな眼差しで見つめ続けていた。
聞かれて正直に話したものの、なんとなく気まずい空気が流れる。
相楽君には、一度告白されたことがあった。
でも、それからそんな話は一度もしてこないし、私達はそれからもずっと良い同僚だ。
彼は変わらず、色んな所で私の力になってくれている。
前と違うのは…
たまに休日に、会う事が増えたことくらいだ。
それでもカフェで話したり、ランチをするくらいで特別な事は何もない。
話すのは、仕事の話か留学の話…それから時々プライベートの話…
メインの肉料理が運ばれてきたころ、グラスのワインはすでに二杯目に変わっていた。
香ばしい香りが立ち上り、赤ワインの深みと混ざり合って心地よい。
相楽君は、仕事の話や最近の業界の動向を軽く口にしていた。
けれどどこか、普段の彼とは違う。
言葉の合間に、真剣な色が混ざるのを感じる。
「桜庭…俺さ…」
そう相楽君に切り出されて、フォークを持つ手が止まった。
穏やかな声なのに、不思議と胸に響く…。
その時の彼の眼差しは、ただの同僚のものじゃない。
しばし沈黙が落ち、キャンドルの炎が揺れる。
窓の外には東京駅のドームがライトアップされ、夜風に光が滲んでいた。
相楽がその時ふと、ナイフとフォークを静かに置く。
その仕草に、思わず私も身構える。
「……俺さ、正直桜庭の領域に…どれくらい踏み込んでいいかわからなかったんだ…」
「え……?」
思わず、彼の顔をじっと見つめる。
「だって、前に話してくれただろ。海外で学び直したいって。……その夢を諦めてほしくなかったから…」
相楽の視線が、真正面からぶつかってくる。
もう…逃げられないと、分かった。
「俺が無理な事言って、煩わせるのも嫌だったし。…困らせるのも、なんか違うなって…」
「……」
「でも…やっぱりその前に、はっきりさせておきたい」
その言葉に、世界の音が消えた気がした。
周りのざわめきもグラスが触れ合う音も、何も聞こえない。
ただ、彼の声だけが胸に残響していた。
「桜庭……俺と…付き合ってくれないかな…」




