第70話 元カレが話したいこと
帰宅して、シャワーを浴びPCで仕事のチェックをしながらくつろいでいた。
このところプロジェクトの谷間で、時間に余裕が在るのがちょっぴりうれしい。
その時画面に“相楽君”からのLINEメッセージが来る。
≪金曜日、話したいことあるから時間作ってくれない?≫って…
「話?なんだろ…??」
≪いいよ。ではでは、仕事終わりに≫
そう返事をして、ふと見覚えのあるアイコンに目が留まる。
≪久しぶり。……元気?≫
その文字を見て、心臓が大きく跳ねたのが分かった。
凱斗からだ―――
メッセージが来たのは10分前…ちょうどシャワーから出て髪を乾かしてた時くらい。
朔ちゃんが何か話したのかな…半年間全く音沙汰なしだったのに急に連絡とか。
どうしよう…
無視するのも変だし…かといってあの頃みたいな感覚で、気軽に返事もできない…
「と…とりあえず…」
≪……元気だよ。凱斗も元気だった?≫
無難に返事しておこう。
あれから凱斗は、私と「終止符を打った」って声明文を出した。
最初は面白おかしく書きたてられていた星野さんの事も、いつの間にか収束する。
暫くは会社が大変だったことも、お兄ちゃんから少し聞かされていた。
だけど凱斗から、連絡が来なくなって半年だ。
誰がどう見たって、私達は別れてしまった。
なのに急にまた、メッセージ送って来るとか…
きっとまた、いつもの気まぐれかな。
「暇だったから」とか「懐かしくて」とか…
≪うん。花凛は?仕事忙しい?≫
当たり障りのない、ありきたりな返事。
それでもどこか彼からの言葉は、心の中がふんわりと温かくなるような気がする。
今どんな顔で、これを打ってるのかなって――そう考えただけで頬が緩んだ。
≪相変わらずだよ≫
それにそう返事をする。
私の毎日は、あれからもありきたりな日々が繰り返されていた。
そこに一年後の留学の準備が加わって、忙しさの中にも楽しみがあったり…
あの後同期の中で、相楽君も一緒にMBAを取りに行くことが決定した。
―――アメリカに二年間。
あの仕事ぶりなら当然だ。
≪ちょっと、話せないかな?≫
えっ??
思わぬメッセージを二度見する。
凱斗と話す??どうしよう…
緊張で手が震える。なんて言えばいいの…
――久しぶり、元気だった?って?
何話していいかわからない。もう寝るんだって言おうかな…
でも…
あれから、どうしてたのとか、最近どうしてるとか…
…声が聞きたい気もする。
≪いいよ≫
って…その文字をじっと見つめてみる。
…返信遅くなると、迷ってるって気付かれちゃうかも。
でも…
『これからは、自分の気持ちに嘘はつかないって…約束して花凛…』って…そう言えば、朔ちゃんも言ってた…
そう!朔ちゃんも凱斗も同じ友達だ!そう思おう。
「あーあー…凱斗?!久しぶりだね!元気だった??…うーん、わざとらしいかな…
あ、凱斗?久しぶりだね。今どうしてるの?…いきなりどうしてるのって聞くのも…」
と…とりあえず…何か聞かれたらそれに応える。そのスタンスで行こう!
≪いいよ≫
送信…しちゃった!!…心臓がドキドキして飛び出しちゃいそう…
「はぁ…苦しい…っ」
思わず、そばに置いてあったカップの水に口をつけ、深く息を吐く。
するとすぐに私のスマホが、彼からの着信を知らせた。
「あ…な…なんて切り出そう…」
画面に浮かぶ「凱斗」の文字…
で…出なきゃ…
―――戸惑いながらスマホをそっと耳に付ける。
「……もしもし…」
『…花凛…?俺。久しぶりだね…』
凱斗だ!
きゃーー―っ…どうしよう!!
ずっと聞きたかった、大好きだった声…
思わず目の前が滲みそうになって、また大きく息を吸う。
話し方が、優しすぎる…
「……うん。久しぶりだね」
ダメだ…私泣いてしまいそう。
『あのさ…』
「うん…」
『今日電話したのは…ちょっと…話したいことあって…』
久しぶりに急に電話してきて、別れた彼女に話したいこと…
そう言えば、さっき相楽君も話したいことがあるって言ってたな。
ふと、同じような事を言われたと思い出す。
「うん。何かな…」
『ちょっと…電話じゃ話しにくい…』
「……」
電話で話しにくい事??
『渡したい物も、あるんだ…』
今更…突然、渡したいもの???
それって…もしかして凱斗の家に忘れて来た私物とか??
でも…大事なものは、特になかったような…
あ、あのジェラピケのルームウェアは、持って帰りたい気がしないでもないけど…
電話じゃ話しにくい事で、私物を返したい―――
もしかして新しい彼女ができたとか??
「え…」
『え?』
「あ…いや…」
どうしよう…そんなこと目の前で言われたら、どんな顔したらいいの…
“良かったね”って笑う自信なんてあるはずないし。かといって凱斗の前で泣くとか嫌だから!
「凱斗の事好きじゃない」――とか、あんなこと言ってまだ好きすぎなのバレバレだよ…
返事…なんて言おう…
『…花凛?』
「あ、はいっ!」
『聞いてる?』
聞いてる…聞いてるけど頭が…軽く混乱。
「あ…渡したいものって…郵送とか無理なのかな?」
『え…』
「あ!それに…電話じゃ話しにくいなら、LINEにメッセージ入れてくれてもいいし」
『LINEでなんか、絶対言いたくない…』
「……」
LINEで、絶対言いたくない事…
でも元カノに…絶対言いたい事…
最近別れた元カノに…
もしかして“誰かと結婚”??
―――「花凛、俺結婚することにしたんだ。スピード婚でさ?ピンときたって言うか、運命の人なんだよな!?お前には義理があるから一応報告しとくよ!」―――…
まさか…本人連れて来るとか?!
そんなバカな…
『やっぱダメか…』
やっぱダメってより…それ聞いて堪えられるかな私…
でも…
いつかは知ることだし、遅かれ早かれ私の耳に…
しかも…凱斗は私に義理立てして、わざわざ報告してくれようとしてるのかもしれない…
―――でもそれって、ホントに余計な事だわ…
数年たって、朔ちゃんから聞くくらいで丁度いい気がする。
凱斗って、傷口に塩を塗るタイプだったの??
もしかして、私への当てつけ??
「ダ…ダメじゃないけど…」
酷くない??
『ホントに?』
って言うか…凱斗声がすごくうれしそう…
ちょっと複雑な心境だよ…。
自分からあんなこと言っておいて今更だけど、凱斗が他の人と結婚するなんて…
もし二人の目の前で、泣いちゃったらどうしよう…
うれし涙って事にしようか…
凱斗が幸せになってくれて嬉しい!って…それは本当だもん…
でも、やっぱり会ってその話を聞くのは、今の私には難しい気がする。
それにこの前会った時、朔ちゃん凱斗が結婚するなんて、一言も言ってなかった…。
きっと気を使ってたのね…。朔ちゃんは、私の気持ちなんてお見通しだもん。
「…うん…」
こうなったら…もう潔く散るしかない…
こんなに喜んでる凱斗を…祝福してあげないと…
今は、友として―――
『今…仕事ってどんな感じ?金曜の夜とか忙しいかな…』
あ…金曜日は相楽君と約束が…だからダメだわ。
「ちょっと暇な時期なんだけど、金曜日は予定があるの。だから…土曜なら」
『じゃあ…土曜の夕方からってどう?俺、花凛ちに迎えに行くよ』
「わ…わかった…」
なんだか…死刑宣告されるみたいに暗い声になってしまう。
それとは裏腹で、凱斗の嬉しそうな声…
押しに弱いから、会う約束しちゃったけど…
ちょっと朔ちゃんに聞いてみようかな。
凱斗…なんの報告があるのって…
事情知らないと、怖くて行けない…




