第62話 俺が知らない、君の本音
「知ってるよ。レックスブリッジ法律事務所でしょ」
「え?朔知ってんの?」
「うん。今確か拓海さんも、あの事務所だよね」
「……」
何で…朔が知ってて俺が知らないとか…
おかしいだろ??
彼氏の俺が、花凛から父親や兄貴の事聞かされてないとか…
「でもなんで週刊誌にあんな記事…凱斗、本当はあの星野って秘書と…」
「朔まで、そんな事言うのかよ…」
久しぶりに来た朔の部屋…
こいつの家は白金にある立派な日本家屋で、庭に池もある。
小さい頃その池の鯉を朔と掬ってて、当時まだ生きてた朔の曾祖父さんが、めっちゃ怒ってたな…
俺は朔の部屋の窓の側に立ち、そこから見える庭をぼんやりと眺めていた。
目の前の池の周りは、ライトアップされてる…
一回ここで、みんなでクリスマス会したな…
朔に呼び出されて来てみたものの、ホントなら花凛の所へ行くべきだったんじゃないかと思えなくもない…。
何見ても、花凛の事思い出す…
こうしてみると…
ここ、何坪くらいあるんだろ?昔は考えたこともなかったけど…
「朔…ここ敷地何坪くらいある?」
「え?500くらいかな…多分」
「へぇ」
「凱斗…」
「ん?」
そう聞き返しながら俺は、ソファに座った朔の隣に腰を下ろす。
「これ、飲みな」
「うん…」
この時間にコーヒーを飲むと、俺は眠れなくなるから、おばさんお薦めのハーブティーにしてもらった。
「花凛の事だけど…」
「……」
「今日夜8時50分着の便で、もう帰国してる…」
今の時刻が10時半だから…
「……」
「凱斗、この記事の事、ちゃんと花凛に連絡した?」
「いや…」
「なんか…何度もこういう事あると、花凛だって…」
「俺だって…好きでこんな事してるんじゃないんだ…でも…」
「そんなの言い訳じゃないの?」
「えっ?」
「こんなの…ちゃんとわかり合えてれば、なんてない事だよ…」
「分かり合えるも何も、あいつ今までこんな事あったとしても、何にも言わなかったんだ!なのに急に梓の話が出始めて別れるって…」
「別れる?」
「あ…いや…」
「なに…花凛、凱斗に別れるって…?」
「なんか……梓切れないだろうから、自分切ってくれって…」
「……」
「あいつは昨日辞表も出したし、後はこの週刊誌の話が落ち着いてくれたら…」
「凱斗、甘いよ」
「え…」
「花凛が…今まで何も言わないからって、呑気にSNS垂れ流してたの凱斗じゃん」
「はぁ??」
俺は朔のその言い方にちょっとイラっとして、手に持っていたハーブティーのカップを強くテーブルに置いた。
「花凛は…」
「花凛がなんだよ…大体なんで俺よりいっつもお前なんだよ!レックスブリッジの事だって、俺知ったしの昨日だし!」
「あれは…大学の時、拓海さんとは何回か食事したことあって…」
「そんなのお前の方が、花凛の彼氏みたいだろ!俺なんて、昨日初めて会ったんだぞ」
「……」
「大体今までだって、お前ら距離近すぎなんだよ!」
「……」
「花凛も、SNSの事なんて何一つ文句言った事なかったのに、ここにきて急に態度かえるとか…」
「急じゃないよ…」
「……」
「わかってないのは、凱斗の方だよ…」
「え…」
「花凛は…言わなかったんじゃない…言えなかったんだよ…」
「……」
「凱斗の事が好きだから…他の人の事が気になっても言えなかったんだ…」
「……お前…なんか知ってんの…?」
「それは…俺が今、言う事じゃないから…」
「……」
「…花凛から別れを切り出したなら、本気だよ…呑気に構えてられる状況じゃない…」
「……」
「花凛…さっき家に着いたって…なんか…色々と覚悟できそうだって言ってたよ」
「花凛が?」
「何の覚悟か聞かなかったけど、あんな記事読んでも元気そうだった…」
「……」
「こんな状況で、凱斗が連絡もして無い事にびっくりだよ…記事には花凛の事も書かれてるのに…」
「……」
「今回の文襲は決定打かもね…妊娠二股だもん…笑って済む話じゃないよ…」
「……俺…」
朔は怒ってる…
淡々と話してるけど、俺にはわかる。
朔は、小さい頃から声や感情を荒げる事が無かった。
だけど…本気で怒ってるときは必ず“笑って済む話じゃない”って最後に言うんだ…
梓のせいで、花凛の事が記事になった。
職場やイニシャルだけど名前まで…それから同級生だってことも…
花凛は…
「凱斗とは、もう無理だって悟ったのかもね…」
「朔…俺…」
「とにかく…ちゃんと会って説明しないと…それからでしょ…」
「…あぁ…そう……だな…」
「凱斗今日、実家泊るの?」
「その予定だったけど…」
「会いに行った方が、いいんじゃない…?」
「朔…」
「あ…でも、花凛も疲れてるかな…」
「…あとで連絡だけする…」
「うん…そうだね…すぐにした方がいいよ」
こうして俺は朔に見送られ、すぐそばの実家へ戻った。
実家の自分の部屋に戻ると、そこにあるL字の濃紺のソファに座り手にしたスマホを睨んでいた。
≪とにかく…ちゃんと会って説明しないと…それからでしょ…≫
親友朔の声がまだ耳に残っている。
深呼吸を一つ。
震える親指で花凛の番号を押した。
――数回のコールののち、受話器越しに掠れた声。
『……もしもし』
「花凛……俺。今、少し話せる?」
「……うん」
声が小さい。
だがその沈んだ響きだけで、既に彼女が記事を読んだことを悟る。
「あ…台湾出張だったんだろ?向こう暑かった?」
『あ…うん…』
「……」
何を言えばいいのか、俺は言葉に詰まってしまった。
『大変だったね…』
「えっ?」
『ずっと連絡ないから、どうしてるのかって思ってたんだけど…』
「……」
『この前は、嫌な事言ってごめんね…』
俺が週刊誌の事を話す前に、花凛の方から俺に謝ってくる…
思いもよらない、展開だ…
「花凛…もしかして、週刊誌…見た?あれは…」
『わかってる…。お兄ちゃんからさっき、全部聞いたよ…』
「……」
なんか…俺泣きそうだ…
あれから10日。
花凛への言葉を、必死で探してた。
花凛からも連絡が無くて、それに声を掛ければいいのかわからなくて…
梓のこんな記事、見られたらもうおしまいだって…
「花凛…俺…今実家なんだ…会って話したい…」
『……』
「いつでもいいんだ…今日だって来いって言われればすぐそっちに行く…」
『私も…会って話したい』
「…うん…。都合はそっちに合わせる…いつがいい?」
こうして…俺はちゃんと花凛と話して、仲直りするんだとばかり思っていた。
なのに…
『今週はすごく忙しいんだ。凱斗も大変だろうし…週末でもいいかな…』
その週末が…
俺にとって最大の試練になるなんて、夢にも思っていなかった。




