表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/86

第52話 秘密のエール


「はい、花凛ちゃん。これ私からのサービスね」



水菓子が下げられた後、零れ落ちそうな笑顔の大将が小さな器を私の前に置いた。




それはなめらかなプリンの上に、艶やかなカラメルソースがかかった一品。

よく見るとカラメルソースの隣に、“縁結び”を意味する“水引”を象った金粉が繊細に飾られている。



とろりとしたそのプリンは、通常の卵ではなく、京都の抹茶と白味噌を隠し味に使って作られているそうだ。



口に含むと、まず抹茶の爽やかな香りが広がり、その後から白味噌の優しい甘みが追いかけてくる。そして、最後に舌に残るのは、表面をカリッと焦がしたキャラメルのほろ苦さ。





「大将、俺には?」


「ごめんね、(かい)ちゃん。これは花凛(かりん)ちゃんだけ~。花凛ちゃん玉子好きだしね」



そう言われて、凱斗(かいと)が苦笑いして小さく首を傾げる。



「ありがとうございます」



私はそう言って大将に微笑むと、凱斗が横から自分のスプーンでそっと掬って口に運んだ。



「うまっ」






遅い時間だからか、お客は私達が最後だ。






こんなふんわりとしたとろけるような優しい味は、ささくれだった気持ちを解いていく気がする。


凱斗はたった一口味見をしただけで、スプーンを側に置いた。




「今度姪っ子が結婚するんだよ。顔合わせの料理頼まれちゃって…それその時出そうと思ってる試作品」


「そうなんですね。おめでとうございます」


そう言って私が微笑むと、隣の凱斗が大将に姪御さんて幾つなのかと尋ねた。



「凱ちゃん、今幾つだっけ?」


「俺?今25です」


「あぁ、じゃあ一つ下かなあ…」


「へぇ…」




この店に凱斗が初めて来たのは、小学生の頃だそうだ



おじい様に連れられてきたのが、最初らしい。

大将の事を、前の店から気に入っていたらしく

ここに、店を構えてからの常連だと前に教えてくれた。




「凱ちゃんたちも、もうすぐ?」


そう言って私達に笑いかけた大将に、私は思わず小さく首を横に振った。




「いや…まだ予定は…」





そう視線を外しながら答える凱斗の横顔を見て、さっきの話を思い出す。


大将に遮られて話がそのままになってたけれど、私は…




―――≪凱斗は星野さん切れないだろうから、私の事切っていいよ≫




切り出したのは私の方だ。なのに、胸の奥がツンと痛い…




「まあ、凱ちゃんモテるもんなー、実際こんなイケメンなんだし!結婚よりまだ遊びたい感じ?」


「いや、止めてくださいよ!そんな…こんなとこで…」



凱斗は、大将に話を振られて焦ってる…

私は、それを聞きながら黙ってスプーンを口に運んだ。



「でもさ、この店連れて来るの花凛ちゃんだけだよね?」


「えっ?」


「この前会長言ってたよー。ひ孫の顔見ないと死ねないって!」


「え?150歳くらいまで生きそうですけど」




そう言った凱斗に、大将は思わず声を出して笑った。



きっと…カウンター越しに話聞こえてたんだ。


だからこのプリンは、大将なりの私への秘密のエールなんじゃないかって…

そんな気がした。



凱斗が真剣でいてくれてるのは、わかっていた。

どんな噂も、気にしなければいいと頭では理解している。


でも、仕事のプレッシャーとストレスに押しつぶされそうな今、SNSや週刊誌で流れる余計な話まで考えなければいけないのが、正直きつかった。


戦コンの大変さ、凱斗なら分かってるはず…ただでさえギリギリなのに…会うたびに、星野さんの話なんて聞きたくない



彼女の事は、ずっと見て見ないふりをしてきた…


凱斗の言い訳にも、耳を傾けたつもり。でも、もう限界だ―――



ここ最近三か月くらい、ミスもぐっと増えた。

その度に相楽君がフォローしてくれている情けない状況だ。



それに今日だって…

あんなことで動揺して、声が震えるなんて―――







それから30分後。

私達は、笑顔の大将に見送られて店を後にした。


そこから歩いて10分の、凱斗のマンションに向かう―――



最初の5分は二人とも無言だった。



その沈黙を破ったのは、凱斗からだ…



「花凛…」


「ん?」


「お前、あれ本気?」


「……」


「“私の事、切っていい“って…」


「……」


「俺って、そんな信じられないかな…」


「……」


「花凛?聞いてる?」



「…ごめん…私…」


「……」


「全部…ほんとに星野さんだけのせいなのかなって」


「どういう意味だよ…」


「私が見る二人は全部SNSからなの。凱斗の事は信じたいよ…

でも、今の私には無理かも…」



「花凛…」




「ごめん…。私ね…情けないんだけど…今仕事だけで手いっぱいなの…」


「……」


「戦コン行ってる先輩、何人かいるから状況分かるよね?」



「……」



「ここにきて、星野さんの事ばっか考えてる余裕ない…」


「……」


「私…今日帰るね」


「えっ??」


「来週から新しいプロジェクト始まるから、また時間ないかも。ホントごめん…」


私はそう言って凱斗に踵を返し、すぐそばでタクシーを止めた。


凱斗が後ろで何かを言ってたけど、それを振り切って車に乗り込む。




きっと…

もう終わりかもしれない。



だけど仕方がない…

(とおる)の時と同じだ。

相手の事を信じられなくて、不安で…


自分の事が手いっぱいで、凱斗を受け入れる余裕がない…


私には、恋愛は無理なのかもしれない。

相手の事を好きなだけじゃダメなのが恋だ…





その時スマホに璃子からLINEが入った。

今日の凱斗のSNSの記事についてだ…





璃子も…そう言えば少し前に大好きな人がいたな。





この間凱斗が招待されていたVANTHÉOR日本法人の統括ブランドマネージャーの人だ。


二人は、同じようなパーティレセプションで知り合った。



璃子の会社も、忙しい事で有名な広告代理店だ。

おまけにその時の彼は、仕事優先の姿勢で誤解もあったりして別れてしまった。



自分から別れようって言っておいて、璃子はまだずっと引きずったままだ。


今も恋ができずにいる…



≪花凛たちには、うまく行って欲しい≫――が璃子の口癖だ。





「璃子…私も、もう無理かもしれない…」





私はそうぽつりとつぶやいて、窓の外を流れるテールランプをじっと見つめていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ