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第53話 大事な参謀


「おい、待てよ!まだ話し終わってないって!!」



そう言って呼び止める俺の事を一度も振り返ることなく、花凛は目の前で止めたタクシーに飛び乗った。



俺は呆然とそれを見送る…



≪凱斗は星野さん切れないだろうから、私の事切っていいよ≫





やばい…

どうしようか…


花凛は本気だ。



この前も、“別れるつもりで俺に聞いた”って言ってた…

あの時誤解を解いたつもりでいたけど…


次から次へと梓の事が流れて来るSNSのせいで、花凛が…




あいつ…あれから自分のSNSもめっちゃ匂わせしてたんだよ…


俺が花凛に買ってきた、サンフランシスコ土産の「エルメスのブレスレット」

同じやつ載せて「♡♡から」って…


花凛…見てるよな…絶対に見てる。


でも…花凛も今まで何見ても何にも言わなかったくせに、急に一体何なんだよ!




今朝の事もあるから、朔には相談しにくいし…





俺は足早に家に戻ると、冷蔵庫からペットボトルの水を一本手に取り、ソファに腰を下ろして足を投げ出した。


目の前に光る、夜11時の東京タワー…

なんか今日はライトアップなのかな…色が違う。





それをぼんやりと眺めながら、花凛との距離が遠ざかっていくのを俺はひしひしと感じた。





―――これまで三年間…梓はそんなそぶりを全く見せなかった。


なのに、あのアメリカ出張から急にだ。


“放っておけばいい”って、軽く考えていた俺が甘かった。



でも…本気で何とかしないと花凛が…



それから俺は、深いため息を一つつき、佐田に電話を掛けた。

指先が探す、スマホの中の“佐田尚輝”の名前…



「もしもし?佐田?俺…」


『うん。なに?』


「今、大丈夫?」


『あぁ。ちょっと待って…部屋移動する』


「うん…。ごめん…こんな時間に…」


佐田は結婚して、一年目の新婚だ。

今は奥さんと、広尾のマンションで二人暮らし。


俺と佐田は、アメリカ留学中に同じ大学の中で知りあった。

5つ上の佐田は、スローンのMBA留学生だ。


同じ日本人だってこともあり、すぐに意気投合した。

年上だけど、気さくで初めは「尚さん」って呼んでいた。



新卒では、戦略コンサルティングファームにいたらしい。

だから、花凛の仕事の理解も深かった。


MBAを取った後、外資系投資銀行に転職。

M&A・企業買収の案件を数多くこなし、俺が起業した後、共同創業メンバーとして合流した。




うちのCOO(最高執行責任者)で、公私共に俺の兄貴みたいな存在だ。



「あのさ…今朝(けさ)話した、梓の件なんだけど…」




俺は、ペットボトルをなんとなくソファに転がした


『なんか、思ってた以上に深刻みたいだな。あいつ、PR時代の癖が抜けてない。お前の傍にいることで“自分を売ろう”ともする。SNSも然りだ』


「……俺が、何言ってもダメなんだ…」


『だろうな。お前年下だし…瀬島も言ったけどダメだったみたいだから』


「そうか…」


『俺、今日ちょっと考えてたんだけど…やっぱり経営判断として、彼女を動かすべきじゃないかな』


「……人事異動ってこと?」


『あぁ。梓には能力がある。広報もイベント企画も得意分野だ。むしろ今の秘書兼任なんて方が贅沢な使い方をしてると思う≫


「……」


『シリコンバレー案件に合わせて新設する“国際広報チーム”に、予定通り回そう。お前の側からは外れるし、会社としては彼女を正当に評価した形にならないか?』


俺はしばらく黙った。

明かりもつけないままのリビングで、窓の外に広がる東京の夜景をただ見つめる。


「……あいつ、どう思うかな。創業時から力貸してくれてたから、やっぱ露骨な事したくなかったんだけど…」


『反発はするかもな。でもそれは“凱斗の隣にいたい”という私情であって、職務の話じゃない。お前が今やらないと、会社も花凛ちゃんとの関係も、両方にヒビが入るぞ』


「……」


『お前は経営者だ。情で判断すれば、全部を失う。時には非情にならないと…早く決断することも大事だよ』


淡々と告げる佐田の声に、俺の決意が固まる。


MIT時代からずっとそうだ。

俺が迷ったとき、佐田はいつも論理で背中を押してくれる。





俺の情熱や直感に対し、数字と理論で裏付けを与える「参謀」だ。




「…そうだな。じゃあ、梓の人事は決断する」



『了解。でも梓には、俺が決めたって(てい)で話すよ。お前は、花凛ちゃんを安心させる方に集中しろ。今日ちゃんと話せたのか?』



「いや…なんか花凛機嫌悪くて…」



『まぁあの記事の乱立だと無理もないよな。それはこれからお前がフォローしなきゃだ』



「佐田…ホントごめん…。こんな事相談して…」



『いや、これは俺達にもかかわる話だから。けど残念だよ…梓、急にどうしちゃったんだろうな』





電話が切れたあと、静まり返った部屋に、俺は長く息を吐き出した。




「……佐田、ほんと頼りになるな…」


口にした言葉は誰に向けたものか、自分でもわからなかった。


――父さんが前に言ってた…経営者には優秀なブレーンが絶対に必要だって…こういう事かな…





なんか…今の俺マジで情けない…





花凛の言葉に動揺して、なんか…自分でどうしていいかわからなくなるとか…

今までこんな事なかったのに。




俺は、思わず頭を抱えた。


”信頼こそ最大の資産だ”ってそう思ってやって来たのに…



学生の頃に起業して、気づけば“若手CEO”だなんだって世間から持ち上げられて――。




―――正直、調子に乗ってたんだと思う。




俺のビジョンがすごいとか、才能があるとかそんな風に言われるたび、“俺なら一人でもやれる”って、どこかで思い込んでた。


でも結局は佐田がいたから回ってたし、他の仲間が全力で支えてくれてたからなんとか会社になってただけだ。


そこに梓が入り込んできて、隙を突かれるように付け込まれて…。



花凛…大丈夫かな…。今頃どうしてるんだろ。




「あいつ…本気で別れるつもりなのかな…」


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