第49話 朔からの電話
画面に表示された名前は――久世朔。
こんな朝っぱらから、直接電話してくるとか…嫌な予感しかしない。
「……もしもし…」
『凱斗?』
開口一番、低い声が飛んできた。
「……ああ」
『SNSさ、あれ自分でどうにかできないの』
朔の声には、珍しく苛立ちが混じっている。
俺が言い返す間もなく、さらに続けられた。
『パーティかなんか知らないけど、あの人一体凱斗の何?』
「……違う、あれは――」
『言い訳ばっかだね』
「はぁ??お前こそなんだよ!そんな話で朝っぱらから!」
そのあと少し間を置いて、落ち着いた声で朔に告げられた。
『――昨日二次会で、花凛の元カレが来てたんだ』
「……え?」
『黒瀬亨。凱斗も知ってるよね』
「黒瀬…が?」
一瞬、頭が混乱する。
なぜ朔が、今その話を大変そうにするのか。
『…あいつ、花凛見つけてすぐ声かけて来た』
「えっ……」
『凱斗…身辺整理ちゃんとしないと、花凛他の誰かに取られちゃうよ」
電話の向こうの朔の冷静な声が、余計に重苦しく感じさせる。
俺は手に持っていたトーストを、そっと皿の上に置いた。
「朔……」
何かを言い返そうとしたけど、喉の奥で言葉が詰まった。
そんな俺を見透かしたように、朔は最後に冷たく告げる。
『――凱斗。あの秘書、ホントになんとかしな。じゃないと…俺、お前とは絶交だ』
そう言い放った朔は、そのまま俺との通話をブツリと切った。
俺はしばらくスマホを見つめたまま、動けなくなる。
「朔のやつ…」
朔は…
高三の時、花凛と同じクラスだった。
夏休み明けに帰国した花凛が、朔の隣の席になったのがきっかけで二人は仲良くなる。
大学も同じ学部の同じ学科で、ゼミも同じで…二人の距離はぐっと縮まった。
俺がアメリカに行ってる間も、朔はずっと花凛のそばに居た。
…花凛が黒瀬と別れた頃、一回だけ朔は不意に俺に言ったんだ…
―――凱斗ごめん…俺花凛の事好きだ…―――って…
俺が帰国した直後の、大学三年の夏だ。
あの時の朔の顔は、今でも覚えてる。
俺を前にして、感情を抑えきれていない様子が滲み出てた。
だけど結局…
今まで朔は、花凛に対して「良き親友」というラインを崩そうとはしなかった。
あの一言で、俺との友情に亀裂が入るんじゃないか――そんなことを気にしたのかもしれない。
朔は少ししてから、「一時の気の迷いだった」って笑って俺に言った。
俺にとっても花凛にとっても、安心できる相談相手としてずっとそばに居続けてくれてる…
だから俺も、そんな朔を信じようって決めていた。
黒瀬は、俺たちの中等部の時からの先輩だ。
顔くらいは知ってたけど、対して親しくはなかった。
花凛は恐らく連絡もしていないし、会ってもいないはず。
黒瀬なんてほっといても、花凛は絶対靡いたりしない。
朔は昔っから黒瀬を気にしすぎだ…
でも朔が言う事は、一理ある。
これ以上、花凛を不安にさせたくない。
梓が暴走しないように手を打たないと…
勝手に梓を辞めさせるわけにもいかないし、辞めるように仕向けるわけにもいかないし…
それにこっちが何を言ったって、あいつ気が強すぎて何にも堪えない。
メンタル強すぎだろ…何かいい方法ないのかな…
「はぁ…もういっそのこと花凛と結婚でもしちゃいたいよ…」
そう言って、また一口トーストをかじった時だ…
…ん?結婚??
そうすれば、梓がおとなしくなるかもしれない…
でも俺は花凛との将来考えてるけど、この前あいつさりげなく「結婚」の話スルーしたよな。
俺は聞き逃さなかった…
それに“MBA取りに行きたい”って言ってたくらいだから、まだ結婚とか全然考えてないのかも。
でも…俺もあともう少しだけ、会社の規模拡大したいし利益も出したい…
30くらいかな…
でも、そうなると花凛も30か…
あいつ…結婚願望とかあるのかな。
それとも非婚主義とかだったらどうしよう…
とりあえず、今朝の事早く花凛にLINEしないと。
スマホを手に取って、未読の通知を一通り流し見する。
指が花凛とのトーク画面で止まった。
――なんて送る?
≪星野の件気にしてる?、騒がせてごめん≫
そう打ってみるけど、画面を見つめたまま親指は動かない。
謝ったところで、あいつは何て返すだろう。
≪気にしてないよ≫って返信来るかもしれないし、逆に冷たく既読スルーするかもしれない。
いや、それよりも――
≪また彼女なの?≫
そう突き付けられるのが一番怖い。
なんでいつも、大事なときに遠回りするんだろうな。
ふと、昨日の電話の声を思い出す。
少し眠そうで、でも無理に明るく話してた。
≪すっごくかわいいパーティだった!≫って…
……黒瀬の事、俺には何にも言わなかったな。
朔から聞かなきゃ、来てたなんて知らなかった…
「ったく……どうしたらいいんだよ」
そう呟いて、結局文章を全部消す。
代わりに短く打ち込んだ。
≪今日、夜会えたりしない?≫
送信ボタンを押す前に、また躊躇してしまう。
深呼吸を一つして――今度こそ、送信。
既読がつくのを、息を詰めるように待つ。
……でも、しばらく画面は沈黙したまま。
返事は来ない。
その小さな無反応が、胸の奥に重くのしかかる。
「はぁ……」
手にしていたマグカップをテーブルに置き、俺は額を押さえた。




