第48話 VIPパーティの夜
ハイブランド【VANTHÉORの新作コレクション】を披露するプライベートパーティ。
表参道の大理石のエントランスを抜けると、そこにはまるで異世界のような光景が広がっていた。
シャンデリアの光を反射して煌めくクリスタルグラス、壁面にはブランドの象徴的なロゴを映し出す映像演出。
DJブースからは程よく洗練されたビートが流れ、会場全体に都会的でエッジの効いた空気を漂わせていた。
集まったのはモデルや女優、名だたる外資系IT企業の日本法人CEOや、スタートアップ界隈で話題の若手起業家たちだ。
その一角には広告代理店やラグジュアリーブランドのPR担当、投資銀行のエグゼクティブも集まり、互いに名刺を交わしながら華やかな会話を繰り広げている。
俺は、深いネイビーブルーのタキシードで参加した。
こういう場は嫌いじゃないけど、終わった後最近どっと疲れる。
「凱斗、こっち」
梓がごく自然に腕を絡めてきた。
彼女はかつて、このブランドのPR部門でVIP顧客対応やイベント企画を担当していたことがある。
だから今日は、俺の付き添いで参加した。
投資家になりそうな、ここの大口顧客とも親しいからだ。
彼女は黒のドレスに身を包み、背中を大胆に開いたシルエットで会場の視線を集めている。
普段オフィスで見せるタイトなスーツ姿とは違い、どこか妖艶で華やかな印象を漂わせていた。
距離感が近すぎて、艶やかな黒いドレスの生地が、俺のタキシードの袖に柔らかく触れる。
その時周囲の視線が、一斉にこちらへ向かうのが分かった。
VIPやメディア関係者が集う場だ。
アメリカ出張中にもSNSへ流れた写真――俺たちが並んだ姿を見た人間たちが、既に囁いている。
「やっぱりそうなんだ」
「秘書じゃなくて、恋人でしょ」
そんな声が、確かに俺の耳にも届いていた。
俺は、軽く笑みを浮かべてそれを受け流す。
表向きはCEOとしての余裕を崩さない。
だが内心は、胸の奥で針が刺さるような苛立ちを覚えていた。
梓のやつ…一体どういうつもりなんだ。勝手に誤解させるなよ。
この間の事、反省するどころか度が過ぎてる。
「ねぇ凱斗、向こうに投資家が来てるの。紹介するわ」
梓はまるで当然かのように、俺をリードした。
その姿は“秘書”というより、“隣に並ぶパートナー”そのものだ。
「梓、距離」
小声でそう制したけど、彼女は聞こえなかったふりをして周りに微笑む。
むしろそれは、周囲に“親しさ”を強調するように見える仕草でしかない。
シャンパンを掲げながら握手を交わすたび、「お二人は素敵な関係ですね」と言われる。
俺は「仕事仲間です」と訂正して回りたい衝動を抑え込み、その場でただ薄く笑うしかなかった。
そう言えば…花凛も、今日表参道にいるって言ってたな。
大学の時のゼミの先輩の結婚式の二次会だって…
朔と一緒に参加するらしい。
知ってるやつもいるだろうし、何ならそっちに参加したいくらいだ。
俺は思わず、ため息をつく。
それから愛想笑いと、談笑を繰り返し俺の気疲れはピークを迎えた。
やっとパーティの終盤―――
俺は人の波から離れ、グラスを片手に窓際へ。
外はいつの間に降ったのか、雨で少しアスファルトが濡れている。
花凛…まだ表参道にいるのかな…
道行く人を上から眺め、ぼんやりとそんな事を考えていた。
そこへ梓が近づいてきて、何気ない顔でスマホを取り出す。
「ねぇ凱斗、写真撮ろ?」
「……は?」
「せっかくだから、記念に」
俺が断ろうとする前に、梓は一歩近づき自然に腕に触れてくる。
その瞬間、近くにいたスタッフや関係者がフラッシュを焚いた。
「おい!」
梓はわざとらしく驚いたふりをしながらも、周りに微笑みを崩さない。
「ほら、素敵な写真になったわね」
「……おい、梓」
低い声で制したが、彼女は知らん顔だ。
「大丈夫。こんなのいつもの写真でしょ。約束通りSNSには上げないから」
そう俺の耳元で囁いた。
俺が強く否定する間もなく、彼女はまた知り合いに笑顔で話しかけている。
「あいつ…」
アメリカでのこと、全く反省してないな…
佐田は、“梓はプライドが高いから、振られて感情的になったんじゃないか”って言ってたけど…
≪様子を見よう≫って、いつまで見てればいいんだ…って本気で頭を悩ませ始めていた。
そして翌朝目が覚めた俺は、拡散された記事を見て驚きの声を上げる。
「えっ!?また??」
「大手ゼネコン「アークス・ホールディングス」の御曹司・胡蝶凱斗、秘書と真剣交際か」
「腕を組む姿を目撃」
それには、親の会社の名前まで書いてある…
「どうせ書くなら、俺の会社の名前書けよ!」
記事と共にSNSには、昨夜の写真が大量にアップされていた。
梓が俺に寄り添い、まるでそれを受け入れているかのように見えるもの。
梓に、微笑みかけてる俺…
「これ…顔になんかついてるって言ってた時だろ…」
俺はスマホの画面を睨みつけ、低く舌打ちする。
梓のやつ――、あいつ全部狙ってやったな。
こんな時すぐに頭に浮かぶのは、花凛の顔だ。
彼女がこの写真を見て、どう思うか。
「あいつ…一体何考えてんの??」
―――マジでない。
シリコンバレーから一か月。
花凛と仲直りして、せっかく順調だったのに…
俺あの時花凛に「別れる」って言われたんだぞ!
梓のやつ…最近おとなしくしてると思ったら、またやらかしてくれたよ!
考えれば考えるほど、胃の奥がざわついた。
それから仕方なく起き上がり、俺はキッチンに向かう。
東からのまばゆいばかりの朝日に比べて、心はどんよりだ。
朝から憂鬱な気持ちでトーストを焼き、ルーティン通りコーヒーをドリップした。
「はぁ…」
俺は、トーストをかじりながらスマホを確認する。
…その時、不意に着信が入った。




