第43話 気が気じゃない俺
「花凛の家に向かうタクシーの中で、俺はさっき梓に言われた事をずっと考えていた。
―――俺と寝た??
あいつマジふざけんな…
この急変ぶりは、一体何なんだ。
今までの信頼は、俺の中でもう地に落ちたわ…
そうでなくったって“噂”になった時、お互い気をつけようって話しただろ?!
今まで、まさか俺に気があるんなんて思ってもみなかった…
それにしても、無茶苦茶だ!
他にやり方あるだろ?
あいつ、そんな奴だった??
マジで花凛に、なんて言おう…
あいつ梓にそんなこと聞かされて、大丈夫かな。
でも…
今までも、俺に関するいろんな噂はあった。
だけど、それを花凛はいちいち詮索してこなかったし…。
それって、俺を信じてくれてるからだよな?
だから今回も、何を聞かされてたって、ちゃんと説明すればきっとわかってくれるはず…
俺は祈るような気持で、恵比寿の花凛のマンションの前でタクシーを降りた。
辺りはすっかり日も落ちて、まるで俺の暗い心のようだ…
心なしかスーツケースを引きずる音まで、悲し気に聞こえる。
じっとこっちを見てる管理人のおじさんの目も、俺を責めているように見えた…
エントランスでは、彼女の部屋番号を押す指先に緊張が走る。
≪…はぁい…≫
「あ…俺。ごめん…遅くなって…」
≪うん。入って…≫
いつもと変わらない穏やかな花凛の声に、ホッとする自分がいる。
その後解錠されたエントランスの入り口から、俺は花梨の部屋へ重い足取りで向かった。
一緒になったエレベーターには、先に母親くらいの年の女の人が小さな犬を抱いて乗っていた。
俺をじっと見ていて、声を掛けて来る。
「あなた何階なの?」
「5階お願いします…」
今まで気にした事なかったけど、花凛て5階に住んでたんだな…
それが俺の頭の中で、“誤解”と結びつく…
花凛の誤解…解けるかな…
「あなた…。どこかで見たことあるわ…テレビに出てない?!」
そう言われて、心なしかおばさんに背を向ける。
「あ…お先に失礼します…」
5階が来て降りようとすると、そのおばさんは俺に、犬と手を振って更に上に上がっていった。
それに微笑み返して、小さく会釈する。
なんか俺…芸能人でもないのに何でこんな他人に気を使うんだ…
最近のメディアやばくないか?誰でも彼でも話題にしやがって…
特にIT起業家なんて、一般人と同じだろ…
なんだろ…派手に見えてネタになるのかな?
そう言えば…女優と噂になってる人も、多いしな…
「はぁ…」
俺は花凛の玄関の前に着くと、深呼吸を一つして指先で前髪を整えた。
インターホンを押す指に、心臓が飛び出しそうなほどドキドキする。
すると押す前に玄関の扉が開いて、花凛が俺を出迎えた。
休日らしいラフなピンクのパーカーにスキニージーンズ…
メイクはナチュラルで、髪は今日は下ろしたままだ。
俺を見て、少しだけ微笑んだ花凛…
「花凛…」
一週間ぶりなのに、一年ぶりくらいに感じる。
本当ならここで、思いっきり抱きつきたいけど…
≪私凱斗と寝ちゃったってあの子に言ったわ!どう収集つけるのか楽しみね!≫
くそぉおおっ…!!
あの梓の言葉が、何度も脳理を駆け巡ってもう泣きそうだ…
「お疲れ様…出張大変だったね?」
何気なく言った花凛の言葉が、なんとなく嫌味を含んでる様にも聞こえた。
――――“星野さんと、大変だったね”って…
「いや…結構仕事は、順調で…」
「そうなんだ?良かったね」
そう言って微笑んだ花凛は、意外といつも通りだ。
いや、でも会ったばかりだし…
マジで梓!余計な事言ってくれたよ!
「あのさ…俺…」
逸る気持ちが表れてか、部屋に入ったとたん俺は花凛に詰め寄った。
それを花凛に、さりげなく交わされる。
「凱斗、夕飯食べたの?」
「え?オレ?まだ…」
「これからパスタ作るから、食べる?トマトパスタ」
「あ…うん…」
なんかさっさと話しを済ませないと、パスタなんて呑気に食べてられない気がする。
でも交渉は、焦ると失敗するからな…
「ソファ座って待ってて」
キッチンに向かう花凛の後姿を、死刑執行前のような気持で見つめた。
≪変な誤解、されてないといいけど…≫
梓め…あいつの言葉が、消しても消しても浮かんでくる!!
SNSも電話も全部あいつのせいだ!!
もう、気が気じゃない!
「あ、あのさ…先にこっち座ってくれないかな…」
俺は自分が腰掛けたソファの隣を、掌で叩いて花凛を呼んだ。
彼女は一瞬戸惑った顔をしたけれど、黙って側に来てそっと腰を下ろす。
俺の方を見ず、うつむいたままだ…
俺は、小さく深呼吸をすると意を決して口を開いた。
「あのさ…星野の事なんだけど…」
「うん…」
「花凛…どこまで知ってる?」
「……」
「あ…あのさ、SNSに上がってたあの写真…見たよな?あれ誤解なんだ…」
「誤解?」
「あれは…梓がわざとあげた写真で…」
「凱斗…星野さんの事“梓”って呼ぶの…?」
しまった!ずっと一緒だったからつい口が滑った!
「え…あ…いや…佐田たちもみんな、そう呼んでるし…俺もたまに…」
「凱斗…」
「えっ?」
「私から、先に話ある」
「あ…なに?」
そう言われて、思わず怯む。
思いがけない花凛の言葉だ。
俺の話を聞く前に、自分から何言うつもりだよ…
なんか…いつものように伺うような目じゃなくて、何かを決意した目が俺を真っ直ぐに見つめる。
次に何を言われるのか予想がつかず、俺は思わず身構えた。




