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第26話 女秘書の助言

言ってから、しまったと思った。


いくら気心知れてるからって、秘書相手にこんな話するとか。


でも辺りが薄暗いって事と、普段と違うシチュエーションだからなのか、気が緩んだって言うか…


「……あいつ、俺の事避けてるていうか……。

なんか……女って何なの。さっきまで笑ってたと思ったら、LINE無視するとか…」





声がだんだん小さくなる。


本当は話すつもりなんてなかった。


ましてや、仕事を共にする梓には特に…





普段は“できる男”の顔をして、偉そうに振る舞っているくせに――。

弱音なんて似合わないし…急に恋愛相談とか、梓呆れるだろ。



けど意外にも、梓は真剣に聞いていた。


「…へぇ。胡蝶凱斗(こちょうかいと)が振り回されてるんだ…」


「……」


梓は、傍にあったワインのグラスを、そっと口に運んだ。


「……なぁ」


「うん?」


「……広報でさ、俺のSNS使って”打ち上げ”とか”パーティ”撮って上げてるやつあるじゃん」


「うん。あれのおかげで、若い人たちにバズってるの」


「もうちょい、地味にしてくれないかな。……特に女と一緒に写ってるやつは、いらないから…」


「……ふふっ」



梓が口元に、不敵な笑みを浮かべる。


からかうんじゃないかと構えたけど、彼女は真剣な()で俺を見た。


「心配なんだ?花凛(かりん)ちゃんに誤解されないか」


「……別に。そういうんじゃないんだけど。……花凛が、余計なこと考えたりしたら、面倒だろ…」



本当は、自分が嫌だった。


俺の周りに映り込む女の存在が、花凛にどう見えてるか――それが今の不安に拍車をかける。


けど、そんな本音は言えない。



梓は「わかった」と小さく頷いた。




「大丈夫。凱斗が嫌なら、そういうのは控えるね」




その言い方が妙に優しくて、俺は梓から少しだけ視線を逸らす。



「……悪い」




「いいよ。凱斗がそう言うの、珍しいし」



花凛のことを口にしてしまった罪悪感と、梓の寄り添うような意外な態度。

その両方が、心の奥でなんとなく気まずくて――俺は深くため息をついた。



梓は少し間を置いてから、俺をじっとみる。



その目は、いつもに比べてどこか柔らかい。



今、仕事から離れてるからだろうか。


戦っているような、いつもの毅然とした目じゃなくて、穏やかな優しい視線だ。




「……でもさ、凱斗」


「ん?」


「そんなに不安になるなら……

もう花凛ちゃんと無理に一緒にいなくてもいいんじゃない?

付き合って二年だっけ?少し距離置く事も必要かもね」




俺は思わず手に持っていたグラスを、テーブルに置く。



「……は?」



「いや、勧めてるわけじゃないよ。

ただ……彼女のことを大事に思ってるのは分かるけど、同じくらい大事にされてるって、ちゃんと感じられてるの?」




その梓の言葉に、一瞬詰まった。



そう感じてるのかって聞かれたら……正直、自信がない。


花凛の態度は時々、俺を突き放すみたいに見える。

最近、特にそうだ―――


相楽にだって”友達だ”って説明するし、この間だって、俺には調子悪いって言っておきながら、(さく)が見かけたときは、中目で同僚と飲んでたって…



「……俺が、勝手に不安なだけだろ」


「そう?彼女も凱斗が本当に大切なら、それを伝えるはずだよ。

でも凱斗がそんなに不安だってことは……きっと彼女との間に埋まらないものがあるんだと思う」


「……」


「私、笑ってる凱斗が一番好きだからさ」


寄り添うような声色なのに、なぜか計算が見え隠れした。


「……俺は……」


言いかけて、飲み込む。



これ以上何かを口にしたら、もう戻れなくなるような妙な空気が流れた。





梓は、そんな俺の迷いを見透かすように微笑む…





「他意はないの。ただ、花凛ちゃんのせいで凱斗が苦しそうにしてるの、私は見てられないだけ」


「別に…苦しくなんかないよ。なんか、モヤっただけ」


そう言って俺は無理に笑うと、グラスを握りしめて視線を外した。。



梓は、それ以上花凛については何も言ってこなかった。



だけど”大事にされてるのか“って言葉が、まるで抜けない棘みたいに俺の中に引っかかる。



「……大事に、か……」




シートに体を沈めても、目を閉じても、思い出すのは花凛の顔ばかり。


不安そうに眉を寄せる時、無邪気に笑う時、そして――俺から視線を逸らす時。



俺は、花凛のことを誰よりも理解してると思ってた。

一緒にいると、他愛ない事で笑って、どんなことでも許せる気がした…。



だけど最近の花凛は、いつだって掴めそうで掴めない。



あいつにとって、俺の何がダメなんだろ…


そう言えば、ちょっと前に“もし別れたら”って言ってたな…



俺はそんな事一度も考えた事ないのに。


やっぱ、声聞いてから出国したらよかったな…

話して顔見てたら、なんてことなかったかもしれないのに。





梓が言った「離れる」って言葉が耳の奥で何度も反響する。

あいつがそんな事考えてたらどうしよう…


でも俺は――離れるなんて、絶対に考えられない。

花凛じゃなきゃダメだ。



それは間違いないはずなのに……。




ぐるぐると考えが巡って、結局眠れないまま飛行機はサンフランシスコに着いた。





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