第25話 見えない不安
羽田国際線ターミナル。
16時25分サンフランシスコ行きのフライト。
一般の乗客が行き交うロビーからは隔絶された、特別VIP専用のフロア。
俺は、機内持ち込み用の黒いRIMOWAのキャリーケースを片手に、案内されるまま奥の個室ラウンジへ向かう。
磨き込まれた大理石の床に、低く流れるジャズ。
壁一面ガラス張りの窓越しに、離陸待ちの機体が見えた。
ここは空港の雑踏とはまるで別世界だ…。
グラスに注がれたシャンパンを、そっと軽く口に含みタブレットを開く。
そこには梓が組んだ、現地シリコンバレーでの会食や企業訪問のスケジュールがぎっしり並んでいた…
俺はそれに小さなため息を一つつく。
朔から、“花凛に偶然会って元気そうだったよ”って聞いた。
でも俺は、あれから全然話せていない。
あいつが忙しいのもあるけど、俺もトラブル続きで対応に追われていた。
飛行機の時間とスケジュールは一応LINEで送った。
“分かった”って返信は一度来たけど、それ以来花凛から連絡は来ていない。
――なんか…やっぱ避けられてるような気がするんだ…
思わずポケットから、スマホを取り出す。
その瞬間も俺は、彼女にメッセージを送ろうかどうか迷っていた。
――「行ってくる」
その一言を打ち込んでは消し、打ち込んでは消す。
なんか…週末あんな楽しかったのに、急だよな…
マジよくわかんないよ。あいつ何考えてんのか。
「凱斗現地のスケジュールだけど、初日はシリコンバレーのスタートアップ訪問が二件、夕方から投資家との会食ね」
「わかってる。プレゼン資料は?」
「全て完璧。機内で最終確認してくれれば大丈夫」
梓の淡々とした声。
それに頷いて、俺はグラスを置いた。
ほどなくして、スタッフが丁寧に声をかけてきた。
「胡蝶様、ご準備が整いました」
「行こうか」
俺が梓に声を掛けると、彼女はそれに小さく頷く。
ラウンジ奥の専用ドアを抜けると、黒塗りの専用車が待っていた。
車は静かに動き出し、滑走路の端に停められた機体へ向かう。
窓の外に広がる光景を見ながら、ふと子供の頃のことを思い出す。
――初めてこの車で機体の横まで送られたとき、俺はただ、これが「普通」なんだと信じていた。
だけどそれは全部与えられたもので、何一つ自分で掴んだものじゃない。
だけど、今は違う。
全部自分で選べるんだ。
タラップの下で車を降りると、スタッフが一列に並んで頭を下げた。
「良いご渡航を、胡蝶様」
俺はそれに無言で頷き、タラップを上がる。
後ろには、梓が黒いキャリーを片手に静かに続いていた。
機内に入り、中央の広いファーストクラスのシートに腰を落とす。
隣の座席の、窓越しに見える東京の街並みが、少しずつ遠く霞んだ。
―――それから数時間後
機内の灯りがさらに落とされて、周りはもう半分眠っている。
静かな低音を響かせるエンジン音に包まれていると、余計な事ばっか考えそうだ。
俺はなんとなく、隣にいる梓に話しかけた。
「……なぁ、梓」
「ん?」
「…最近さ……俺、花凛の気持ちが、なんかよくわかんないんだよな…」




