第21話 彼の裏の顔
帰りの電車はなぜかすごく混んでいて、相楽君との距離が近すぎて目が合わせられない。
「…今日、なんでこんな人多いの…」
「なんか、ライブあったみたいだな。ドームだろ」
「…そっか…」
電車のブレーキがかかって、後ろの酔ったおじさんに押され思わず相楽君に抱きついてしまう。
「あ…ごめんね…」
「…いや…」
相楽君が両腕でそっと支えてくれて倒れなかったけど、早く駅に着いて欲しい…
こんな密着、意識しちゃうよ。
相楽君も目のやり場に困って、ずっと上の広告見てる。
やっと中目黒の駅に到着すると、私達は駅のすぐそばの居酒屋に入ることにした。
彼が選んでくれたそこは、北海道料理が名物で、割と人気のあるお店らしい。
壁には雑誌で紹介されたって書いてある。
私と相楽君は、奥の四人掛けのテーブルに案内された。
「はぁ…疲れたな」
「お疲れ。何飲む?」
彼が、飲み物メニューを指さしながら私に尋ねた。
「うーん…私ウーロン茶」
「え?いいの?」
「うん…食欲もないし、お酒も気分じゃない」
相楽君は、そう言った私に何も聞かず、店員さんを呼ぶととりあえず生ビールとウーロン茶を注文した。
それから食事を頼もうってなって、相楽君がポテト系頼む?って私に聞いてくる。
「うん…お願い…」
そう疲れた顔で答えると、彼はなぜか笑って店員さんにそれを注文してくれた。
「えっと…じゃがバターと…だし巻き卵…それからこのラム肉のサイコロステーキ?」
「はい」
「後は…北海鮭おにぎり二つ。後コーンバターと…かぼちゃサラダ」
「はい。」
「とりあえず以上かな…」
「すみません…この夕張メロン白玉も…」
「え?」
驚く相楽君を尻目に、私は勝手にスイーツだけは頼む。
食欲が無くても、白玉が食べたい…。しかも夕張メロンのフルーツポンチみたいなやつ。
「相楽君…」
「ん?」
「私って…うざい?」
「え?ウザ…うざい??」
「うん。」
「ウサギじゃなくて?」
「何で私がウサギなのぉ…」
「いや、なんか白くてフワフワで…」
そう言って笑った相楽君…
その時先に来た飲み物でとりあえず乾杯。
「はぁっ。うまっ!」
相楽君のビール…目を細めちゃって…。
本当においしそうに飲んでる…
「はぁっ…しかっ…」
馬と鹿を掛けてみた。でも全然楽しくない。むしろ馬鹿とか凹む。
「何?もしかして馬と鹿??」
「いいの、今笑える気分じゃないのに口走った」
「何、今朝の事そんな気にしてるわけ?そんな日もあるでしょ」
「……」
「あ、そう言えばさ?昨日フットサルでバーベキューやったんだ」
「バーべキュー?」
「うん。久々に太陽の下で肉食べたら、なんか晴れやかな気分になった」
「ふぅん…」
私はどんより日曜日だったのに…
「土曜日恵比寿のスーパーで会ったよな。俺買い出し担当でさ」
「あぁ…それで相楽君、彼女と買い物してたんだ」
「え…あ、池島さんは彼女じゃないよ。サークルのマネージャーなんだ」
「へぇ…」
そこに来ただし巻き卵に私は箸をつける。大根おろしが添えられていてフワフワですごく美味しそうだ。
相楽君の話を聞きながら、それを切ってお皿に取り分けてあげた。
「あ…桜庭は…胡蝶さんといたよな…」
「あぁ…」
今一番聞きたくない名前だ…
よく考えて冷静になってきたら、腹が立ってきたわ。
人の事うざいって何??
昨日聞いたときはショックだったけど、私が凱斗に何かうざい事した?
誰からって、名前聞くのもダメなの?
自分なんて“相楽、相楽”って…
相楽君なんて、超優しいデキる同期で今日だって、いっぱい助けてくれたし!
あんなエロ彼氏と大違いよ!
「胡蝶さんって…」
「え?」
「仲いいんだな。友達だって言ってたけど…」
「高校の同級生なの」
「高校の?」
「私中高一貫の女子校だったんだけど、中三の終わりに留学決めちゃって…高1の夏から二年間の。大学受験間に合わないから高校受け直したの。大学の付属に」
「あぁ…」
「だから凱斗とは、高校も大学も一緒なんだ」
「あぁ…それで…。付き合ってるのかと思った…」
「え?」
付き合ってるって言えって…凱斗はそう言ってたけど…言ってすぐ別れたらどうしよう…
でも…これはちゃんと言わないと…
「俺さ、なんか…桜庭の事…」
「……」
私の事?何…深刻な顔…
まさか…
「心配だったんだ」
「心配?」
「あ、いや…池島さんがさ、カイティは遊んでるって言うから…」
「……」
「この間モデルと旅行に行ってるのが、週刊誌にも載ってたって…」
「モデルと旅行?」
「羽田で、撮られてたらしいよ?」
「……へぇ…」
って言うしかない…。
そんな事言われて、彼だなんてとても言えない。
…週刊誌なんて見る暇ないから、知らなかったわ。
電車の中刷りとかも見てないし…
――ちょっとスマホで検索してみる…
胡蝶凱斗…ほんとだ!羽田で“カイティ”の後ろに寄り添うように一歩後ろを歩くモデル…
おそろいのブレスレット?…二人は仲良く会話をしてゲートに消えて行った…
『カイティ』の華麗なる恋愛事情?
…って何??
全然知らなかったわ。
「昨日バーベキューでさ、テックソリューションの富士見さんがさ…」
「あの人、フットサルなんてやってるの?」
「うん。奥さんも来てたよ。桜庭知り合い?」
「……」
「富士見さんが…“インフィニティコネクトの胡蝶も秘書と出来てる”って言ってたし…。あ、奥さん元秘書らしいんだ」
「……」
秘書好きの富士見め…
「なんか、桜庭大丈夫かなあって思ってたんだけど…」
モデルと旅行??秘書とできてる??
「それって…」
「まぁ、彼氏じゃないならよかったよ」
「……」
「けど、胡蝶さんも大変だな。あれだけかっこいいんだから、噂も出るよな」
「相楽君の方がかっこいいよ」
「え?」
相楽くんは苦笑いしてる…
「相楽君の方がかっこいい!!」
「あ…いや…ありがとう。なんかよくわかんないけど…」
「すみません!生一つ!」
「え?あ、桜庭飲むの?」
何…もうよくわかんなくなってきた。
火のないところに煙は立たないっていうもん…
だったらウザい私と別れて、モデルと付き合えばいいのに!
いや…もしかしてもう付き合ってる??秘書も??三又??ううん!それ以上かも…
でも…凱斗は私に、あんなに優しいのに…
そう言えば亨も優しかった。
優しかったのに…私のあんな一言で…
ダメだわ。ほんとに別れるって決心してからじゃないと何も聞けない。
もし凱斗に別れるって言われても「わかった」って言えるくらいじゃないと…
でも…
今、その覚悟ができてない。
大好きなんだもん…泣いちゃいそう…
「ふっ…」
「桜庭?大丈夫か?」
うざいって言われて泣きそう…
「ふぇっ…。白玉…来ない…」
「あぁ…まだかな?店員さんに言おう」
相楽君は、頼れるお兄さんみたいだ。
そんな相楽君に…
いつも心配ばっかり掛けてる。
それから運ばれてきた白玉は、ほんのり甘い味がして口の中でもちもちしていた。
「おいしい…」
「桜庭…」
「ん?」
「俺さ…。お前の事…」
「私?」
「ただの同期に思えないかも」




