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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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六十一話「守るという強迫観念」

 そんなこんなでケヤさんに案内されるがまま、魔物の素材屋さんへと向かった私達。言葉で急かされることこそなかったが、前を歩くケヤさんの足取りは何かに追い立てられるかのように速く。そんな彼に置いて行かれないようにと急いだからか、私達は特に何事もなく店へと辿り着くことが出来た。もっとも、心は何があったのだろうという不安に支配されていたのだけれど。


「……さぁ、早く」

「は、はい」


 ケヤさんが引いた格子戸が小気味良い音を立てる。古びた一軒家めいた外装も、格子戸を引けば漂ってくる血が混じり合うような匂いも、所狭しと並ぶ棚も、前回来た時と何も変わっておらず。私はケヤさんの促す声に従うがまま、一歩と店へと足を踏み入れた。ここまでの道中、ずっと黙り込んでいたせいか久々に声を発したようにも感じる。なんて、そんなことをぼんやりと考えながらも。

 私の後にシロ様が続いて、そうして格子戸は閉じられる。戸がしまったぴしゃりという音が、何故か外の喧騒と一線を引いたかのような音に感じられて。けれど、それはあながち間違いでもなかったのかもしれない。扉がしまったのを確認したらしいケヤさんが、そこで静かな声を上げた。


「……君たち、誰かに追われるような心当たりはあるかな?」

「っ……!」


 区切られた空間で突如として落とされた、確信を鋭く突くような問いかけ。その問いかけを聞いた瞬間頭に過ぎったのは、指名手配をされているようだと告げたシロ様の顔だった。誰かに追われるような心当たりなんて、有り余る程にある。私が息を呑むと同時、ケヤさんはその瞳に納得の色を乗せる。まるで、最初から全てをわかっていたかのように。

 だが、ならばそれが何故わかったのか。確かに私達、というかシロ様は指名手配をされている。けれどそれは個人を特定してされた指名手配ではなく、特徴を記しただけの曖昧なものだったはずだ。白銀の髪と瞳を持つ虎の獣人であり、なおかつクドラ族の衣装を着ている目立つ容姿の子供。今のシロ様に白銀の髪で目立つ容姿というのは当て嵌っても、その他は当て嵌まらない。つまりその情報だけでは、シロ様がその子供だという断定までは行けないはず。


「あの、……っ!?」


 数秒の逡巡の後、私の頭はこう判断した。ケヤさんが事情をどこまで知っているかわからない以上、ひとまず探りを入れるべきだと。そもそも彼が告げた追われる心当たりとやらが、本当に指名手配のことを指しているのかもわからないわけであるし。そうしてその判断に従うままにケヤさんから話を聞こうとして、しかしそこで顔を上げた瞬間に私の思考は止まった。


 シロ様が、刀を抜いている。


「……どこでそれを知った」

「っ……!」

「言え」


 それは、目にも留まらぬ速さだった。信じられない状況に一度瞬きをした間に、私の後ろに居たはずのシロ様はケヤさんへと詰め寄っていて。その右手にはいつの間出したのか、白爪牙が握られている。当然突然見覚えのない刃を向けられたケヤさんは、驚いたように息を呑んでいた。咄嗟に後ずさったのか、棚に靴がぶつかったような音が聞こえて。


「お前は何を知っている。何を聞いて、何をしようとしている」

「それは、どういう……っ!」


 けれどそんな小さな音を気にする余裕もないのだろう。矢継早という勢いを以て問いかけたシロ様は、白爪牙の切っ先をケヤさんの首元へと更に近づけた。背後からではその表情を窺うことは出来ないが、シロ様が焦っていることは声から痛いほどに伝わってくる。その様子は、一種の恐慌状態のようにも思えた。

 焦燥に駆られた声で問いかけるシロ様に、ケヤさんは困惑したような声を上げる。しかしそれは、目前にまで刃が迫ったのを見てか徐々に竦んでいった。それは、当たり前のことだろう。首元に刃を向けられて、それで平気に話せる人間がどれほど居るのか。例え荒事に慣れている人でも、命が失われる状況に多少は怯えるはずだ。私が見るに、刀に怯えた表情を見せるケヤさんは到底戦えるような人には見えなくて。


「……答えろ。それを知って、我らに何をする気だ」

 

 それでも、今のシロ様はそれがわからないほどに冷静じゃないのだろう。まだ幼い少年の見た目からは想像できないほどに低い音が、その口から零れた。また刃がケヤさんの首元へと近づく。少しでも指先がぶれれば、掻っ切れてしまいそうな程の距離感まで。

 ケヤさんの首元へと突きつけられた白爪牙。もしシロ様が僅かにでも動けば、ケヤさんの首は容易く落ちてしまうだろう。だって、私は知っている。あの刀が、白爪牙が、一体何で出来ているのかを。そうしてあの刀が、刀では傷を付けられないと言われていた鋼すらも切り裂いたのを。ただの人間の首ならば、斬り落とすことだって容易いはずだ。


 たかが皮膚と骨で出来ただけの人間の首なんて、それこそ赤子の手を捻るかのように。


「……っ、待って!」

「っ、!?」


 脳裏を過ぎったのは鮮血と、意思を失ったケヤさんの瞳。そうしてきっとますますと傷を負ってしまうであろう、シロ様の心。それを想像した瞬間、居ても立っても居られずに私はシロ様の羽織の裾を引っ張った。万が一にでもシロ様の態勢がずれて切っ先がケヤさんの首を掠めてしまわないようにと、極僅かな力でこそあったが。


「……ミコ」

「……うん」


 それでも、例え風が掠めたくらいの小さな力でも、私が止めたのならば彼は話を聞いてくれる。刀は未だ握ったまま、けれどこちらへと向き直ってくれたシロ様。取り敢えずケヤさんの首元から刀が外れたことに安堵しつつ、私は迷子のような声を上げたシロ様に微笑みかけた。いつものようにへらりと、少しでも彼が安堵できるように。

 しかしそうして笑いかけても尚、こちらを見上げる二色の瞳が訴える。失うのは恐ろしいと、失わないためならば何を手に掛けても構わないと。ただでさえ人を信用できないシロ様のことだ。逃げ場の少ない部屋へと導かれ、更には確信を突くような問いかけをされたのが彼の危機感に火を付けたのだろう。ここでケヤさんを殺さなければ、また自分は何かを失ってしまう。それは一種の強迫観念だ。叔父であるビャクに植え付けられた、トラウマとも呼べる。


 きっとそれが、他に人が居ない森の中では見つけられなかった彼の弱さ。


「えっとね……私が、話すよ。ケヤさんに色々聞いてみる」

「……それ、は」

「いいから。今のシロ様は、冷静じゃないでしょ?」


 例えば、見知らぬ人に首筋を撫でられれば危機感を覚えるように。今のシロ様は警戒する範囲が異様に広い状態だ。そうして一度危険だと判断したのなら、その芽を摘むまで安心できない。そんなシロ様がケヤさんと話したところで、碌な情報が得られるわけがないのだ。冷静じゃないことが不利になるのは、人間も幻獣族も変わらないだろう。

 けれどそうして説得を試みても、未だ納得が行かないように眉を寄せるシロ様。その瞳にはまだゆらゆらと不安が揺蕩っている。悔しいことに、こればかりは私の責任でもあるだろう。私はシロ様より歳上だというのに、これまでに散々と情けない姿ばかり見せてしまった。シロ様は私を信じてくれてはいるが、信頼は出来ていない。だから迷う、不安になる。私の無事を、ただただ案じてくれているが故に。


「……前も言ったよね。人間には色んなやり方があるんだ」

「…………」


 でもきっとそれは、歪んだ形だ。私ばかりがシロ様に寄りかかっていては、きっといつかシロ様が潰れてしまう時が来る。それでは一緒に居る意味がないだろう。私ばかりが守って貰う形は、フェアじゃない。だからこういう時は、シロ様が冷静になれない時は、私が。


「つまるところ、私にだってシロ様を守れる時があるってこと!」

「……!」


 少しでも明るい声を上げた。揺蕩う白銀と黒の瞳に、一粒の雫を落としては波紋を紡ぐように。そうすれば不安で揺れていた二色は大きく見開かれ、薄い唇は言葉を失ったかのように僅かに開かれる。私はそんなシロ様にもう一度笑いかけて、その手を引いた。力が抜けた自分よりも小さな子の体ならば、非力な私でもあっさりと引っ張ることが出来る。立ち位置の交換だ。

 再び私の背後へと回ったシロ様。未だ白爪牙を握っている辺り、警戒は続行中なのかもしれない。でも今の彼ならば、私が害されない限りはその刀を振るうことはしないだろう。今の説得で少しは落ち着いてくれたはずだ。


「君、たちは……」

「……急に乱暴なことをしてすみません、ケヤさん」


 私が向き直り、そこで漸く思考が追いついたのか呆然と声を上げたケヤさん。突然刀を向けられたのだ。荒事に慣れていない人ならば、思考が止まるのもおかしいことではない。未だ棚に背を張り付けている彼を見ると申し訳なくなって、私は頭を下げた。きっととても恐ろしかった筈だ。刀を向けられている時のケヤさんの表情は、確かに予想外を物語っていたのだから。

 ……そう、つまりは彼はシロ様が戦えるということを知らない可能性が高い。ここで彼がクドラの密接な関係者という線は切れる。そうして更に言えば、何かの罠で店へと連れ込んだ可能性も薄い。もし警察のような立場の人に私達を差し出そうとしてここに連れてきたのなら、シロ様が刀を向けた瞬間に誰かが出てきてもおかしくはないはずだ。油断して店に入ったところで、捕まえる。指名手配をされている人間を捕まえるのなら、合理的な作戦だろう。


 でも、それらの気配が一切なかったということは。


「……ケヤさんは、私達を守るためにここに連れてきてくれたんですか?」

「……そう言うと、少しは格好が付くかな」


 非力なケヤさんが一人で、私達を店へと引き込んだ理由。過ぎった可能性に、眉を下げて問いかける。そうすれば棚から少し離れたケヤさんは、苦笑を浮かべながらも頬を掻いた。その表情に一切怒りは見られなくて、それが余計に申し訳ない。不当に刀を向けられても、彼は怒っていないのだ。それどころか、その視線は時折気遣うようにシロ様を掠める。自分が刺激してしまったことを、申し訳なく思うように。これが演技だと言うならば大したものだろう。

 

「とりあえず、奥で話そうか」

「……はい、ありがとうございます」


 お茶を出すよと、優しく微笑んだケヤさん。私はそんな彼に言葉に頷きつつも、そっと背後のシロ様の手を握った。白爪牙を握っていない、左手の方を。弱々しくも確かに握り返してきたそれを離さないように、前へと進む。荒事の気配がひとまずと去ったことに、ほっと息を吐きながらも。

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