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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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六十二話「くれた物、返せた物」

「単刀直入に言おうか。桃花の宿の方に怪しい男が現れたらしくてね」

「宿に……?」

「それで僕は君たちを保護するように頼まれたってことなんだ」


 店の奥に置かれた勘定台の、更に奥。恐らくケヤさんの生活圏であろう場所へと招かれた私達は、敷かれた座布団に腰を掛けて話を聞いていた。ちゃぶ台に置かれた三つの湯呑から湯気が揺蕩う中、私はケヤさんの言葉を反復する。隣に座るシロ様の様子を、時折こっそりと窺いながらも。


「現れたのは深く帽子を被った体格の良い男だったらしい。宿泊を希望したんだとか」

「えっとつまり……お客さんだったんですか?」

「うん、一応は。でも、桃花の宿は紹介状が必要だからね。受付を担当していたにいさ、……姉さんは断ったんだ」


 ……今、兄さんと言い掛けたような。いや、今はそれを気にしている場合では無いのだけど。頭に過ぎった邪念を振り切り、私はその怪しい男とやらに思考を寄せた。しかしこの話を聞く限り、現状怪しいのは深く帽子を被っているという点だけ。何故その男をケヤさんは、そしてカッシーナさんは、怪しいと思ったのか。

 というか、そもそも連絡手段はどうしたのだろう。この世界には電話なんて便利なものはないし、話を聞く限りケヤさんがその場に居たというわけでもなさそうだ。カッシーナさんがケヤさんの元へと訪れて言いつけたにしても、不自然さは残る。だってそんな中途半端なことをせずとも、カッシーナさんは今日私達がどこに行くかを知っていた。なんせ朝に会った時、ツバタの仕立て屋に行くことは話していたので。つまりこの情報を伝えわざわざケヤさんを介さずとも、直接伝えに来れた筈なのだ。


「……それは、風運を使って来た連絡か?」

「……カゼハコビ?」

「ああ、そうだね。もしかしてミコさんの方は知らなかったかな」


 しかしここに来てまたしても現れた初耳単語。私の訝しげな表情を見て何かを悟ったらしいシロ様が問いかければ、ケヤさんは同意するように頷いてみせる。そうして未知の言語のように言葉を反芻した私を見て、どうやら事情を察してくれたらしい。そこでケヤさんは、話の途中だと言うのに簡易的な説明を挟んでくれた。

 風運。それは風の法術を使える人間同士が、連絡を取り合うことが出来る術らしい。なんでも風の法術を使える人には皆それぞれの風があり、その特定の風を追うように自分の声を乗せた風を届ける術なのだとか。その感覚とやらは風の法術に縁がない私にはよくわからないが、例えるなら電波みたいなものなのかもしれない。大分使い道が限定された、そんな。


「そんなわけで姉さんから僕の方に連絡が来てね。君たちを保護する指令と、その理由を伝える旨を述べた風が」

「……成程。すみません、話の腰を折っちゃって」

「いや、気にしなくていいよ。それじゃあ本題に移るんだけど……」


 風の法術が使える同士でしかやり取りが出来ないとは言え、電話がないこの世界では便利な術なのだろう。そんなことを考えながらも、私はぺこりと頭を下げた。無知ゆえに話の腰を折ってしまったのが申し訳なかったのだ。けれどケヤさんは嫌な顔一つをすることもなく、朗らかに笑ってくれる。その笑顔にどこか安堵して、けれどそこから続いた言葉に私は硬直した。


「……その男は泊まれないならと、こう尋ねてきたらしいんだ。この宿に、十三くらいの子供は泊まっているかと」

「……!」


 背中に冷たい霜が落ちるような感覚。眉を寄せたケヤさんの表情は、とても冗談を言っているようには見えなくて。泊まれないならと突然そんなことを聞いてくるのは、どう考えてもおかしいだろう。例えば、誰か特定の人物を探しているというわけではないのなら。私はそこで、隣のシロ様へと目を向けた。ケヤさんの話を聞くと同時、警戒心を刃のように研ぎ澄ませ始めた十三くらいの少年を。

 深く帽子を被った、体格の良い男。クドラ族にとって最も目立つ特徴は、頭の虎耳と白銀の髪の筈だ。ピンポイントに頭部を隠しそんなことを聞いてくる男など、どう考えてもクドラ族の……シロ様の関係者にしか思えない。更に言えば、ビャク本人かその部下の可能性だってあるだろう。


「……居るにしても居ないにしても、客の情報を外部の人間に漏らせない。姉さんは、そう伝えたらしい」

「あ……ありがとう、ございます……」

「いいや、これは宿の人間として当たり前のことだ。君がお礼を言う必要はないよ」


 ひとまず、その男にシロ様の情報が渡っているわけではないらしい。気休めでしかないが、話されてしまっているよりは百倍マシだろう。こちらを守ってくれたであろうカッシーナさんの代わり、ひとまずは彼女?の弟であるケヤさんにお礼を告げる。残念なことに困ったような笑顔で流されてはしまったが。


「その後流石に怪しいと姉さんは風で男の行方を追ってたんだけど、どこかで切られてしまったらしくてね」

「……風運と同時に探りまでか」

「うん。僕と違って姉さんは優秀な法術士だから」


 成程。カッシーナさんはケヤさんに私達の保護を連絡するだけでなく、更にその男の行方までもを追ってくれたらしい。シロ様がどこか驚いた口調なのを見るに、連絡と同時に他の法術を使うのはすごいことなのだろうか。ケヤさんの口ぶりもどこか誇らしげに感じる。

 私にとってのカッシーナさんは、優しいけれどどこか強引なところもあるお姉さん?という感じだ。しかしその反面、優秀な法術士でもあるらしい。確かにちょくちょく気配を消しては私達に近づいてシロ様に警戒されてたし、もしかして強い人だったりするのだろうか。……ミコちゃんシロちゃんときゃっきゃしている普段の彼女?のイメージとは、些か外れ過ぎている気もするが。


「ともかく、その男はまだ宿の付近を探っている可能性が高いらしい。宿に戻って鉢合わせるのは危険だから、暫くはここで過ごしていくといいよ」

「……でも、そこまで迷惑をお掛けするわけには。そろそろ街を出る予定でしたので」


 そこで話は終わりらしい。つまるところ私達、というかシロ様を狙っている男が宿の付近に居る可能性が高く、だから暫くはケヤさんの店に留まった方がいいと。しかしそこまで迷惑を掛けても良いものなのだろうか。荷物は全て持ち歩いているし、このまま街を出てケヤさんたちにまで負担が行かないようにした方がいいのでは。

 元々、そろそろ街を出る予定だったのだ。カッシーナさんやクスノさん、ヒイラさんにお別れが出来ないのは確かに悲しい。でも、私達の事情に無関係な人を巻き込んでしまうわけにはいかないだろう。このまま私達が去るのが、ベストな選択肢な筈だ。隣に座るシロ様だって、難しい表情を浮かべながらも私の言葉を否定してこないわけであるし。


「……母さんに、着物を贈ってくれたそうだね」

「え……? は、はい」


 しかしケヤさんはそこで突然に話の舵を切り替える。突然の問いかけに思わず困惑の声を上げながらも、私は取り敢えず頷いた。確かに着物を贈ったのは事実である。あれから、クスノさんはすみれ色ではない桃色を纏っていた。何回も私にお代はと尋ねて来るのには困ったが、着物を気に入ってくれたことは晴れやかな表情から痛いくらいに伝わってきて。私としては、そんな彼女を見ているだけでどこか嬉しかった。何か一つでも、恩を返せたような気がして。


「母さん、とても喜んでいたよ。とっても素敵な着物を頂いたと」

「い、いえ……! 素人の作りですし、宿代の代わりにもならないというか……」

「いいや、宿代以上の物を頂いたよ。僕も見たけど、到底素人の作った物には見えなかった。まるで千年樹をそのまま着物に落とし込んだような美しい品だったなぁ」


 嬉しそうに微笑むケヤさん。とは言えそういう風にべた褒めされるのは、些か気恥ずかしいような。い、いやいや、調子に乗ってはいけない。例え私の力の一部と言えど、あの綺麗な着物を仕立てたのは糸君なのだ。そうして千年樹を落とし込んだかのような布を作ってくれたのは、フルフである。あの着物を仕立てたのが自分自身の力だなんて、決してそんな風に驕ってはいけないのだ。


「……その、君たちは僕に感謝してくれているのかもしれないけど、今回僕たちが貰ったのはそれ以上の物だった」

「……ケヤさん」

「だから、少しでも恩返しをさせてほしいんだ。この街から出るにしたって、ね」


 けれど浮ついた心を自分で諌めるよりも早く、穏やかな優しい声が心を染めていく。降り積もるかのような言葉は、全てが全て感謝に満ち溢れた色をしていて。全てはこの人から始まったことだ。宿を紹介してくれたのも、素材を高く買い取ってくれたのも、挙句の果てには宿代までも支払ってくれたのも。しかしそれよりも、それだけの親切よりも、私達が齎した物のほうが尊いと彼は言うのだ。

 片目を閉じる、その仕草。それは姉?であるカッシーナさんにそっくりで、思わず笑みが零れる。ああやっぱり姉弟なんだなぁ。なんてそんなことをぼんやりと考えた先、隣から聞こえた音。それは湯呑に注がれたお茶を、シロ様が啜った音で。


「……はい、ありがとうございます」


 何が入っているかもわからない、ケヤさんが淹れたお茶。けれどそれをシロ様は飲んだ。きっとそれは、少しだけケヤさんを信用してみようと思ったが故の行動で。私はまた一つ大切なものをこの人に貰ってしまったなぁなんて、微笑むと同時にそんなことを考えたのだった。

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