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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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五十五話「贈り物を届けに」

 そんなわけでシロ様から金銭の価値、そうしてクドラの領地に起きている問題についてを聞いた私。自分で買い物が出来るようになったことに安堵するような、クドラに関して心配が募るような、そんな相反した感情を抱えつつ。だがクドラに関しては私が心配したところで意味がないだろう、何かの力になれるわけでもない。だからこそ一旦はその不安を思考の外に置いておくこととして、私は今自分ができることに集中することにした。


「こんな感じで包めばいいかな」

「……必要あるか?」

「流石に剥き出しで持っていくのは、ね」


 シロ様が昨夜、衣桁に掛けてくれていた桃色の着物。それを下ろし終えた後、私はリュックの中から若草色の大きな布を一枚取り出した。これも森で作ったフルフお手製の物であるが、いつもの反物と違って形は端切れに近い正方形だ。これはフルフが布を織る際に、シロ様が形状や材質などについて色々と実験をした副産物みたいな物である。結果として、フルフは反物以外も作ることが出来ると判明したのだけれど。

 一週間程度しか経っていないというのに、どこか懐かしくも思える記憶。それを思い出しつつも、私は畳んだ着物を広げた若草色の布の上に置いた。そのままそれを風呂敷のように使い着物を包むと、結び目のところで持ち上げる。何も加工していない布だが、剥き出しのままにするよりは余程マシだろう。……後で端を縫い合わせて、ちゃんとした風呂敷にでもしようかな。


「さてと。じゃあまずはカッシーナさんにかな」

「……? 女主人に渡すのではなかったのか」


 中身入りの風呂敷を片手に立ち上がった私。シロ様はそんな私に習うように立ち上がりつつも、しかしそこで不思議そうに首を傾げて。効率を重視するシロ様のことだ。クスノさん宛の物をクスノさんに渡すだけだと言うのに、わざわざカッシーナさんを介すのを不思議に思っているのだろう。その気持ちはわからなくもない、が。


「うーん……急に渡しても、多分クスノさんは受け取ってくれないだろうから」


 結局はこれなのだ。恐らく今私達が押しかけてクスノさんにこの着物を渡しても、その上で着るように促しても、きっと不自然に思われてしまうだけだ。最悪、彼女の傷に上塗りの傷を重ねてしまうかもしれない。クスノさんは私達があの話を聞いたのを、知らないのだから。

 そこでカッシーナさんの力を借りたい。カッシーナさんに同行してもらえれば多少の信頼は得られるだろうし、私達よりも余程上手くここまでの経緯を説明してくれるだろう。それに母親の傷に胸を痛めている優しいあの人ならば、きっと私達に協力してくれる筈だから。


「……人間は遠回りだな」

「ふふ、そうかも」


 私の意図を理解することは出来たのだろう。けれどわざと遠回りに歩くやり方に関してはあまり納得がいってないらしく、シロ様は心底不可解そうに呟いた。いつだって真っ直ぐに剣を振るうシロ様からしてみれば、直接斬り込んでいかない私の動きは大層不自然に見えるのだろう。この少年は口調や大人びた態度に反して、されど驚くくらいに素直な性根の持ち主だから。

 子供らしいところもあるシロ様に笑みを零しつつ、動き回って疲れたらしいフルフをそっとリュックの中へ。暫くはこの中で眠っていてもらおう。ピュイ、と眠そうな声を上げた温かなふわふわを一度だけ撫でると、私はリュックのチャックを閉めた。そうしてそのまま扉に向かいつつも、一つの呟きを零す。この行動の意味の深いところを、シロ様に伝えるように。


「でもきっと、それで何か大切な物を守ってきた生き物でもあるんだよ」

「……!」


 扉を開けたと同時に落とした呟きが、果たしてシロ様に聞こえたのかはわからない。けれどその瞬間にシロ様が足を止めたことだけは、彼に背中を向けていた私にも伝わって。一歩と部屋の外へ。行こうと振り返れば、シロ様はどこか複雑な表情で私を見つめていた。しかしそれは一瞬のことで、次の瞬間には頷きと共に足を踏み出してくれたのだけれど。


 そうして部屋を出た私達は、あちこちに点在する窓から差し込んだ光を受けながらも宿の中を進んでいく。昨日は夕焼けから夜の姿までしか見れなかったが、昼のこの場所は随分と明るい場所に見えた。光を受けた壁たちが、いっそのこと健康的とも呼べるほどに輝いているからだろうか。よく掃除された廊下を進みながらも、私はその風景を目に焼き付ける。日の下のこの世界も、随分と美しい。

 歩く私達に会話はなかった。私は美しい光景を見るのに夢中だったし、後ろを歩くシロ様は何かを考え込んでいるようだったから。けれどその無言が苦にならない辺り、私達は随分とお互いの気配に慣れ親しんでいたらしい。そこに流れるのは気まずい沈黙ではなく、穏やかな静寂だった。

 

「……あら、どうしたの?」

「わっ!?」


 ロビーに行けばカッシーナさんに会えるだろうか。そんなことを考えながらも、夕方や夜の時刻とはまた違って見える内装を堪能していた私。しかしそこで突然後ろから聞こえてきた重低音に、思わず間抜けな悲鳴を上げる。慌てて振り返ればそこにはカッシーナさんと、彼女?を警戒するように見上げているシロ様が居て。どうやらお目当ての人物は、あちらから来てくれたらしかった。


「カッシーナさん、おはようございます」

「……おはようございます」

「ええ、おはよう。驚かせてごめんなさいね? 黙ったまま歩いてるから、元気が無いのかと思っちゃったわ」


 取り敢えず挨拶をと、頭を下げる。そうすれば同じことを考えたらしいシロ様も、私に合わせるように小さく頭を下げて。そうすれば今日も美しい彼女?は、嫋やかに微笑んで言葉を返してくれた。ごめんなさいと、その謝罪には首を振って問題ないと告げておく。別にカッシーナさんに悪意があったわけではなさそうなので。


「あの、実はカッシーナさんを探してたんです」

「え、アタシを?」

「はい、お話したいことがあって……お時間大丈夫ですか?」


 ひとまず見つけられたことに安堵しつつ、取り敢えず要件があることを伝えておくことにした。そうすれば予想外だったらしい彼女?は、桃色の瞳を丸くして。確かに出会い頭、突然要件があると言われれば驚くだろう。もう少し間を挟めば良かったかと申し訳なく思いつつ、私はカッシーナさんを見つめた。

 果たして今は忙しい時間帯だろうか。ぱっと確認したところ、忙しそうには見えないけれど。朝ご飯の食器を下げたりだとか、掃除をしているわけでもなさそうだ。もしかすればタイミング良く、今話すことが出来るかもしれない。時間を置いて話すことも考えていたので、本当にそうならばかなりラッキーだ。


「今は暇よー。食器も片付け終わったし、お掃除は早朝の内に済ませちゃうから」

「そうなんですね……!」

「ええ、最近はお客さんも少ないし」


 そこで私の視線に気づいたのか、カッシーナさんはひらひらと手を振る。悠々と微笑んでいる辺り、今は本当に時間に余裕があるのだろう。彼女?がいつ忙しくなるかはわからないし、今こそが絶好のチャンスだ。ぎゅっと片手で胸に抱き込むようにしている風呂敷を握る。本当に渡しても良いのか、今も僅かに残る不安を飲み込むように。


「それでどうしたの?」

「……その、実はこれを!」

「えっ……?」


 どうしたの、その言葉に息を詰まらせつつ。だがここで躊躇しても仕方ないだろうと、私はずいと若草色の風呂敷をカッシーナさんへと差し出した。またぱちりと、桃色の瞳が瞬かれる。なんだか今日は彼女?を驚かせてばかりのような気がする。若干申し訳なくなりながらも、私はゆっくりとその風呂敷の結び目に手を掛けた。

 大丈夫、大丈夫。緊張と不安で逸る心臓を内心で落ち着かせつつ、震える指先で結び目を解こうとする。これを見せることが、そうしてこれをクスノさんへと渡そうとすることが、この宿に残された傷を抉ることになるのかもしれない。でもそれでも、何もしないままにここを去れば……きっといつか後悔するから。辿々しくも、若草を解く。風呂敷が開いた瞬間に覗いた桃色に、目の前の人が息を呑んだのを感じ取りながらも。


「……これを、クスノさんに着てほしくて」

「…………」


 一度、息を強く吸った。口から零れそうになる心臓を飲み込むように、平静を騙って自分の言葉を告げられるように。そのまま視線を上げてカッシーナさんを見つめれば、驚きに見開かれた桃色と目線が合う。訪れた固くも重い沈黙。それが怖くて徐々に視線は下がっていって。けれどそうして下げた視線は、瞬時に上げられることとなった。なぜならば目の前のその人に突然、痛いくらいの力で肩を掴まれたから。


「か、カッシーナさん……?」

「……っごく」

「え……?」


 強く掴まれた肩は結構痛い。その痛みに私が顔を顰めたのを見てか、それまで黙って見守っていてくれたシロ様がこちらへと手を伸ばそうとしているのが見えて。しかし私はそんなシロ様を見て僅かに首を振った。そうすればシロ様は不満そうにしながらも、その動きを止めてくれて。確かに痛くはあるが、特別騒ぐ程度の物ではないのだ。

 落ち着いてくれたらしいシロ様に安堵しつつ、今度は急にどうしたのかとカッシーナさんの名前を呼ぶ。そうすれば聞き取れないほどに小さな声が聞こえて、しかしそれは興奮により上手く声が出せなかっただけだと知った。次に聞こえてきた、爆音とも呼べる音量のおかげで。


「すっごく素敵じゃない!?!?」

「は、はぁ……」


 きんきんと頭を劈くような大音量。目の前のその人は、きらきらと桃色の瞳を輝かせたままこちらを見下ろしている。輝かしいばかりの表情を浮かべる美人。そこには私が想定していたような辛そうな表情、怒ったような表情はなく、全面的に肯定を語るような表情しか浮かんでいなかった。

 想定していた事態と百八十度違ったことに何だか気が抜けながらも、私はそこで視界の端っこに映るシロ様が少し心配になった。先程の大音量のせいか、シロ様は銀色の頭を抑えながらしゃがみ込んでいる。なんせ、私でもきーんとするような音量だったのだ。今は法術で隠れているとは言え、人間よりも聴力の高い耳を持っているシロ様。そんな彼にとってさっきの大音量は、もはや爆撃のようなものだったのではないだろうかと。

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