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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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五十四話「領地に潜む影」

「つまり、基本的な通貨は四種類なんだね?」

「ああ」


 筆箱から広げられた札と金の貨幣。そこに商店で購入した際にお釣りとして生まれた銀と銅の貨幣を追加して。それらを見下ろしながらも、私は頭の中でシロ様に教えられた知識を反芻した。とはいえそれほど複雑でもなく、更に言えば私が日本に居た時と大して変わらない金銭の事情。それらを覚えるのはそう難しい話ではなかったのだけれど。


 まず、一般的に使われている貨幣の種類は四種。札と呼ばれる長方形の紙と、それぞれ金銭、銀銭、銅銭と呼ばれる三つの貨幣。札が一番価値が高い通貨で、そこからは金銀銅と順に価値が下がっていく。うん、覚えやすい。

 そうして私の価値観に示し合わせるのなら、シロ様の話を聞く限り札は一枚大体一万円くらいなのだろう。そこから下に金銭が千円、銀銭が百円、銅銭が十円。あくまで目安の価値だが、恐らく遠く外れては居ない。つまり最初に十五枚、そこから靴の代金によって五枚削れた私達の所持金は、現在は十万円程だということ。


「理解できたか」

「えっと……うん、大丈夫」

「そうか。なら次に進む」


 それにしてもケヤさんに色を付けて貰ったとは言え、魔物の素材というのは結構高額らしい。売り払った数枚の熊もどきの毛皮が、まさか十五万円程にもなるとは。まだリュックの方に何十枚か入っているし、暫くは金銭関係のことで悩む必要はないだろう。宿代のことも合わせて、ケヤさんには色々と感謝しかない。

 最も、完全にシロ様の狩り頼りになるのは良くないだろう。シロ様の負担を減らすべく、小物作りか何かで私も稼げるようにならなければ。そんなことを考えながらも、私はシロ様から投げかけられた問いかけに頷いた。現状理解については問題がない。次の話とやらに進んでも大丈夫だろう。


「ここまでは市井に生きる民が使う通貨だが、商人や貴族といった高位の家同士の取引になるとそれだけでは不便な場合がある」

「……もっと大きいお金が必要だから?」

「そうだ。故に銀札や金札、水晶貨と言われる物が存在している」


 実物はここにはないがな、そう真面目な顔で告げたシロ様に苦笑を零す。成程、この世界には高額通貨という物も存在しているらしい。例えるならば、日本で言う小切手みたいなものだろうか。家や高級車などの大きな買い物をする時に、一々その額だけのお札を積むのはまどろっこしい。ATMや電子マネーなんて便利なものがないこの世界では、面倒を避けるために単価の高い通貨が存在しているのだろう。それが銀札、金札、そして水晶貨と呼ばれている。


「価値としては水晶貨が最も高く、札が一万枚分。銀札は札が百枚分、金札は札が千枚分だ」

「わぁ……そこまで行くと、別の世界みたいだね?」


 段々と大きくなっていく金銭の話に、私はなんだか頭が痛くなり始めた。シロ様の話を自分なりに整理すると、つまるところ銀札が百万円。そして金札が一千万円で、水晶貨とやらが一億円規模の価値なのだろう。銀札ならば一般人も目にする機会があるかもしれない貨幣であろうが、それ以上となるともう想像もできない。小遣い制度の女子高生だった身としては、一万円でも十分に高額に思えてしまうわけだし。

 

「……あの蝉は水晶貨数枚分の価値があるがな」

「……聞かなかったことにさせて欲しい」

「好きにしろ」


 縁のない話だなと苦笑して。けれどそこで聞こえてきたシロ様の呟きに、私はすんと真顔になった。できれば知りたくなかった話である。縁は案外近く、それも私のリュックの中に沈んでいた。シロ様が激闘を繰り広げた極悪蝉はそういえば、まるまる一匹なら値段の付けられないような価値だと生物の教科書にも書かれていたような。

 知識として知ってはいたが、生々しく価値を突きつけられるとこんなにも疲れたような心地になるのか。沈痛な面持ちで首を振れば、寛大なるシロ様はふんと鼻を鳴らした。呆れたような視線を送ってきてはいるが、これは仕方のないことである。小心者の一般市民としては、目が飛び出るような大金からは視線を逸しておきたいのだ。


「……金銭の話は終わりだが、そういえばもう一つお前に話していないことがあった」

「え、何?」

「ブローサの街から人が流れた、その原因だ」

「……ああ!」


 極悪数億円蝉のことは忘れようと、首をぶんぶんと振っていた私。暫くシロ様はそんな私の心の整理を黙って見守ってくれていたが、しかしどうやらそこで何かを思い出したらしい。いかにも忘れていたと言わんばかりの口調に私が動きを止めれば、変わらず涼しい表情のシロ様は淡々と告げた。その言葉に、私もまた同じように思い出す。そう言えばそんな話もあったな、と。

 忘れっぽいという言葉をどうか飲み込んで欲しい。街に来てからというものの、色々とありすぎて頭の中は糸のようにこんがらがっていたのだ。そんな中、自分にあまり深く関わっていなさそうな観光客の減少など、一々気に留めていられないだろう。けれど思い出してしまえば気になるのも、また事実で。


「結局なんでだったの? あの時はたしか……私の反応が不安だとかで、話してくれなかったけど」

「お前なら馬鹿正直に驚きそうだからな。人の少ない往来で叫ばれると厄介だ」


 最悪我が警吏に裁かれると、溜息を吐くシロ様。いや話はわからなくもないが、シロ様の見た目でしょっぴかれることはないだろう。人通りが少ない場所で男女が二人、女の子側が叫ぶ。確かに字面にすれば事案だが、男側が幼い華奢な美少年なら事件性は一気に引き下がる。ついでに女側が明らかに年上ならば、尚更。シロ様は変なところで老獪というか、大人びた心配をするところがあるようだ。


「ま、まぁここならその心配ないし……教えてくれる?」


 とりあえず突っ込むのはやめておこう、なんだか長引きそうだし。そう思考を切り替えた私は、じっとシロ様を見下ろした。部屋の隅ではフルフがころころと転がっては、時折壁や調度品にぶつかって間抜けな声を上げていて。けれどそんな平和な光景とは一線を画するように、シロ様は表情を引き締めた。その緊張感は私の方にまで纏わり付いて、重くなった空気に自然と息は詰まる。


「……現在、我が討伐した鋼鉄蝉。その手の災厄級と呼ばれる魔物たちが、クドラの領地となるあちこちに出没しているらしい」

「えっ……」


 そうしてそんな空気の中落とされた言葉は、全く以て予想していなかったそれで。あの蝉と並ぶ、災厄級の魔物。生物の教科書に書かれていた一文がふと頭を過る。現れれば数百人の犠牲を覚悟しなければいけないような、人を大量に殺戮する魔物。そんな蝉と並ぶ魔物が今、クドラの領地にあちこちと出没している。それが意味するところは、つまり。

 過ぎった想像はとても恐ろしいものだった。顔から血の気が引いていく感覚を鮮明に感じ取る。他の災厄級のことを詳しく知っているわけではない。けれど蝉のような強いイメージがない生き物ですらも、数百人を殺す存在として君臨するこの世界。それが何匹も現れたのなら、一体クドラの領地はどうなってしまうのだろう。そうして、そこで暮らしている人々は。


「原因は不明。クドラの者が各地へ討伐へ赴いているようだが……」

「あ……」

「……一体今何人のクドラの戦士が、領地に残っているのだろうな」


 苦しげに零されたシロ様の呟きが、妙に耳に残って。クドラの戦士、シロ様のように強い人達。けれどビャクの起こした反乱によって、その戦士たちがどれだけ残っているのか、そうしてどれだけ戦える状況なのかもわからない。状況がわからないから、民が心配だから、シロ様はこんなにも苦しそうな表情を浮かべている。かつては跡目を引き継ぐ立場であったのなら、そんな思考に至るのは当然だろう。責任感が強い彼の性質を考えれば、尚更。


「……まぁ、そういうわけだ。ブローサに限らず、各地に災厄級が出没しているため、クドラの領地全体から人が減っている」

「……うん」


 けれどシロ様がそんな表情を浮かべていたのは、ほんの数秒で。一度首を横に振って元通り冷静な顔を作ったシロ様は、状況を淡々と整理した。観光客が減ったのはブローサの街に限らず、クドラの領地全体。確かに人を何百人殺すともわからない存在が近くにいるのは、どうしようもなく恐ろしいだろう。だからお客さんは去って行って、でもここに住んでいる人達はどうするのか。クドラの一族がどんな状況かもわからないまま、それでも自分たちの王様を信じ続けるのだろうか。

 シロ様が想定していたような叫び声は出なかった。けれどどこか遣る瀬無い。信じているのであろう街の人々も、恐らくその声を風に乗せて聞いてしまったが故に苦しそうにしていたシロ様も。願うのはどうか、残されたクドラの戦士たちが被害なく討伐を終えられること。それがとんだ夢物語であることは、私にだってわかっているけれど。


「安心しろ。ここの魔物は我が斃した。お前が親しくした人間に、危害が及ぶ可能性は低い」

「……そう、だね」


 眉を寄せた私に、何を思ったのだろう。心配するなとそう告げるシロ様に、私は苦い笑みを返した。そうだ、少なくともブローサの街は暫く安全なのだろう。他でもないシロ様が、鋼鉄蝉を倒してくれたから。クドラの瞳を持つとは言えこんな小さなシロ様にだって、討伐は出来たのだ。きっと大人のクドラの戦士はもっと強いはず。

 胸に過ぎった不安をぐっと飲み込む。全てが悪い方向に向かっているような、そんな予感を。ただの私の勘違いなのだと、心配のしすぎなのだと、そうやって押し殺して。

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