表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
54/587

五十三話「成すことの意味」

「……んん」


 それからどれくらい眠っていたのだろう。ふと瞼に翳された光で、私は深い意識の底から這い上がる。口の中がやけに乾いた様な感覚、喉が張り付いたような不快感。心地いい目覚めではなかったが、けれど私は目を覚ました。何度か瞬きをすると、ぼやけていた視界は徐々に明瞭となっていって。


「起きたか」

「ピュ!」


 重く感じる体をゆっくりと起こす。瞬間視界に入ったのは、桜色であちこちと飾られた艶のある赤茶色の世界。見慣れない部屋に一瞬警戒が募って、しかしそれは聞こえてきた二つの声にゆっくりと和らいでいった。そうだ、私達は昨日から宿に泊まっているのだった。シロ様と、そうしてフルフと。

 声の聞こえてきた方に視線を向ける。そこには身支度を整えて座椅子に腰掛けるシロ様と、その膝で跳ねているフルフが居て。こちらが起きたのを確認したのか、フルフがこちらへと転がってくる。手に擦り寄るようにしてきたその子を撫でれば、小さな毛玉は今日も嬉しそうに鳴いた。


「……おはようシロ様、今何時?」

「おはよう。朝方の九時を回ったところだ」

「あ、ご飯食べ逃しちゃった」


 元気そうなフルフのその姿に笑みを零しつつ、シロ様へと現在時刻を尋ねる。しかし些か私はぐっすりと眠り過ぎてしまったらしい。昨日カッシーナさんから聞いた話では、確か朝食の注文ができるのは八時半まで。残念なことに、私は折角の旅館の美味しいご飯を食べ逃してしまったらしかった。


「いや、少し冷めてるがお前の分は用意している。法力を使い過ぎた後だ。栄養は取っておいたほうがいい」

「え、ほんと? ありがとね、シロ様」


 それを少し残念に思って眉を下げたが、どうやらシロ様が私の分を取っておいてくれたとのこと。彼が指を指した方に視線を向ければ、成程確かに一つの席に一人分の料理が用意してある。彼の言葉の通り私が起きるのが遅かったせいで冷めてしまっているようだが、遠目に見る限り変わらず美味しそうだ。


「……あ、そういえば着物は……?」

「……とりあえず食事を取れ。食べながらでも会話はできるだろう」

「う、はーい」


 しかし食事を見た私が思い出したのは食欲だけではなく、意識が落ちる前まで作っていた着物のことで。そんな私を見たシロ様が呆れ顔で首を振る。故に私はそれ以上逆らうことはしなかった。確かにお腹は空いているし、座椅子に腰掛ける少年の言うことはごもっともであったので。

 布団から起き上がり、乱れた髪を軽く整える。やっぱり少しだけ重い体を引きずって、食事が置かれた机の方へ。近づけば漂ってきた味噌や出汁の香りに、お腹がくぅと鳴った。メニューはご飯に焼き魚、お味噌汁と小鉢に入ったおひたしと漬物。ザ、和食というラインナップである。祖父祖母の家で育ってきた私としても馴染み深い。


「いただきます」


 両手を合わせて、まずは品目ではないお水を。如何せん喉がからからに乾いてしまってしょうがなかった。次の日がお休みの日とかに徹夜で小物を作り、翌日に爆睡した朝を思い出す。不規則に寝すぎた朝は喉が痛くて仕方ないのだ。最近はシロ様に習うように規則正しく生活していたから、この感覚を忘れかけていたけれど。


「それで、着物なんだけど……」

「そこに掛けてある。見事な作りだと思うぞ」

「ほんと? 良かった、流石糸君」


 次に冷めてしまっているお味噌汁を一口。焼き魚をほぐしながらも、私はいつの間にか目の前へと移動してきていたシロ様に問いかける。またそれかと呆れたような視線こそ向けられたが、それでも今度のシロ様はちゃんと答えを教えてくれた。そこ、と指を刺された方向には綺麗に衣桁に掛けられた着物がある。どうやら私が倒れた後、几帳面にもシロ様が掛けておいてくれたらしかった。昨夜はシロ様だって疲れ果てていただろうに、本当に感謝しかない。

 ご飯を咀嚼しながらも、私は衣桁へと掛けられた着物へと目を向ける。袖は肩から手首に掛けて、淡やかに桃色から白へと染まる。裾、昨日は思い出せなかったが確か身ごろと呼ばれる部分を彩るのは、千年樹を模した花びらの舞い落ちる姿で。花びらは見事なグラデーションを作っては、散る姿を落とし込むかのように布の中に咲いている。成程、見事と称する他ないだろう。着物は私が思い描いた通り、桃色という愛らしい色合いながらも上品に美しい代物へと仕立て上がっていた。


「……それで、なぜあの婦人に着物を作るという話になった?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「恩返し、としか聞いていないな」


 糸君の仕事はやはりすごいな、というか模様とかグラデーションはどうやって後付けているんだろう。新しく生まれたもう一つの千年樹を見ては、そんなことをぼんやりと考えていた私。だがそこでシロ様から投げかけられた疑問に、私は一つ思い出す。そういえばどうして着物を作りたいのかに関しては話したが、こうなった経緯は何一つとて話していなかったなと。

 私は朝ご飯を食べながらも、シロ様に話していった。数ヶ月前にこの宿で起こった事件とも呼べない、されど一人の人の心に傷を残した出来事を。カッシーナさんから教えてもらった通りに話せば、あの時の私のようにシロ様は顔を顰めて。そんな彼の表情に苦笑を零しつつ、私は言葉を続ける。


「……多分さぁ、何を言ってもお金は受け取ってもらえないから」

「……そうだな」


 冷えても尚美味しい食事を噛み締めた。私達は今無償でこれを享受している。一晩の宿も、美味しいご飯も。今私達に与えられているそれは、一人の男の人の善意から始まった厚意で。押し付けられた、それは間違った表現ではないだろう。けれどそれでも、受け取ったことに違いはない。ケヤさんの気持ちも、そこから引き継がれたこの宿の人達の気持ちも。


「だからこういう形なら、受け取ってくれるかもなって」


 きっと今日私達がケヤさんのところに赴きお金を渡しても、彼は受け取ってくれないしそもそも喜ばないだろう。寧ろ純粋な厚意に泥を塗るようなことになるかもしれない。だからそういう形ではなく、彼が喜んでくれるお礼はなんだろうと考えた。親切にしてくれた彼やこの宿に返せるものはなんだろうと、考えたのだ。

 そこで聞いたカッシーナさんの、そしてクスノさんの話。もし糸君が仕立てた着物が、とある日に生まれた彼女の痼を取り払うことが出来たのなら。きっとそれは今も母親を心配しているであろうケヤさんへの、優しくしてくれたカッシーナさんへの、恩返しになるだろう。厚意には厚意を。まぁこんな素敵な宿の宿代と素人?が作った着物じゃ、とんとんのイーブンにはならないかもだけれど。


「……だが着物とて受け取ってもらえるとは限らないぞ」

「うん、そうかも」


 シロ様の掠れた言葉に、ご飯を飲み込む。白と黒の瞳が憂いに染まっているのは、きっと断られた時の私を心配してのことなのだろう。昨夜法力を使い果たしてまでも、仕立てた着物。けれどどれだけ尽力したとしても、それは必ず最適解になるとは限らない。受け取ってもらえないかもしれないし、最悪クスノさんの痼に傷を重ねてしまうことになるかもしれない。私なりの善意は、けれど誰かにとっての凶悪な刃になる恐れだってあるだろう。


「でも、結局一番は私がそうしたかっただけだから」


 だが、結局答えなんてものはその言葉に集約されるのだ。目を僅かに見開いたシロ様に、へらりと笑いかける。恩返しだなんだと御高説を垂れたが、つまるところあの話を聞いた私がじっとしていられなかっただけ。この宿にしてもらったことを考えた時、クスノさんの悲しげな表情を思い出した時、その時に芽生えた衝動を何か行動にしなきゃ気が済まなかっただけ。結局は自己満足の、善意の押し付けだ。あの時私が、シロ様に瞳を譲り渡したように。


「それにきっと綺麗だもん、この着物を着たクスノさん」

「…………」


 それとちょっとの欲望。ごちそうさまでしたと食べ終え空になった食器に手を合わせる私を、シロ様が物言いたげに見つめる。多分何を言ってるんだこいつと思ってる。表情の乏しいシロ様の考えを読めるようになったのは、少しばかり誇らしかった。意思の疎通が取りやすいのはいいことだ。

 シロ様だって否定しない辺り、同じことを思ってるくせに。からかいまじりの言葉は声には出さず、向けた笑顔に込めるだけで止めておいた。寄せられた眉を見るに、私の意図は伝わっているらしい。ふいと視線を背けたシロ様を、私の漬物を盗み食いしたフルフが不思議そうに見つめる。それがおかしくって、思わず吹き出しそうになってしまった。食いしん坊なのもいいことだ、多分。


「後で渡しに行こう?」

「……金銭に関する勉強が先だ」 

「うん、よろしく先生」


 笑いを堪えつつ、問いかけを一つ。そうすれば若干不機嫌そうではあるものの、返事はちゃんと返ってくる。そういえばお預けになっていたお金の価値の勉強。律儀に教えてくれる辺りがシロ様らしいと思いつつ頷けば、正面からは掠れたような溜息が聞こえた。朝ご飯の後にお勉強。別世界に来てしまったらしい私が送るのは、されども学生らしいなんとも健全な生活である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ