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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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五十六話「作戦会議」

「成程、話はわかったわ!」


 その後、なんとか頭痛から復活したらしいシロ様を連れて場所を移動して。ロビーに設置されている休憩所らしき場所で、私達はカッシーナさんに事情を話した。とはいっても私の糸君のことに関しては簡単に話して良いことではない。この力は見る人によっては、膨大な富を生むであろう道具に成り果てるから。

 なのでクスノさんの話を聞いたことで、作りかけだった着物を完成させ彼女に譲りたくなった。そんな風に不自然ではない程度に嘘を織り交ぜた話をしたのだ。流石に普通のやり方では、本格的な着物は一夜で仕立てられないだろう。私が浅学なだけで、プロの職人さんならばそれが可能なのかもしれないが。


「……でも、いいの? この着物、相当な高級品でしょう? 布その物もそうだけど、仕立てだって……絶対無償で譲って貰って良いものじゃないわ」


 けれどそうして話し終えたところで、カッシーナさんは表情を曇らせた。下ろされた視線の行き先は、変わらずに風呂敷に包まれたままの着物。恐らく今発した言葉の通り、無償で着物を貰うことに躊躇を感じているのだろう。カッシーナさんは少々エキセントリックなところがあるが、根は優しい人だ。申し訳なく、または後ろめたく思っているのかもしれない。


「いえ、それに関しては気にしないでください! カッシーナさんを始めとして、この宿の人達にはとても親切にしていただきましたし……」

「……でも」


 けれどそんなのは今更なのである。遠慮してみせたカッシーナさんに向けて、私はぶんぶんと勢い良く首を振った。先に良くしてもらったのはこちらの方なのだと、それを伝えるために。

 宿代と言い、食事代と言い、この宿の人には散々とお世話になった。本来ならばこの宿のサービスというのは無償で提供されて良いものではない。それなのに無料同然で居座っている私達に、カッシーナさんやクスノさんは良くしてくれた。ケヤさんはそもそも素材を高額で買い取ってくれたり、宿代を負担してくれたりと手を貸してくれた恩人である。最初は押し付けられたように感じたそれには、けれど確かに裏表のない善意があったのだ。それに報いたいと願うのは、おかしな話ではないはず。


 それに、私にはもう一つ大きな理由がある。この着物を受け取って欲しい、そんな理由が。


「えっと、それに私……この着物を着ているクスノさんを見てみたいんです!」

「……! そう、ね」


 シロ様にも告げた言葉を、カッシーナさんへと。そうすればまたしても桃色の瞳を見開いた彼女?は、けれど次の瞬間に破顔した。アタシもまた見たいわと、呟かれたその言葉には確かな重みがある。きっとそれは出会ったばかりの私よりも、ずっと傍に居たカッシーナさんがずっと抱えてきた感情なのだろう。

 カッシーナさんにとって自慢のお母さんである、クスノさん。そんな彼女がある日無為な言葉で傷つけられ、それから大好きだった桃色を纏うのを避け続けて。張本人であるクスノさんは、勿論辛かっただろう。けれどそれを見ている周りの人だって、きっと辛かったはずなのだ。大好きな人がくだらない言葉で好きな物を奪われ、それでも笑おうとする姿を見るのは。


「……それで、これからどうするんだ」

「あ、そうだった」

「お前……」


 この宿の人達が笑顔の裏で傷を抱えていたことを思うと、また痛みが胸に走って。しかしそこで聞こえてきたシロ様の言葉で私ははっとした。そうだ、ここでカッシーナさんに協力を仰げたことは始まりに過ぎない。最終的な目標は、クスノさんにこの着物を着てもらうことなのだから。これからそこに着地するための妙案を考えねばならないだろう。


「……うーん。あの、カッシーナさん。どうすればクスノさんがこの着物を着たいって思いますかね?」

「え?」

「えっ?」


 シロ様の呆れたような視線を受けながらも、ちょっとだけ考えてみた。クスノさんがどうしたらこの着物を受けとって、そうして着てくれるのかを。けれど私の通知表オール三(家庭科は五だ)の脳味噌では、結局妙案が思いつくことはなく。

 頼り切りは申し訳ないが、こればかりはクスノさんに親しいカッシーナさんに聞く他無い。自分で考えるのを諦めた私がおずおずと問いかければ、しかしその問いに返ってきたのは心底不思議そうな疑問の声で。なぜそんな声を上げられたのかと素っ頓狂な声を上げれば、目を丸くしていた目の前の麗人は次の瞬間に微笑んだ。心底面白いと、そう言わんばかりの笑顔に一瞬目を奪われる。


「……ふふ、ミコちゃんってあんまり自分に自信がないのね」

「え……?」


 くすくすと零れていく重低音の笑い声。出会ったばかりの頃はその美しい容姿とのギャップで脳がおかしくなりそうになったそれに、しかし今となっては大分慣れてきた。ただ言葉の意味はわからない。確かに自分に自信がある方ではないが、その言葉が何に繋がるのだろう。疑問符を飛ばすかのように首を傾げる私に、そこでカッシーナさんは優しく微笑みかけた。女性にしては僅かに骨ばったその指が、机の上に置かれた着物を優しくなぞる。


「誰だってこんな綺麗な着物を自分のために用意したって言われれば……着ずにはいられないと思うわよ」


 少なくとも、アタシはそう。大人びた美しい笑みが、端正な容姿を艶やかに飾った。ちょっと母さんが羨ましいものと、そう微笑むカッシーナさんの言葉に根拠はどこにもない。けれど自信に満ち溢れたその表情を見れば、何故かそうなのだろうなという確信が胸を突くのだ。不思議とそうなのかと、そんな風に納得してしまうというか。


「……遠回りをしないやり方もあるのか」

「……うん、今回はそうみたい」


 きっと隣のシロ様も同じように感じたのだろう。理解が難しいと言わんばかりの苦渋に満ちた呟きがおかしくって、少し吹き出しそうになって。けれどそれを表面には出さないまま、私は小さな声で同意を返した。その瞬間ますますと眉間に寄った皺に、小さく笑みを零しつつ。

 遠回りも近道も、どちらかが必ずしも正しいというわけではなくて。きっとそれは相手によって形を変えるし、時には不正解を引くことだってあるのだろう。ただそれでも、やり方が一つじゃないことを今回の件でシロ様は知ったはずだ。きっとそれはこれから始まる真実を明かすための旅で、彼の力になるだろう。聡明で大人びていて、けれどそれでもまだ世界を知らない幼い少年の。


「ゆっくり知っていこう」


 未だ着物をうっとりと見下ろしているカッシーナさんを他所に、小さく呟いた。そうすれば私よりも僅かに低い位置にある隣の銀の頭は、一瞬の間の後にこくりと頷く。知らないならばこれから知ればいい。それに関しては、微力ながらも私がサポートしていこう。僅かばかりとは言え、これでも年齢に置いては私の方が先輩なのだから。最も、本当に僅かでしか無いので胸を張れることは殆どなかったりするのだが。


「……えっと、ところでカッシーナさん」

「……はっ。あらやだ、ごめんなさい。つい見惚れちゃってたわ」


 まぁシロ様の情緒面に関しては、今は置いておくこととして。本題に戻らねばと、私は着物を見下ろしては夢の世界へと飛び立っていたカッシーナさんを現実へと連れ戻す。そうすれば恍惚としていた彼女は、どうやら正気に戻ったようだった。そう言って貰えるのはデザインを考えた身としては嬉しいが、今は他にやらなければいけないことがある。現在は一応、作戦会議中なのだ。


「えっと、それじゃあこれを直接クスノさんに渡しに行くってことでいいんですか?」

「あぁ、そうねぇ……」


 さて、話を戻そう。カッシーナさんの言葉を信じるならば、直接渡しに行ってもクスノさんは着物を着てくれるということ。それならばクスノさんの空いている時間を見て、さっさと渡しに行ったほうがいいのではないか。わざと長引かせる意味もないわけだし。

 しかし私のその言葉に、カッシーナさんは一瞬躊躇するように瞳を伏せた。その迷うような素振りを見ていると、私の解釈が間違っていたのかもしれないと若干不安になって。けれど一瞬抱いた迷いは、次の瞬間どこか遠くへと吹き飛んでいく。何故かと言えば突然若草色の風呂敷ごと着物を抱え立ち上がったカッシーナさんが、そのままの勢いで私の腕を掴んだからだ。


「……ううん、予定変更! 念には念をいれなくっちゃ!」

「えっ?」


 予定変更、念には念を。どうやら彼女?の中では結論が出たらしいが、残念ながらその思考を共有されていない私には何のことかなんて一切わからず。ただ私はカッシーナさんの腕に促されるがままに立たされ、そうして腕を引かれるがままに連行された。慌てて隣を見ればシロ様も、同じように捕まっていて。


「ミコちゃんシロちゃん、厨房に行くわよ!」

「は、はいっ……!?」

「……本当になんなんだこいつ」


 私達二人を掴んだ状態のまま、猛ダッシュで宿の中を駆け抜けていくカッシーナさん。そのスピードに付いていくのに精一杯の私では、なぜ突然厨房に行くことになったのかとそう問いかけることも出来ず。本当にカッシーナさんは突然過ぎて色々と読めない。そこに関しては自分の中でストーリーを作り上げるケヤさんと、似たもの姉弟?である。

 そんなことを考えつつも、結局ただ返事を返すことしか出来ない私。けれどそんな私を他所に、シロ様はどこか余裕そうな口ぶりでぼやいていた。とはいえその呆れた声に関しては色々と物申したいことがある。シロ様だって、前に私相手に似たようなことをしでかしたのだと。しかし今の私ではそんなシロ様に、人のことは言えないとそう突っ込むことすらも出来なかったのだ。この世界の人は、脚が速いのがデフォルトなのかもしれない。

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