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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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四十四話「素材買取を終えまして」

「……なんだったんだ、あの店主は」

「うーん……悪い人じゃなかったけどね」


 店の扉を背に、ぼやくような呟きが一つ。それを宥めるかのように笑みを向ければ、寄ったシロ様の眉が少しだけ和らいだように見えた。多分シロ様も、心の底から店主さんを不快に思っているわけではないのだろう。ただちょっと、いや結構、気疲れしてしまったというか。

 あれから、あらかじめエコバッグの方へと移していた熊の魔物の毛皮やら牙を売って。それだけを言うと直ぐに終わったように見えるが、何せ合間に挟まれたお喋りが少しばかり長かった。やれご飯はちゃんと食べさせてもらっているのか、売値に色を付けるので帰り道には護衛を付けてはどうか、いっそのことこのお金を元手に街に移り住んではどうか。その全てが親切で満ちているのが、逆に怖かったとも言える。彼の善意に満ちた視線からは、欠片も悪意を感じなかったのだ。


「人間はお人好しばかりなのか」

「……ん? それ誰のこと言ってるの?」

「お前も含めている」


 でも優しい人ではあったんだよなぁ、なんて一人ごちて。しかしそこで聞こえてきた聞き捨てならない言葉に、今度眉を寄せたのは私だった。私はさっきの店主さんみたいに、シロ様の言うようなお人好しではない。シロ様のそれは身内評価というか、フィルターがかかっているだけだと思うのだが。


「まぁいい。吹っかけられることもなく、寧ろ高値で引き取ってもらえた。こればかりは感謝だ」


 だがそこで反論をした私を他所に、シロ様は筆箱の中を覗いては満足そうに頷いていた。ちなみに筆箱はお財布代わりである。中に入っていた筆記用具は、一時的にリュックの中に放流状態だ。早いところお財布を買ったほうがいいだろうか。いやむしろ、巾着でも作るか。布はあるのだから、後は紐を調達するだけであるし。

 どうやら筆箱の中身は、シロ様の予想よりもぎっしりと詰まっているらしい。先立つものはいくらあってもいいが、合計でいくらくらいなのだろう。この世界の相場はいまいちわからない。先程の素材の買取も、あちらの言葉に圧されてそのままに売ってしまったわけだし。結果としては、どうやら儲かったらしいが。


「……えっと、この世界のお金の呼び方って銭と札であってる?」

「ああ……そういえばお前に、金銭の価値を教えたことはなかったな」


 とりあえず先程僅かに聞いた記憶を頼りに問いかければ、その瞬間シロ様の目が瞬いた。どうやら私がお金の価値について知らないのを失念していたらしい。まぁやらなければいけないことはてんこ盛りだ。私の教えへと時間を割く余裕はあまりないだろう。自分で勉強できるような、そんな本でもあればいいのだけど。


「金銭については、宿に戻った後にでも教える。まずは買い物を済ませてもいいか」

「うん、大丈夫。お買い物はシロ様に任せきりになっちゃうけど……」

「気にするな。お前の知識が浅いのは、どうしようもないことだろう」


 買い物を押し付ける形になってなんとなく申し訳なく思えば、シロ様は気にするなという言葉通り肩を軽く叩いてくれる。嫌なことは嫌とはっきり言う子だから、本当に気にしていないのだろう。表情にだって影は見られない。

 だがやはり、申し訳ないものは申し訳ないのだ。戦闘面に関しては任せきりな分、私にできそうな買い物とかは私が出来るようになっておきたい。さっきの店主さんへの態度を見るに、シロ様はあまり人と喋るのが好きではないみたいだし。けれどその割には、私とはちゃんとお喋りしてくれるのだ。そういうところが優しい子なのである。


「……ミコ、紹介状を見せろ」

「うん? さっきもらったやつ?」

「一応確認しておく。悪い噂があれば別の宿を取る必要があるからな」


 そんなシロ様の負担を少しでも減らせるように。そんなことを考えていれば、そこで手を差し伸べられて。私はその言葉に、右手に持っていたエコバッグから先程貰った紹介状を取り出す。ちなみに荷物は私がエコバッグ、シロ様がリュックという配分になっている。これはリュックの方が盗まれた場合に大惨事になるという理由からであった。とても悲しいことに、私よりもシロ様のほうが余程しっかりしているので。

 年上として情けなく思いつつ、私はシロ様に渡す前に一瞬だけ紹介状へと視線を向けた。勢いに圧されるままに受け取ってしまったが、まだその確認すらもしていなかったことを思い出したのだ。ちらりと視線を向けた時、大きく書かれた文字が目に入る。「桃花の宿」その紙には、そんな文字が書かれていた。


「桃花の宿、だって」

「……ああ。少し待て」

「はーい」


 シロ様の目にもすぐに入るだろうけど、一応様式美として宿の名前を告げてみる。そうすれば一度の頷きと共に、シロ様はその紙に目を通し始めて。私はそんな真剣な少年を横目に、辺りを軽く見渡していた。けれど生憎、辺りに人は居ない。入り口の喧騒はどこへやら、奥まったこの場所に人通りは少ないらしかった。注目を浴びるのも嫌だが、人気が少ないのも別の意味で不安になる。


「……本物の紹介状だ。後は風に聞く」

「おお……言い回し、かっこいいね?」

「茶化すな。買い物に行くぞ」


 例えばあの路地から柄の悪い人が飛び出してきて、なんて一瞬そんなことを考えてみて。だがそんな馬鹿な想像に警戒を募らせていた私を他所に、シロ様の検分はあっさりと終わったらしい。紹介状を返す際のシロ様の言葉に感嘆の声を漏らせば、しかし当の彼には眉を顰めたまま首を振られてしまった。別に、茶化したつもりはないのだけれど。

 それきり言葉もなく歩きはじめようとしたシロ様。そんな彼の羽織の裾を慌てて掴めば、その足は一度止まって。しかしまた進みだしたその一歩には、今度は迷いがなかった。早足ではあるが先程のような勇み足ではない。私でもなんとか着いていける速度に、ふっと表情が緩んだのがわかる。こういうところがやっぱり、優しいんだよなぁ。心の中でひっそりと、誰にも聞こえない呟きを落とした。


「まずは何を買うの?」

「お前の靴だ」

「えっ……調味料じゃなくて?」

「一度痛めていただろう。その靴は旅には向かない」


 今度の歩みには余裕がある。一度来た道を戻るように歩いていくシロ様に問いかけてみれば、けれど返ってきたのは予想外の言葉で。まさかの私の靴が最優先らしい。てっきり味気ない生活を脱却するために、最優先事項は調味料類を揃えることかと思っていたのだが。私のエコバッグがあれば、賞味期限とは無縁であるわけだし

 だが続いた言葉に、私は思わずうっと息を呑む。シロ様の言うことは正しい。なんせ私が今履いているのは学校帰りだったこともあり、学校指定のローファー。現代日本の日常生活に置いては特に支障がないが、この世界での日常をこなすには些か支障がありすぎる。長距離の移動手段として使うには、ローファーは不向きの代表格のようなものだろう。


「でも靴って……お値段とか、大丈夫?」

「今の持ち金は色を付けてもらったこともあり、かなり余裕がある。それにお前の靴は我の中では最優先事項だ」


 けれどやはり私の事情にシロ様を付き合わせるのはかなり申し訳ない。なんせ私が我慢すれば済むだけなのだから、後回しでもいいだろう。金銭のことを理由にそれとなく遠慮をしてみたが、それでシロ様の意思が変わることはなかった。進路を変えないまま、私の一歩前を歩くシロ様は淡々と進んでいって。


「着いた」

「ええ!? もう?」

「この辺りは商業地区だからな。それにしては人が少ないが」


 そんなに心配しなくても、靴ずれの一つや二つくらい大丈夫なのに。私はなんとかシロ様を別の方向へと誘導できないか、それを考えていた。しかし上手い言い訳が考えつくよりも早く、どうやら目的地に辿り着いてしまったらしい。何でも、この辺りはお店が連なっているんだとか。

 目の前に建つのは、先程の買取屋さんよりも華やかに見える外装。青い暖簾が掛けられたその店は、靴屋さんというよりは仕立て屋さんのようにも見えて。というか少し、高級店の外装にも見えるような。見事な艶を描く木目に、私の足が躊躇で止まる。


「店主、旅靴はあるか」

「うえっ!?」


 だがそこで足を止めてしまったのが、どうやら良くなかったらしい。裾を掴んでいたのが敗因か、迷うこと無く店へと入っていったシロ様に私は引きずられる。端的なシロ様の声に、ひっくり返された蛙のような声が零れた。ちょっと色々待って欲しい、まだ心の準備が出来ていないのだ。というか本当にこの店でいいのだろうか。些か私のような一般市民にとっては、このお店は敷居が高すぎるような。


「はーい!」


 しかし言い訳をするよりも早く、シロ様の声に釣られたのかこのお店の店主さんが顔を出して。年の頃は恐らく二十代、華やかな美人が顔を出す。それに私の頬が引き攣ったのは、ご愛嬌というやつだった。シロ様は優しいが、些か強引が過ぎる時がある。そう内心で溜息を吐いたところで、現実は何も変わらなかったのだけれど。

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