2-33 時神②
まさか、こいつ“やり直し”が使えるのか!
てっきり時間跳躍だけだと思っていた。だから明日のこいつや昨日のこいつがいるのだろうと漠然と思っていたのだが、こいつが使えるのがやり直しなら話が違う。
失態だ。
言われてみればなぜ思いつかなかったのだろうか。
その考えはあってしかるべきだ。
まさかさっきの「脊椎を切断する」も実際に行なってから戻ってきたというわけか。
そう考えるとそのあとの「嘘をつくな」という発言も納得できる。
こいつ、本当に「聞いているだけ」なのか。
いや、おかしくない。
まったくおかしくない。
普通ならそんなタイミングはタイムリープによって“なかったこと”にされる。どんな雑なアクションであろうと俺の記憶に残らないのが当然なのだ。
だが、今は俺も知覚できている。
というか、調べている最中だ。
つまり、これが意味するのは俺がこの時間軸において「俺自身の弱点を暴露をしておらず時神もこれを実行していない」という事実に他ならない。俺の頭部破壊を行なっていないということだ。
……さすがにそれはおかしい。
おかしいだろう。
普通、試すだろう。
なんでも。
全力で威力偵察するなり相手を限界まで殺すなり、できることを全部使うだろう。
それから聞いたり答えあわせをしたりするだろう。
どうせ逃げればいいんだから。
あいつの主観であれば常に最良の道を歩いてきた栄光の道程となるが、やつが捨ててきた道はたくさん転がっている。もしかしたら永遠に時神がいない時間軸も存在することになるだろう。そうでなくてはおかしい。
たとえば俺が全力で倒せば、撃退できたならば、やつはこの時間軸からタイムリープを行い、消える。
それはつまり、俺の勝利を意味する。
この時間軸には二度とやって来れない。
その時間軸は「時神が敗北した時間軸」に他ならないのだ。くるわけないし、こられもしない。
つまり、本当に、ただ純然と、俺の勝利なのだ。
まあ、絶対に完膚なきまで叩き潰すつもりだが。
どちらにせよやつを撃退するまではやつはこの時間軸にずっと滞在することになる。
俺が倒さなくてはならないというわけだ。
この時間軸からやつを排除した後で、しっかりとやつを殺せる異能を学んでから俺からやつの根幹の時間軸を破壊する。完膚なきまで消滅させる。
絶対にだ。
確実に殺す。
そのためにはまずは初の勝利を飾らなくてはならない。
とにかく、この時間軸はやつにとって“やり直し”が前提になっているはずだ。
このまま付かず離れずで徹底的に維持させればいいわけだ。
そもそも俺がそのことを知ってしまった。
俺の主観では常にこのままだ。
やつの能力がやり直しを肯定するのであれば、取得した情報は逆説的に消えることはない。それは約束された事実だ。
というか、この時点でほとんど俺の勝利が確定してしまっているのではないだろうか。
もちろん今から俺が「頭部を潰されると死ぬ」ことが時神に判明したらその時点で俺の敗北が決定する。この次の瞬間にでも俺の頭部が攻撃されるだろう。そして死ぬ。
だが俺が「時神が“やり直し”を行なっている」ということに気づいているのにも関わらず、これを是正するための手段が時神から講じられていない。つまり、時神は知らないのだ。俺と時神のどちらかが勝利した後の未来において「時神が“やり直し”を行なっていると、氷上雅弓が知っている」ことが知られていないのだ。
相手が“やり直し”を行なえる以上、少しでも不利になればそれを帳消しにしてくるのは必然だ。俺がそれを知っていることで裏をかける策謀などよりも、俺がそれを知らないと思っている策謀のほうが数が多い。
本当に、この状況が、逆説的に俺の優位性を示していることに他ならない。
時神――こいつ、本当に、
馬鹿だッッ!!
俺は時神の時間操作の絶対性を信じている。
そしてこうやって俺の死亡条件を聞いてくるのは俺を殺害したいという強い意思があるということだ。
故に現状で俺が死亡状態ではないということはつまり、この時間だと俺が殺せないことの裏づけ以外の何ものでもない。
過去に戻って生まれる前の俺を殺せばいいものを、それを行なわない。少なくとも生まれたときからこの瞬間まで俺は時神に殺されない。時神は俺を殺せないのだ。
それに気づくと時神の能力の制限、または時間操作の異能力の欠け、または時神が苦手とする相性の悪い存在が見えてきた。おそらくこの三つのうちのどちらかのせいで殺したい俺が殺せないのだろう。もしかしたら時神は誰かと戦闘中であり、そいつに関わりがある俺を殺してそいつの力を削ぎたいと考えているのかもしれない。
能力としては大きく水を開けられている上に正攻法ではまず勝ち目がないが、俺のほうが有利だ。
今まで目に見えなかった部分が、絶対の存在である時神が間に立つことにより見えてきた。
未来が見える。
過去が見える。
今まで漠然としてしか感じられなかった運命がしっかりと確認できる。
時神を通してはっきりと見えた。
時神の干渉を踏まえて今日のことを考える。
そうだ。
確か姉が同級生だかクラスメイトに話を聞いて団地に向かったとか言っていた。
団地のおばさんが俺に話しかけるよう仕向けられていた。
いるはずの御剣理昇がいなかった。
そして姉に対処できる兄が急にいなくなった。
少しずつであるが、妙な違和感はあったのだ。
となるとやはり「俺の殺害」が目的だったというわけだ。
おそらくリアムや御剣理昇は捨石か踏み台で、姉をそそのかすためのお膳立てだろう。さすがに一対一でやるならともかく俺とリキマルの二人に御剣理昇とワークミッツのコンビでは役不足だ。
姉ならばリキマルと応戦している間だけで、俺が余波で死ぬ。今回は姉が精神的に時神の想定以上に強かったのでなんとかなったのだろう。そもそも舐めすぎではあるのだが、確かに死に掛けたと断言してしまってもいいだろう。たぶん。
「雅弓……」
抱き寄せた姉が声を出す。
困ったような声だ。
俺と時神を交互に見ながら何か言いたいのか俺の手を握る。
「あれが今日の朝に会った同級生だよな、姉さん」
「うん……」
姉は申し訳なさそうな肯定を行なった。
あまり人を疑わない姉だ。時神の言ったことを真に受けたのだろう。実際、嘘ではないのだから。時間の神を名乗っているくせにやることがセコい。白鳥の足元は――みたいな部分に当たるのだろうが、この時間軸では単純にダサい。
時神も特に問題ないといった表情でこちらを見ている。少しは苦いものが見える印象を受けるがどうせ後でやり直すつもりなのだろう。わずか不機嫌ながらこのまま話を――時間を進めて先を見ようという腹なのがわかる。
「氷上雅弓、何度だって訊く。何をやったら君は死ぬんだ?」
時神が整えた笑顔で訊いてくる。
あまり長く見たくはない笑顔だ。
馬鹿のひとつ覚えだが、警察の取調べのようにこちらがイラついて白状してしまえば向こうの勝利が確定する。話してはならない。時神も馬鹿だし煽り耐性も低いみたいだが、この手段は慣れているはずだ。聞き取りにおけるリアクションで向こうが攻撃してくることはないはず。
「お前が死ぬ方法を教えてくれたら教えてやってもいいぞ」
時神の笑顔が止まった。
こちらを睨むように――改めて敵だと確信したように雰囲気を変えた。
「君は、ほんとに最低だな」
時神が吐き捨てる。
背筋が真っ直ぐに伸び、手にした刀を強く握っている。構えているわけではないようだが、明らかに戦闘に入ろうとしている姿だ。
「そのまま返す。先に、お前が俺の死ぬ方法を聞いてきたんだろう。その質問を投げかけられて最低と思ったのであれば、それはお前も最低だということだ」
「質問に質問で返すなんてろくな教育を受けてこなかった証拠だ」
「ろくに学校にも行っていないお前に言われたくないよ。学校とはつまり――」
「うるさい!!」
先ほどまでの嘲るようなテンションが吹き飛ぶ。
時神がその一瞬一瞬で感情が変化させていく。明らかに早いペースで感情が爆発している。
時神は精神的に問題があるのか。
いや、そうじゃないだろう。
たぶん、俺の煽りに耐えられていないのだ。
今までまともに会話をしたこともなければ最良の攻撃で即座に攻撃されていたのでわからなかった。だから誰もこいつの性格や能力の範囲も計測することはできなかったのだ。
しかし今、この状況において相手が“やり直し”をしているのであればいくらか想像はつく。
時神から話しかけた場合のリアクションは強くとっても大丈夫だと俺は判断した。
だから俺は今からそこそこ強く煽っていこうと思っていたところだったのだ。
特に学校のくだりとしては「学校とはつまり精神的にまだまだ未成熟な子供達が集まって集団生活を行なうことでその相互間における違いや固定観念の違いを学び取る場所である。教育とはそれに順じてみんな同じ学問を受けてその結果の差を感じ、自分の中で消化してくことにある。学業自体は大切だがそちらは教養の一環なので少し違うが。お前は長い間を生きてきているようだが相手を尊び敬うことはしてきたか? いいやしてこなかっただろう。お前は他人を見下している。ごく自然にな。その能力を使うことをためらったことなどありはしない。自分の主観だけが大切でありそれ以外はどうでもいいと思っている。お前は所詮はその程度だ。そう、まさにまともな教育を受けてこなかった証だな。道徳観と倫理観の欠如したお前はまともな教育を受けたと認識できるのかな、ああん?」くらいは言っただろう。
細かいところまでいっしょかどうかわからないが、遮られなければ概ねこんな感じで口を開いたはずだ。さすがに二度も聞きたくはないだろう。
そしてそう言われて“やり直し”をしているのであればやつの精神状態も納得がいくものになる。
念のためにもう一回やってみるか。
ただ無駄話をする前提で会話を始めて「学校とは」で行こう。
「西新宿にある脱法ソープがあってな。奴隷娼館って名前のソープなんだが――」
「お前、本気で黙れよ」
おっとまずい、かなりご立腹なのか目が据わっている。
今にも思い切りぶん殴られそうだ。
しかし殴ってこないな。
やっぱり姉がいるからか。
姉は無敵だからな。時間を止めて攻撃したところで効果があるのか怪しい。
だが俺は時間停止させて細切れにしたら死ぬと思うんだが……なぜやらないのか。
やはりリキマルと姉の存在が大きいのかもしれない。
現在リキマルは結界の構成を行なっているはずだ。俺の思考を読んでいるのであればそれが最優先である。そして俺の隣には姉がいる。近接戦闘において姉は他の追随を許さないほど優れている。ついでにいえば能力を発揮している状態は時間が停止していてもなんの問題もないはずだ。空間が歪んでいる状態で手を出せるほどではないだろう。この状況で俺と姉を即死させないのはつまりそれが「できない」からだ。実力的に不可能なのか何らかの理由があるのかはわからないが、それは事実だ。
俺が時神とまともに話すのが初めてであるように、時神も俺とまともに話すことは初めて――とは言わないがこの流れならかなり少ないのだろう。わざわざ俺の死亡条件を、またはそれに類する何かを知るために時神が俺と同じ土俵に上がっているのだ。せせこましい。
俺は確信する。
追い詰められているのは時神だ。
まだ鼻で笑える程度しか追い詰められていなくても、時神はそれを精神的重圧としているのは間違いない。
長い時を生きている神かもしれないが、その中身は有利な条件でしか物事が行なえないただの弱者だ。駆け引きもできなければ、そう、戦闘すら行なえないのかもしれない。隠れたところから一方的に惨殺するだけの力しか持っていない臆病者だ。
おそらく痛みにも弱く、異能力が使えなくなればただの弱者に成り下がる。
止めの条件が決定する。
物理的に封鎖した場所で“完全無効化”で倒せるはずだ。異能変質が終了した肉体の場合は単純な肉体性能差で圧倒されるかもしれないが、やり直しや時間停止されるよりははるかに良い。
今回はまだ倒せない。
念入りに準備してから、絶対に気取られないように綿密に罠に嵌めなくてはいけない。
目下、俺の最優先事項は――今をしのぐこと。
生き延びることだ。
「悪かったよ。冗談だ。だがさっきも言ったように、リキマルがいれば俺が死ぬことはない。俺の連続性がないし再構成されたものが俺と同一なのかと聞かれると不明だがな。一種のスワンプマンだ。だが俺と同じ能力は有しているだろうよ」
煽った後は丁寧に対応して怒りのゲージを引き下げておく。
煽るなら相手を冷ますための対応は必須すきるだ。煽りとは回数と持続だ。瞬間的な沸騰具合ではない。
「確かにそうだね。君の模造品がつくられるのは避けたいね。あまり不快なことをしないで貰えるかな」
時神は俺の応対に納得すると多少は溜飲を下げた。
わかりやすく表情がいつもの鼻で笑っているようなそれに戻る。
俺が相手の能力に気づいたことを知られてはならない。
そして、仮にこの思考が相手にバレていたとしてもそれを相手に聞いてはいけない。
この二つは肝に銘じておく。
あとは手加減をせずに全力で戦って時神に撤退してもらうだけだ。
誰も死なないのが理想だ。
おそらく撤退用の種は蒔かれているはず。
俺は姉に戦闘状態になるよう促した。




