2-32 時神①
多少のふらつきはあるが行動を起こすのに問題はない。
俺は傷を癒しながら時神の出方を伺う。
時神は学生服を模したようなシャツとズボンだ。茶色のコートのせいでよく観察することは出来ないが、貧弱な高校生がコートと日本刀を持っていきがっているようにも感じる。そうとしか見えない。
だがこいつがただの高校生ではないことはわかりきっている。
「ヤッパで斬って死ぬとかどんな前時代的な人間を想定しているんだよ」
もちろんそんなことはないはずだ。
斬ったら死ぬ。あの刀にも何かしらの属性が塗布されていただろう。呪殺や物理毒辺りが一般的だ。どちらも種類は豊富すぎて系統樹の末端が頭おかしいことになっているが、その基礎バリエーションは出尽くしているので現在では逆に対策が取りやすい。センセーショナルな天才が新しいタイプの毒を生み出さない限りほとんどの第四位階異能者は即座に無効化できるだろう。
もちろん出力やエネルギーにものを言わせて分解や解毒をさせないタイプもありはするが、そんなことするくらいなら同じ力で相手の体の半分を削ったほうが早い。
ほぼ反射や自動的な防御抵抗でほとんどの無効化を一瞬で使用してしまったので時神が使用した毒の効果はわからない。だが無効化できたということは現代でも知られているタイプの呪いか毒なのだろう。
やつが俺の抵抗力を超えて俺の一撃必殺を成しえなかったということはつまり、この先、未来において新バリエーションが作成できなかったのか、それとも即時展開できるようなそれは存在していないのだろう。仮にも時間を操る神だ。それくらいできて当然と考えるべきだ。
「なるほどね。まあこれくらいわかっていたさ」
人を小馬鹿にしたような鼻から抜けたような声が癇に障る。
一番むかつくのは右手に持ったその手に剣のタコが見られないことだが、そして左手にも、雑に握ったその柄をふらふらと揺らしている。剣術では俺のほうが強いと判断できる材料だ。
しかし先ほど刺突され、斬り上げられたそれは見事といわざるをえない攻撃だった。通常の異能者ならあの時点でバッドエンド一直線だ。俺くらい肉体損傷をシカトできるやつはみたことがないので、時神の行なった俺への止めは何も間違っていない。本来ならあのまま頭を割られて死亡している。呪殺や物理毒なんか二の次だ。確実と言っていい技術錬度だった。俺が致命傷を回避できたのはもしかしたら運が良かった。さすがに日常生活で同じことをやられたら斬られていたかもしれない。ここで、こうやって、ボロボロになっていたので即時対応が取れた。そう考え、感じるべきだ。
さて、どうするべきか。
「驚いたな。まさか小さい子をかどわかすとは。それとも大人は怖くて小さい子にしか声をかけられないのか?」
俺は時神に対して適当な暴言を吐いておく。
俺の失態でこいつを殺す手順を違えることはできない。今の段階でこいつを殺す方法はリキマルといっしょに考えてあるのだ。
怒りや恐怖を隠しつつ適度に煽ってみる。長く生きているようなので煽り耐性が高そうな部分に肩パンをする作戦だ。ついでに情報も聞ければ御の字だがここまでは虫が良すぎるだろうか。
「……君の姉は子供じゃないと思うんだけど」
「リアムのことだよ」
「なおのことだろ」
時神は明確に不機嫌そうな表情をする。
手の動きが止まり、右手でしっかりと刀を握った。今にも攻撃してきそうなほどだ。
いや、そんなことよりも、
…………もしかして思ったよりも煽り耐性が低い?
恐ろしくあっさりと情報が引き出せた。
姉に何かを吹き込んだのもリアムへの関与も認めてしまった。
もちろん俺の言葉にただ反応しただけかもしれないが、それにしても姉はともかくこいつにリアムとの接点はない。それにも関わらずリアムの正体を知っているような発言でもある。
俺としてはもっとシラを切り続けられてこっちが煽られると思っていたのだが。
もしかしてこいつ、本当に馬鹿なのか……?
今まで思いつくこともなかった考えが浮かぶ。
常識で考えるなら「時間=力の増大」だ。特に異能者にはそれが顕著に現れる。努力を重ねたら重ねただけ強くなるのだ。普通はしっかりと訓練を行なって力をつける。
時神のその力も当然に努力で獲得したものだと思っていた。
しかし、これが先天性の能力なら?
先天性の能力に時間の向こう側から知覚されない攻撃を行えるだけなら?
いや、もっと考えられることもある。
やつは見た目通りの年齢で、過去や未来へ跳んでいるだけの時間能力者という可能性だって出てきた。
時間使いが不老不死でないなんて、完全不死はなくとも不老はあると勝手に認識していたのだが、もしかしたらそんなものはないのかもしれない。
だが落ち着け。
不老は高い確率で存在している。他の神に聞いて、時神の生きている時間は単純に数十年は使用されていることは確認した。不老はある。
努力する必要のない大きな力を持っているやつは努力するのだろうか?
この世界における異能者の常識としては「努力する」で確定なのだが、初期ステータスがあまりに強い場合はもしかしたらそんなものを必要と考えられなくなるのかもしれない。怠惰であり慢心だ。人類として致命的な欠陥だが、実力が伴っているなら問題にはならない。
よく考えろよ。
今、俺はやつの武器が喉に突きつけられたと同じ状況だ。
強力な力を持っただけの男がこの先はどう動くのか。
俺ならさっさと殺してしまうところだが……
「ところで聞きたいことがある」
時神が話しかけてきた。
やけにフランクだ。なんと良いのか、自分のやったことを全部忘れている上にお前と俺は敵同士であることも危うそうな声音だ。
説明の難しいほどの雑さがそこにはあった。
「どうやったら君は死ぬんだい?」
「脊椎でもぶった切ったらいいんじゃないスかね」
俺は雑に答える。
あまりに雑な反射でしゃべってしまったせいで相手からの反撃を危惧して背筋を寒いものが走った。
しかし反撃はなかった。
それどころか――
「――いや、嘘はやめてくれるかな。真面目な話なんだ」
やはり普通に話しかけてくる。
こいつ、何がしたいんだ?
薄ら寒いものを覚えながら時神への警戒を続ける。
むしろ昨日から警戒を解いたことなんかないが、それに加えてさらに強めたのだ。
「いいじゃなか。教えてくれたって」
「さすがに超質量体、例えばブラックホールぶつけられたら死ぬよ。バラバラに粉々に分解されてな。けどリキマルが俺を蘇生させてくれる可能性があるお前に俺は倒せないよ」
適当に返す。
あまりにテキトーすぎてちょっとまずい気もするが、相手が妙にこちらに寄ってくるような発言なので距離を取らなくてはならない。
いつものときみたいな、言いたいことだけ言ってこちらを煽って帰るような発言が消えてしまっている。いかにも怪物然とした雰囲気がどこにもない。
キモい――というか、きもちわるい。
こいつ何がしたいんだ。
というか、何でこいつ不意打ちだけで二発目がこないんだ……?
「どうやったら死ぬんだ?」
「そっくりそのまま返してやるよ」
「やはり頭部を潰せばいいというわけかな」
「力場で戦闘用の補助脳をつくって俺の意識や記憶を魂魄転写してバックアップをつくってるからまず死ぬことはないぞ」
こいつ阿呆か。
頭部を破壊されたら死ぬ。そうに決まっているだろ。
そりゃ確かに頭部をなくしても生きてるやつがいるだろうが、それは本当にレアだ。普通は頭部をなくしたら思考も発言も出来ない。状況を観測できないから努力の方向が定まりにくいし、そもそも完全な形に戻せない場合もある。そうなるとお終いだ。記憶欠損でどうなることやら。
別に俺は不死身というわけではない。
ついでに死んだことがないので、そもそも本当に頭部が潰れたら死ぬのかもわからない。
この手の問いかけはナンセンスであるのだが、時神は本当にわかっていないのだろうか。
それとも、何か狙っているのか?
時間をかければかけるほど得をするのは俺だ。
まず、リキマルがやってくる。時神と会えば時神の能力を奪うことが出来る。それを使って時神にチェックメイトをかける技をいくつか考えている。つまり出来るかどうかはさておいて俺が有利だ。
時神の仲間がくるのだろうか?
残念ながらこの結界が維持されている間は誰も入ってこられない。破壊する可能性もあるがそれにしても外と連絡が取れない。いや、時神なら細かい時間設定を行なって細緻なタイミングで仲間と、下手をすると外で明日のこいつがいたり、そもそも時を戻して――
――そのとき、衝撃が走った。
まさかこいつ、今が“やり直し”の最中なのかッ!?




