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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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2-28 時間とか空間とか操るやつにろくなやつがいない⑧

 世界が浮いたと勘違いするほど空中で縫いとめられる。

 次の瞬間にはどこかに投げ出されているかのように凄まじい圧力がかかった。

 一方向へ吹き飛ばされているのではない。上半身は右へ、下半身は左へ、同時に天地にかかる引力で体を捻られる。どれが風でどれが衝撃波でどれが重力なのかもわからない。


 この姉の威力で崩壊した範囲から不自然な点を探してみるが特に見当たらない。

 少なくとも半径数十メートルでにそれらしい痕跡は見られないので、やはり離れた場所にいるのだろう。今の姉に近づいていると確実にダメージを負うことになるのでそれはわかる。そこは期待していなかった。

 やはり安全な場所から指示しているのだろう。


 とはいえ、そもそも仮に黒幕がいるとしてこの結界内にいるかどうかも曖昧な部分といえる。

 可能性で言うのであればかなり高い。

 結界を張った後に何かしら妄言でそそのかされていると見える部分もあったのだ。もしもいるのであればこの結界の中に確実にいる。


 俺は姉の攻撃を辛く避けながら、黒幕がいてもおかしくない場所に攻撃を仕掛けていく。そして俺も濃霧ディープミストを使用しながら状況を把握、そして判断していく。


 薄っすらとした白い水蒸気のような水が拡散していった。

 俺が使っている濃霧だ。

 本来は濃霧フォグと呼ばれる異能であり視覚を遮るために使うものだ。

 しかし俺が式を変化させて使っているのは空気中に水を撒いて、その動きを観測して相手の攻撃を予測する異能となっている。特定の方向へと進む濃霧ディープミストはその中で少しでも物体が動けばすぐにわかる。煙の中を突っ切ったら煙が進行方向へと移動したり押されて拡散していくようなものだ。それをほとんど気に留めないレベルまで透明化させた水の拡散が“濃霧ディープミスト”だ。

 基本的にこの異能を使っていることはバレない。

 バレないように使っているということもあるが、そもそも観測するための遠見クレアボヤンスがメインなので知られることは少ない。


 だが今回戦っている相手には濃霧ディープミストの用途をバラしておいた。

 バラしはしたが、先も言ったように遠見のほうがメインなのでまずそのカラクリはわからない。

 俺が口にした言葉だけではすべてが判断できるようなものじゃない。

 あの言葉だけではたかが霧を探査に使うものだと判別できないだろう。

 普通は俺の姿や攻撃アプローチを隠蔽するものだと思うはずだ。


 それでもわかっているのであれば、それは俺が過去に会った事があるやつに限ることになる。


 濃霧の探査範囲に引っかかったらそいつはご新規様で、裏に誰かがついている。

 濃霧の探索範囲に最後まで引っかからないのであれば、そいつは俺が会った事あるやつだ。


 前者なら正攻法で力押しで勝てるだろう。ただし捕まえて話を聞く必要がある。

 後者なら全力で殺すつもりでねじ伏せればいい。話を聞く必要はない。

 姉は兄がくるまで時間を稼げばいいだけの話だ。それでなんとかなる。


 最終的に解決する方法で攻めればいい。

 今は引っ叩いて正気に戻すのが先決だ。

 間違えてはいけない。


 そもそもこの希少状態になれる姉の異能を知っており、その姉を操っている。つまり相手は俺を――俺達を知っているのは間違いない。

 この状態の姉でも本気を出せば隣接した都道府県の三つくらいは平らにできる。

 その異能を持つ姉を――氷上一美をほしがっているのか。

 三つの県を潰したいのか。

 日守家の株を下落させたいのか。

 姉そのものが邪魔なのか。

 そして……可能性としてはわりと低いとは思うんだが、“俺を殺したい”のか。

 目的はこの辺りだろう。

 兄への嫌がらせも可能性としてなくはないだろうが、それなら俺の場所に兄を置くほうがいい。俺が死ねば兄は本気を出すだろう。一対一でやればまだどこか甘いはずだ。


 姉の手を避ける。


 そこにあるだけで超音速の衝撃波が発生する。

 光もないのに光っていると錯覚している頭を叩いて治し、リキマルから送られる俺の姿から次に回避する場所に巨大腕ラージアームで引き寄せて回避する。

 まるでお人形遊びだ。

 誰かが俺を掴んで相手の接触を避けている。

 誰かとは、俺であるのがなんとも口の端を歪める理由になった。


 鳴き声としか呼べない声が響く。

 姉の声なのか、破壊の圧が空気に干渉して鳴り響いているのか。

 どちらにせよ俺の死を掴もうとしているのは間違いない。

 意図的なものではないと信じてはいる。

 だが、姉はおっちょこちょいだから力を入れすぎてしまい、貧弱な俺が死ぬこともある。


 姉の右手が俺を掴もうと右から左に、ただそれだけ移動する。

 俺は三メートルほど空間を作り、できるだけ防御を使用して巨大腕に引きずられるように後方へ跳ぶ。


 ただそれだけで体の前面から血が噴出す。いくらか肉が持っていかれるのをその都度で癒しながら姉の後方と両脇を中心に矢を放って攻撃する。攻撃するとは言ったが何もない場所に撃ち込んでいるも同然なので残った森の欠片を潰していく。それから姉の不可侵領域に入ったものはあっさりと砕け散った。


 かなり丁寧に姉の付近を舐めるように攻撃しているが、どうやら何もないようだ。

 無効化されている雰囲気もなければそこに何かがいるような筋も見えない。

 別空間に隠れている可能性が最も高いが、それだって特定の攻撃を放てば異常を感じられる。そうなると話は早い。こちらの空間に引きずり出すことは難しくない。


 だがその気配がまるでないのを見ると、姉の近くにいるわけではないと推測できる。


 まず、好き好んでこの状態の姉の隣にいようとは思わない。

 これは当初の考えの通りだ。

 だがいれば即座に姉の破壊力に巻き込んで世界とミックスできるので一応で行なわない手はない。多少の時間を使ったが有意義ではある。


 すでに俺は立てないので巨大腕や他の力場を併用して外面だけはしっかりと保っていると見せかけている。だが見せ掛けすら、たぶん無理だろう。明らかに肉体の損傷が酷い。まったく治癒が追いついていない。すぐ死ぬというようなものではないが、このままだと五分くらいで死ぬことになる。

 だが脱兎の如く逃走を始めると姉はその脚力を存分に活かして追いかけてくるだろう。そうなると確実に捕まえられる。そして潰される。

 こうやって手が届くかどうかの場所で無意味に手を振らせているのが最適の解答だ。


 ふと、遠くから濃霧ディープミストがこちらまで溢れてくる。

 俺の濃霧じゃない。リキマルが使用したものだ。

 リキマルから情報が送られてくる。

 まず俺の予想と違う部分がある。森を縦十六横十六で分けたマスとして地図を整理したが、管理のしやすさと予定の結界よりも狭くなったことから八×八になっている。かなり狭い。本当に黒幕を捕らえられているのか心配になる狭さだ。

 現在、八×八の東側の半分は既に濃霧が撒かれている。これはフォグとディープミスト、どちらもだ。現在森の東はまったく視界が利かない状態であるらしい。これは俺の指示じゃない。リキマルが俺の作戦を補強しているようだ。俺の発言をある程度取り繕うように自分で考えて行動している。本来の無色であるディープミストを悟られないようにしているようだ。

 続いて西側であるこちらだ。

 俺と姉がいるのは西の端、そのひとつ下のエリア一五イチゴだ。端の端と言ってもおかしくない場所であるがそこまでディープミストが散布されているということは、かなりの速度で広がっている。

 おかしい、と思ったが理由がわかった。

 東半分はほとんど後回しであるらしい。フォグを散布し終わった後は手付かずで遠見すら配置していないようだ。かなり杜撰なフェイクであるがないよりはマシだろう。


 もしかしたら俺のやったことよりも効果があるかもしれない。

 現在、俺は潜水艦ゲームの要領で相手を探している。

 相手がずっと黙っていたらもしかしたら見つからない可能性もあるが、基本的に時間をかければ見つかるであろう作戦だ。

 相手が俺の作戦を知らなければ即座に居場所が判明する。

 だが現在を持ってしても見つかっていない。

 なら俺の作戦を知らずに無効化しているのか、それとも知っていて無効化しているのか。


 知らない場合なら別空間にいる可能性がもっとも高い。

 この状態で俺が姉に殺されるまで動かない場合が俺が死ぬ可能性が一番高い。

 これは王手がかかっている上にどうしようもないので考えないことにする。

 これに対処する方法は今のところ思いつかない。こういうのがいい。余計な考え事や心配事を減らせる。


 そして知っている場合だ。

 俺の濃霧を知っていてこれを避けているのであれば、リキマルが作り出した濃霧からできるだけ離れるだろう。別空間に引きこもっていてもいいかもしれないが、不測の事態になったときに自分の居場所が露見してしまう。

 そうなるなら現在は濃霧のない北西へと移動するだろう。

 そこであればいろいろ対応しやすい。


 もちろん都合の良い考えであるが、ここまでやってきたやつがわざわざ濃霧の中に潜るとも思えない。姉を確保したいにせよ、俺を殺したいにせよ、日守家にダメージを与えたいにせよ、このまま俺が解決してしまったら話が終わってしまう。

 それは嫌だろう。ここまでお膳立てしてきたんだ。詰めの一手は持っていると考えるのが普通だ。

 ここまで姿を隠しているのだからできるだけ見つからないようにもしたいだろう。わざわざ監視カメラの真ん中にいる必要もない。


 リキマルのやつ、なかなか考えている。

 もちろん相手に何かしら別の作戦を取らせる余裕にも繋がりかねないが、その辺りの対処は行ないやすい。俺が最初に言ったように全力で物事をやらせていると臨機応変に対処しにくい。


 目の前が爆発する。


 地面に叩きつけられる。

 特に痛みはない。

 生命維持に全力を注ぎつつ、やはり濃霧と矢を使い続ける。

 それっぽい遠くの場所を狙撃し続けるが手応えがない。北西側だけでなく、東側の濃霧にも矢を落として無差別攻撃を装いながら北西の中から敵のいそうな場所を絞り込んでいく。


 ふと、姉の攻撃がこない。

 次の姉の動作を待ってから行動しようと思ったが、攻撃がこないのだ。


 ありがたい話であるが不気味だ。

 また何かそそのかされているのだろうか。

 それとも何かを感じているのだろうか。

 俺は遠見で状況をつぶさに観察する。

 残念ながら特に変わりはない。

 やはり姉がただ立ち止まっただけに思える。


 三十秒。

 生命維持レベルの治癒が終了する。これから肉体の修復に入る。


 突然、俺の体がびくんっ、と跳ねた。

 意図したものじゃない。偶然だ。治療している神経が気に障ったのか全身が一度だけ跳ねたのだ。


 まずい。

 姉を刺激したのではないか。


 そう思ったが姉は特に何かを――


 悲しそうな鳴き声が上がる。

 姉が一歩、退いた。


 助走からのパンチだろうか。

 さすがにそれは防ぎきれない。

 万事休すといえる。

 最後の手段として鉄食いを全開放して大量の金属を壁にする方法が残っている。だが反対側にいる俺に破壊された金属が散弾となって降り注ぐ可能性が高いのでもう少し治療に専念しなくてはならない。


 まだ、あと五分はいける。


 リキマルならその間に黒幕を見つけられるだろう。

 結界を張るという無駄がなければもうとっくに見つけ出せていてもおかしくない。

 それだけの性能を誇る最強の異能者だ。

 俺が「全員で帰る」などという寝言を言っているせいでかなり雑な扱いになっているが、それでも優秀であることに違いはない。

 リキマルなら姉と対等に戦えるかもしれないが、その場合、俺がいるかもしれない誰かを見つけるにはあまりにも時間がかかりすぎる。それに結界も張れない。


 それは全力の俺であっても変わらない。


 俺は相手の後ろから撃つことだけに特化した異能者だ。

 こういう補助を行ないながら並行作業をするのに向いていない。


 だから体を張るくらいしかできないわけだ。

 実際、あと五分経過したらさっさとリキマルを呼んで俺の治癒が済むまで守ってもらうという男としてかなり悲しいことを考えている。


 だから――――


 俺の目の前に誰かが立った。


 遠見を通して姉を見ているので高度が違い、最初はその陰だけしか確認できず焦った。

 誰でもない。

 リキマルが俺の前に立っていた。


 リキマル、ここは任せて敵を探せ。


 そう言おうとしたが言葉が出ない

 喉が破損していて声がでないのだ。そもそも肺も潰れていて息も吸い込めないのでどちらにせよ声が出せない。

 だが通じてはいるだろう。

 俺の思考を常に読んでいるのだから。


 リキマル、あと五分なら持つ。それまでに――


「嫌です」


 リキマルの明確な否定が帰ってきた。

 その響く言葉に全壊して存在しない胸が詰まる。


「私は、ここから動きません」


 はっきりとした意思のある声だ。

 今までのような誰かの借り物の考えや言葉じゃない。


「夫がここまでされて見ていることなんて、できません」


 凛とした姿で姉の前に立ちはだかる。

 一歩も退かないと態度で示しており、俺の声は届かないようだ。


 リキマルの発言が気になり俺は遠見で自分と視線を合わせた。

 合わなかった。

 というか、微動しない。左の眼球と顔面が削られてなくなっている。顎が砕かれてだらりとぶら下がっている。

 砕けた地面のへこみにゆったりと腰をかけているように見えないこともない。

 しかし左足は雑巾のように絞られてしっかりと血抜きされているし、右足は膝下がなくなっている。腹なんか悲惨なものでふくの端から潰されて汁となった内臓が漏れていた。両手はあらぬところに投げ出されて関節が二つ増えている。そんな状態で薄手の室内着が血汁で濡れてぺたりと張り付いているのが滑稽に映った。


 一言で現すなら、そこには“死体”があった。


 とはいえ、巨大腕や利き腕はなどの力場は楽勝で使用可能であるし、治癒も問題ないく進んでいる。人類の例外のような様相であるが、死体に見え、そこから回復するだけよそ様よりはとてもおりこうな順手で回復していっている。


 数値といえばいいのか、反応による破損状況に対する生命維持活動と肉体動作に必要な部位の治癒を行なっていたのでここまで凄まじい状態だとは思わなかった。

 だがそれを踏まえてこう言わせて貰う。


 リキマル、あと五分は持つ。早く探せ。


「嫌です」


 そこには怒りでも悲しみもない。

 ただやるべきことが決まっただけの、ごく普通の日守一族の人間の姿があった。


 リキマルが姉に向かって歩き出す。



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