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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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2-26 時間とか空間とか操るやつにろくなやつがいない⑥

 最初の安定してない瞬間が一番危険だ。俺はリキマルの後方をカバーするように跳ぶと距離を取った。


 俺が離れたからか、姉が俺に近づいてくる。

 手を伸ばして俺を捕まえるようにふんわりと手を投げる。


 予想していたそれを俺はさらに退いて回避した。

 俺のいた空間、そして地面が抉られた。

 抉られた地面は中空に浮かび張りつけにされるように潰れている。


 対姉用の異能を使う。

 自分と、周りに。分解のようなもので、姉の能力を中和するための技だ。

 これは姉に対する攻撃や防御として使うものではない。姉が使う能力で辺りの被害が大きくなるのでその中和剤としてつくったものだ。

 焼け石に水のようなものだが十分な距離を取って使えば問題はない。


 さらに距離を取る。

 姉が近づく。


 姉の異能が安定してきた。

 姉を中心に空間が歪む。少しずつ動くたびに粘度のある透明の水の中にいるように、ゆらりゆらりと揺らぎが映る。姉が一歩を踏み出すと地面が姉の方向へと潰れて、そして時間をかけて蒸発していく。強力な熱と重力が発生しているんだろうと予測している。

 中和が利いているはずなのだが、まったく効果がないように思えるほどだ。

 だが使用を中止することは絶対にない。


 姉の異能である「重量オスミウム」だ。


 自分の重量をどこまでも上げることができる異能でただそれだけで殴れば強い能力だ。

 ワークミッツが数十トンであるのに対して姉はただ立っているだけで強い重力と圧力、強力な熱線を発するレベルで密度が高まる。もしかしたら中性子線かもしれない。また正式な重さは不明だ。とにかく地上で使用するような能力ではないために本気で行なうことはまずない。

 まずないのだが……


 姉の周りが崩壊していく。

 熱の発生によって空間が歪んでいる。重力が発生しているのかどうかわからないが辺りのものが触れてもいないのに破壊されて中空に浮き上がっている。あまりに被害が大きすぎるのでまともに使用するなと言明した理由がここにはあった。


 もともとは自分の体積を変えずに重量だけ上昇していく異能だったのだが、いつのまにか姉のレベル上昇によってこんなことになってしまった。


 半分ほどは物理法則に従っているが、もう半分は姉の感覚に左右される。以前、効果範囲を計測したときは半径五キロメートルほどでぷっつりと切れていた。下方にあったはずの海の割れ方から考えて球形だったのだろう。

 どこからどこまでが物理法則に従っているのかわからないので、迂闊に手を出すと酷い目にあうだろう。


 俺と姉の距離は三十メートルほど離れているがそれでも余裕で人間が死ぬレベルの熱線暴風圧力が発生している。姉が軽く手を伸ばせばその先まで攻撃の手が伸び、破壊と絶望の舌が何もかも舐め取っていくだろう。


「う、うあ、うあああ……」


 俺に手を投げつけながら姉は追ってくる。

 その姿はさながら幽鬼か。苦しいはずなのに苦しさを理解できていない亡者のような表情だ。


「雅弓、雅弓ぃ!!」


 がむしゃらに手を振るい続ける。

 圧搾されているのか、なんなのか、とにかく辺りのものすべてが分解されていく。ありえないほどの攻撃力だ。いくら俺でも直撃を受けたら死ぬ。確実に死ぬ。


 またこの姉の異能は分解ができない。


 ……いや、できないことはない。

 できないことはないのだが、あまりに効果が薄い。

 姉の使う出力が膨大すぎて俺程度では分解できないのだ。リキマルが全力を出してもできるかどうかわからない。二人いればなんとか対処できないこともないのだが、どちらにせよリキマルは結界を張ってもらわなければこの辺り一体が消し飛ぶので張ってもらわないと困る。


 あと兄がいればまったく問題がなかったのだが、ないものねだりをしてもしかたない。

 タイミングが悪い。

 この状況に気づいて戻ってきても結界を張っている最中は入ってこられないので当てにはできない。どんな結界でも破壊して入ってこられなくはない珍しい異能の持ち主なのだが、結界を壊されると本気で困るので止めてほしい。そして兄なら無理に入ってくることはない。

 兄が内部の状況に気づいて状況を把握し、数秒単位で解決したら問題はないが、そんな厳しいことを他者に求めるほど俺も杜撰な男ではないとしている。


 手が出せない。


 本来なら殴ってでもおとなしくさせたいところであるが、俺の能力で姉のこの物理障害を越える手段がない。対異能用の防御術も同時に使われているのでまともな手段では姉の肉体に触れることすらかなわないだろう。

 そもそも殴るつもりもない。

 見えない手が俺を捕まえようとしているがあれはまだ優しいほうだ。

 現在の姉が近づいて全力でパンチをしようものなら分子分解を起こすのではないだろうか。起こさなかったとしても確実に相手は死ぬだろう。それこそ空間系の能力で不干渉を貫いていなければ。

 ……あと少し、数日くらい時間があれば対時神用の防御無効化術として「当たっている矢」を相手に直接生成することが可能だと思うのだが、そもそも姉に攻撃するつもりはないし、たぶん効かない。


「姉さん! 落ち着いて!!」


 まるで俺のためにあつらえたかのような状態に変な笑いが生まれる。

 ほんの少し前までこの状況をなんとかできる連中が多かったはずだが、今では俺ひとりだけだ。御剣理昇でもいれば俺と掛け合わせて強力な防御が可能だっただろうし、ワークミッツでもいれば俺の補助で姉を止めることも可能だったかもしれない。そもそもリアムがいれば、子供に無様な姿を晒さないように姉は我慢していた可能性もある。というか、あの三人が死んでしまったことで精神的な耐久力が減ったのはわかる。

 ついでにいえば兄もいなくなったので、心の内の不安が露出しやすくなっていた。


 で、あれだ。

 俺の結婚話だ。


 姉が俺が結婚している事実のどこに精神を掻き乱されたのかわからないが、全部集まってこの状況になったのは想像に難くない。

 というか、家でやられなくてよかった。

 さすがに辺りに民家がない、この土地だからこそこうやって精神のタガが外れたのだろうが……どちらにせよやってほしくはない。


 姉が手を伸ばす。

 先ほどよりも速く、姉が手を伸ばしてきた。


 紙一重とはいかない。

 姉の擬似腕が近づくと体の肉が持っていかれるような激痛が走る。そこそこ大きく避けてもこれはなくならない。直撃したら肉ごと抉られるだろう。触っても抉られるかもしれない。


「雅弓、雅弓……」


 いつしかがむしゃらに手を伸ばしてくる。

 姉が何をしたいのかわからないが、どちらにせよ当たれば怪我じゃ済まないだろう。おそらく俺に危害を加えるつもりはない、と信じたいが、現状から推測される結果は明確な俺の死亡だ。

 俺が死ぬと何かの間違いで姉とリキマルが怪獣大決戦をする可能性があるので死ぬわけにもいかない。


 ……リキマルの結界構築まで最低でもあと五分ほどある。

 ひとまずはその時間まで逃げなくてはならない。


 そして説得を続ける。


「姉さん! 結婚のことを黙っていたのは謝る!! だが理由を聞いてくれ!! あのときは――って、もしかして聞こえてないのか!!」


 姉のいる中心がどういうことになっているのかわからないがおおよそまともな空間ではないだろう。もしかしたらこちらと見えてる世界が違う可能性がある。少なくともこっちは陽炎のように揺らめいているのだから、向こうからも多少なりとも違っていてしかるべきだ。


 いくつか相手に意思を届かせる手段を使ってみる。

 声量、テレパシー、文字……以上!

 あとは程度の差はあれどれもいっしょだ。

 それでもと説得を続けてみるが、どうにも届かない。

 前に能力を使用しているときはどれも成功して意思疎通が可能だったのだが、まるで誰かに邪魔されているのようにまったく届いている節がない。

 幻覚や意識障害でも受けているのではないかと疑うレベルだ。


 しかたなく巨大腕ラージアームを構築して姉の手を受け止める。


 ぼちゅ、あまり聞き慣れない音と共にバラバラに潰された。

 聞き慣れないどころか自分の腕でははじめての経験だ。すげー痛いが我慢できなくはない。もう一度アプローチを試みる。今度は今の姉の力に対応させて装甲や防御や分解やら何でも詰め込んだ。巨大腕だ。


 ばきっ、ぼちゅ――


 一瞬だけは抵抗したが、やはりコミカルな音を立てて潰れた。

 少し背筋が寒くなる。

 これはまずい。避ける以外に俺の手段がないようだ。

 触られれば死ぬ。


 さらに姉の出力が強くなったのか、姉の姿がさらに強く揺らぎ始めた。空間に浮かぶ二次元のイラストのように波紋を広げて膨張と収縮を行なっている。辛うじて姉の姿に見えはする。

 まさか光まで吸い込んでいるわけではなさそうだが、光の屈折率がところどころ妙なことになっているようだ。まだなんとかなるれべるではあるが、そのうち姉の姿が一次元人みたいになってしまったらさすがに攻撃を避けるのは辛くなりそうだ。


 姉の色があるとする。

 その絵の具をぐちゃぐちゃに潰した、ドロドロの人影。

 そんな亡者の姿がぶるぶると大きく震えながら薄っすらと見える白く大きな腕を振り回している。

 具体的な形はまったくわからない。

 しかしその巨大なドロドロは二階建ての家屋に匹敵するほどの大きさを映している。


 誰がどうみても魔王オーサーに見えるだろう。


 だん、と背中に何かがぶつかった。


 見れば、何もない。

 何もない空間なのに、何か見えない壁があるかのように向こう側へと後退するのを遮られた。


 え、嘘だろ、結界ギリギリまで来てしまったのか!?


 二キロメートルは進んでいないはずだ。

 それなのに結界にぶつかってしまった。

 しかしいくらリキマルとはいえど二キロメートルの結界は難しかったか?

 いや、そうじゃない。何かイレギュラーがあったのだろうな。シミュレートではかなりの余力を残しての術だったはずだ。


 ただ、どちらにせよ、俺の危機は変わらない。


 すでに泡立つ鏡のような像になってしまった姉が俺の前を悠然と歩いてくる。

 俺が普段使っている足場を使っているのだろう。崩壊する地面の少し上を何事もないかのように踏みしめている。

 見ようによっては亡者の怨嗟のような姿と、低い断末魔のような熱嵐が辺りを焦がし始めていた。


 そして姉がまた、手を伸ばす。


 

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