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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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2-25 時間とか空間とか操るやつにろくなやつがいない⑤

 兄がつくってくれた灯りの道を進む。

 来たときのようにではなく、ゆっくりと歩いて進んでいた。

 特に理由はない。

 走ればさっさと街に戻れるが、急いで戻る必要もなかったというのが大きな理由なのだろう。


 あと、なんとなく時間がほしかった。


 四人の足音が響く。

 時折、ざくざくと多い草を踏みつける。そこそこ整備はされているが膝くらいまでは雑草が伸びているので本音を言えばあまり歩きたくない。空を歩いているほうが快適だろう。


「夕食、なんにするか」


 最初に口を開いたのは兄だった。

 今、思いついたと言わんばかりに偶然を装って声をあげる。

 そんなのどうでもいいとは思うが、あまり引きずるわけにもいかない。

 俺は少し考えて返答する。


「じゃあスパゲティがいいわさ。ケチャップの」


 俺の発言を塗るように姉が声をあげた。


「雅弓がつくるのが好きだわさ」


 姉は甘いのが好みだ。

 甘みの強いケチャップを買い置きしているのだが、俺はさらにナポリタンをつくるときソースに砂糖を混ぜている。それを煮詰めて焦がすようにソテーしているナポリタンを姉は好んでいる。

 それをつくれと言っているのだろう。

 姉からのナポリタンの注文は初めてだ。他の料理のリクエストはあるのだが。

 ……たぶん、リアムと何か約束していたのだろうか。


 いや、そういう無駄なことは考えるな。

 今回は偶然に魔王オーサーと関わっただけなのだから。


 そしてやはり状況的に魔王オーサーによる上位異能者の殺害確率が高い。

 いくらあんな状況とはいえ――どうでもいいか。


「いいよ。ピーマンはどのくらい火を通す?」


「ピーマン大好きだわさ! けど火を通すのはめんどう。だから入れなくていいわさ」


 適当なやり取りをする。

 姉が俺の隣にやってきて俺を見上げる。俺の顔を覗きこむ。逸らしたらそちらに回ってくる。俺の腕を思い切り掴んでこちらを振り向かせてきた。


 どうやら姉に心配されているようだ。


 多少は引きずるが、その程度だ。

 この状況で何かミスったことなどない。問題はないのだ。


 少し考え事をしているかのように思考が途切れ途切れになる。

 問題はない。


 急に携帯電話が鳴った。

 軽快な音楽が聞こえてくる。この音は兄の携帯電話の呼び出し音だ。

 後ろを歩いていた兄に視線が集中する。


 兄は歩きながらポケットから携帯電話を取り出した。


「はいはい、氷上だけど。ああ、どうしたんだ?」


 兄が電話の応対をしている。

 大豪邸に住んでいる幼馴染かと思ったのだがそうではないらしい。話し方が違う。そして本来聞いてはいけないとは思うのだが、相手の声がくぐもって聞こえる。何を言っているのかわからない。電話の相手も異能者なのだろう。


「うんうん……で、結局何が言いたいんだよ」


 相手は女だろうか。かなり煮え切らない会話をしているらしい。

 たかがそれだけで女と断定するのも酷い話だが個人的にはそう思う。

 だが、兄が女性に対してそんな言葉遣いをするとは思えないので、電話の相手は確実に男だ。しかも煮え切らないかなり女々しい男なのだろう。

 そんな分析を暇つぶしとして使う。


「雅弓、あとマシュマロが食べたいわさ!」


「帰りに買っていこう。あとクラッカーも買う?」


「ぜんりゅうふんのやつがいいわさ。噛むと甘くなるやつ」


「いいね。今日はそれで挟もう。マシュマロも外国産のバシッとした味のやつでやればクラッカーに負けないはずだ」


「いいね、だわさ。あの薬くさい味わいは癖になるわさ」


「じゃあ――」




「なにッ!! 本当かっ!!!」




 兄が突然大声を上げた。

 まさか間髪入れずに仕事でも入ったかと思ったがどうやらそうでもないらしい。

 後方で兄が前かがみになるように気合を入れた格好で電話に頷いている。サラリーマンみたいだ。


「わかった、今から行こう! どこにいる? 十分でそっちに行くから待ってろ!」


 電話が終わり兄が携帯電話を乱暴にポケットに詰め込む。

 そしてこちらを向いた。

 気持ち悪い笑みを浮かべている。


「雅弓、俺は一足先に帰らせてもらおう。どうやら同級生の友人が求婚するらしい」


「プロポーズって言えよ、そこはよ」


 お前が幼馴染にやるべきことだろ、とはさすがに言えなかった。

 あいつが姉になるのは……ちょっと、なんというか、そんな感じだ。


「とにかくその友人のフォローを頼まれた。今日はそいつの成り行きを見るから夕食は必要ない」


「さよけ」


 言ってからもっとポジティブな発言をしておけばよかったと思う。

 特にフォローを入れるような気分でもないし、恥の上塗りになりかねないので黙っておいた。


「じゃあ行ってくる。なんか周りの連中がどんどん結婚していくと焦りを覚えるな。雅弓も結婚しているしな」


「たった二組だろう。そこまで言うなら結婚するといい」


 俺の言葉をシカトすると兄はさっさと走っていってしまった。

 ……あとは誰が灯りをつけていくのだろうか。まず、俺か。


 兄の放置した異能を無理やり奪って引き継ぐと次の灯りを作成していく。

 特に考えずに作り出した灯りが兄のつくった灯りよりも出来が悪いことに気づくと、次からはそれよりはすごいやつを作ると心に決める。


 そして歩き始める。


「そうだ。ナポリタンのバタートーストは四枚切りの……?」


 話しかけて気づいたのだが、姉が歩いてきていない。


「姉さん?」


 振り返ると灯りに照らされて俯いている姉の姿があった。


「姉さん、何か見つけたの? そろそろ虫が出てくる時間だ。早く帰ろう」


 俺は姉に近づいて手を取ろうとした。


「雅弓は……」


 俺が手を伸ばそうとすると今までと調子が違う声色が聞こえた。

 驚いてしまい、手を伸ばすのをためらったほどだ。


「結婚、してる?」


 ……言われて気づくがというか思い出したが、俺は特に誰かに自分の結婚の話をしたことがない。

 だってもう何年前も前の話だし、そもそも俺も昨日までリキマルが生きていただなんて夢にも思っていなかった。誰かに話そうと思ってこともない。ヒカミの連中だってわざわざあのことを話すこともなかったはずだ。少なくとも俺の耳に入る範囲では聞いた事がない。両親は知っているだろうがわざわざ地雷を踏むこともないだろうし、その話題を避けてもいただろう。

 つまり、みんな意図的に情報を制限していたわけだ。

 気づくわけがない。


 もっと言えばあの結婚はまだ正式に継続しているのかもわからない。

 どちらにせよゆっくりでいいと思っていた。

 少なくとも対時神戦闘の技をリキマルと詰めてからあいつを追い詰めてから話すつもりではあった。今、具体化させたがいつ考えてもそういう結果にはなっただろう。

 リキマルがいるのであればあの馬鹿を殺すのは不可能ではない。

 だからそのことで昨日の夜はほとんど寝ずに話をしていたのだ。いくつか対応策としての技も作ってはみた。効果があるかどうかは試してみなくてはわからないが、やつの特性上として効果がなくてはおかしいものもある。というか結果は出す。


 どちらにせよ、言っていないのは確かなんだがな。


「結婚、してるの?」


「ああ、三年前から、一応な」


「――!? 三年も、前から」


 姉の瞳孔が開く。

 ちょっと怖い。


「リキマルとの婚儀もあげたんだけど、理由があってな。言えなかった。言う必要すらなかったからな」


 リキマルを呼んで隣に立たせる。

 俺の思考を読んで察してくれるのであまり声をかけなくてもいい。

 思えばわかる。

 そして隣にいても自然だ。

 仮にリキマルが俺の思考をいずれ読まなくなっても俺達はわかりあえると思う。

 それだけの意思疎通を取るだろう。


「隠していたわけじゃなかったんだが、改めて紹介する。コオリガミのリキマルだ。昨日で話した通りこれからはいっしょに住むことになる」


「よろしくお願いします。“姉さん”」


「!?」


 姉が大きく後ずさった。

 何かに怯えたような顔をして両手で自分を抱いている。


 ……いや、リキマルがしゃべるところは見たことがあると思うんだがな。ここ数時間ほとんど口を開いていないにしても、そこまで驚くことではないと思う。


 姉の大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。

 恐怖、悲哀、憤怒、愛情が混ざったような、姉の感情が空気に伝播している。


「姉さん? どうしたの」


 姉が一方的に恐怖を感じて泣いている姿は初めて見る。

 この状況は異常だ。

 だが理由がわからない。


「雅弓、一美のこと、嫌い?」


「嫌いじゃないけど……どうしたの急に」


 姉が何かを感じて泣いているのであるが、俺にはそれを何とかする手段がわからない。俺で何とかできるのかすらもわからない。


「一美のこと、好き?」


「まあ、好きだけど」


 本音を口にする。

 あまり言いたくない恥ずかしい答えであるが、真実は曲げられない。


「……じゃあ」


 姉が言葉を噛んで言い淀む。

 とても言いづらいことであるのか。


「じゃあ、リキマルよりも……一美が好き?」


「いや、それは……」


 真実で言えばどちらも好きだ。

 ただそれは種類が違う。

 姉弟愛として好きだ。しかも俺達は双子だ。一族として定められて生まれてきた双子であるので、その関係性も普通の双子としては比べ物にならない。幼い頃はいつもいっしょにいたし手を触れ合ってれば互いのことがいつもわかっていた。テレパシーやリーディングなんかいらなかった。それくらい俺達は仲が良い。それは今でも同じだ。

 強いて言えばいつの頃からか姉が兄に傾倒し始めたということだ。いつの頃だったか、小学生の頃にはすでに兄のことが好きであると公言していたはずだ。


 リキマルに関しては、幼いながらも人生を共に歩くための愛情だ。

 ほとんど未分化でこれから互いを認め合って過ごすための最初の一歩のままだ。姉と比べること自体が間違いであるほど小さいだろう。

 だがこれは今から時間をかけて育んでいくための大切な種だ。

 数値としてみるものではない。


「どちらも好きだ」


 俺の言葉を受けて姉は黙った。

 どうやらこの答えはお気に召さないらしい。

 しかも震えて揺れていた瞳がしっかりと意思で定まったようだ。


 地雷を踏み抜いたようだ。


 感情の漏れがなくなっていく。


「雅弓……この心をなんて言っていいかわからない。ただ、間違いないのは一美は雅弓が好き……」


 愛の告白……


 いや、姉からの愛の告白……とは思えない。

 これは世間一般で言うところの“愛の告白”ではないといえる。

 俺と姉の間に……氷上雅弓と氷上一美の間にそんな不自然なものはなかった。俺達は恋や愛なんかなく生活してきた。誰でもない。姉だからわかる。俺達の間にそんな不純なものはなかった。

 おそらく姉は言葉を間違えている。


 ただ確実なのは――


「リキマル全力で結界を張れ! 姉さんを中心に半径二キロ! 姉の相手はしばらく俺がする! 対時神用の隔離結界だ!!」


 ――姉の異能が発動しているということだけだ。


「雅弓……」


 姉の音と共に世界が音を立てて曲がっていく。


 戦う必要のないものと戦闘状態に入ってしまった。


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