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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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2-22 時間とか空間とか操るやつにろくなやつがいない②

「っ……待て待て待て! 意味がわからん!!」


「なあ、なんで俺を助けてくれなかったんだよ!!」


 御剣理昇が俺の肩を揺さぶりながら聞いてくる。

 いきなり話が変わった。頼むから順を追って説明して欲しい。


「だから、今は御剣ルウの話だろ!」


「だからだ! なんで俺を助けてくれなかったんだ! そしたら、俺は、俺は……ッッ」


 思い切り殴りつけて理路整然とした話をさせたいところであるが、先ほどリキマルがぶん殴ったばかりだ。むしろ悪くなる可能性がある。あまりやりたくはない。


「御剣理昇! 落ち着いてくれ! その記録の中の俺は何をしたんだ!! 何をしたから御剣ルウがどうなったんだ!! このままでは推測も何もできない!!」


 はっとした表情で御剣理昇が一瞬だけ固まる。

 そして俺に顔をぐっと近づけた。


「お前は、俺に、勇気をくれた。お前は勇者だった。強く、気高く、諦めず、誰もがお前の背中を見るように、常に先陣を切って歩いた。走った。正しく、間違えず、敗北をも乗り越えた。誰もがお前の生き方に希望を見た。勝てない敵にすら立ち向かい、勝利するその様を」


 なにそれ、怖い。

 そんな超人なのかよ、その世界の俺は。


「だから俺はお前に心を打たれ、変われたんだ。自分が助けられるものはすべて助けるその生き様を。俺は初めて、見た。見られた。だから俺は、こんな戦闘だけのクズではなく、部下に信頼される傑物へと変われた」


「他者の影響で変われるのであれば、それは自分の力で変わることができる。多少遅れただけだ。今から変われ。誰でもない、変わったお前がそこにいたんだろう」


「変わっても! もう!! ルウはいない!!」


「だから、今すぐ、変わるべきだ。そんなこともわからんのか」


 俺の両肩が理昇の握力によって砕かれる。多少の痛みがあるが許容範囲内だ。誰も何も言わない。

 それでもさらに力を込めてくる。御剣理昇に俺の肩を砕くつもりなんてない。たた全身に力を込めたら偶然に掴んでいた俺の肩がワリを食っただけだ。


 しかし、実にくだらない話だ。

 本来の世界の流れ、正史は御剣理昇が見た映像なのだ。その映像の中では、その世界の俺が何らかの影響を御剣理昇に与え性格が変化した。そのおかげで御剣ルウは死ぬことはなく存命を続けたというわけだ。

 おそらくやり場のない怒りと絶望感から「結果的に氷上雅弓のせいで御剣ルウが死んだ」と決定付けているのだろう。御剣理昇としてはそこ以外にはけ口がない。

 だから御剣ルウの死亡は俺のせいになっている。

 絶望のはけ口が俺に向いた。


 というルートを、自称氷神の背広の男がつくったのだ。


 これは思ったよりも根が深いのかもしれないな。

 結果だけ見れば俺が狙い打ちされている。

 御剣理昇は日本でも有数の異能者だ。俺には……リキマルにはまったくこれっぽっちもかすりもしないほど及ばないが、それがけしかけられている。普通に考えれば殺意のある行動だ。実力不足で未遂だが、それはあくまで結果論だ。

 明らかにまずい状態である。

 そいつの目的がわからない。下手すると家族が狙われ……るのは問題ないが、知り合いひとりひとりを狙われるとかなりまずい。


 というか、最近は自宅に兄姉三人で揃うことが多いので戦力的にはかなりものだ。いくら御剣理昇とはいえひとり動かした程度で万全であるというわけがない。これが様子見なのか、それとも自称氷神が襲い掛かってくるのか、それともまったく知らない黒幕が刺客を送ってくるのかはわからない。

 用心に越したことはないだろう。


「なあ! 雅弓! なんでだ!!」


 哀れに喚く御剣理昇に憐憫を覚えるが、それ以上に思うべきことはない。


「御剣理昇。酷なようだが、その映像はまったく関係がないんだ。その神の映像のせいでこの話はまだ続きがあるように思えるが、それはただ鏡の向こう側なんだ。それが仮に正史だとして、俺達はその正史ではない分岐の人間だ。だからそれが変化することはない。分岐という運命に定められた人間だからだ。仮にそれが変えられたのであれば、それはやはりもうひとつ別の分岐の「助かった分岐」の人間というだけだ。それに正史の人間が偉いわけじゃない。俺達から見たらこの分岐こそが正史だ」


「じゃあなんだ! ルウは死ぬのが正しかったというのか!!」


「言い方を変えよう。ルウを助けられなかったから分岐したんだよ。間違えるな、“変わったから変わった”んだ。どこかでなんとかなればこの分岐にくることはなかったんだ」


 これは予知や読心と同じ問題だ。

 なまじ起因、過程、結果を知っているだけに現在の状態にこだわりすぎる。

 そのうちに何もかも確かめなくては前に進めなくなってしまう。


「なあ、御剣理昇。俺達は時間や空間、世界が絶対ではないことを知ってしまっている。映像が真実であるとして“その道に向かえなかった”ことを後悔するのもわかる。だがそれは運命付けてひとつひとつ存在しているんじゃない。そしてこうやって無様ぶざまにも観測に成功してしまったからより絶望しているのだろう。じゃあお前は、本当のこの分岐のお前は立ち直れなかったのか?」


 俺の視線と御剣理昇の視線が合う。

 俺ではないどこかの絶望を見続けていた御剣理昇がようやく俺を見た。


「あの日、群馬で仕事を終わったあと、背広の男に会わなかったら、お前は今のように、こんなにも無様を晒し続けていたのか? 他者に責任をなすりつけ、多くの部下に失望されて、お前をひとりで行動させられないと常に付き従っている部下にまで醜態を見せ付けている。そんなお前だったのか?」


 俺の両肩を掴む手が離れる。

 殴ってもいないのに力の入らない足で後退りしていく。


「答えろ。この分岐世界にいた本当のお前は、そんなに弱い御剣理昇だったのか?」


 全身を打たれたかのよう引き攣り、御剣理昇は膝から崩れ落ちた。

 すぐさまワークミッツが俺から御剣理昇を守るように抱きしめた。


 自称氷神が誰だか知らないが人の心に漬け込むのはなかなか優秀だと見える。

 ふざけやがって。


 そして御剣理昇の話にはひとつ聞き捨てならない場所があったな。

 “勝てない敵にすら立ち向かうその様を”と。

 具体的な話は聞いていないがさすがに御剣ルウが自殺を始める直前で御剣理昇の性格が変わったところで自殺がなくなるとも考えにくい。なにせ首を掻っ切って自殺するレベルなのだ。少なくとも数年前、決定的になった両親の死別前後までに性格が変わっていなければ難しいのではないか。


 そしてその時期であれば俺は無敵だ。

 今ならわかるが俺の能力であれば第四位階でなくても強い

 さすがに近距離戦闘だとリキマルに敗北したが、それでも十万を超える攻撃密度と射程距離は何ものにも変えがたい。というかリキマルは例外だ。強すぎる。


 そんな俺が弱いというのであれば、それはもう世界の強さの基準がおかしい。

 でなければ、正史の俺が弱いのか。


 正史での俺が弱い。


 それはつまり、現在の俺がイレギュラーということだ。

 また俺が弱いのであれば、おそらく――


「あ、あの」


 考えを中断する。

 服の裾が引かれ、誰かに話しかけられたのだ。


 リアムだ。


 リアムは今にも押さえきれないと全身をむず痒そうにそわそわとさせていた。


「あの、理昇さんと、ちょっとお話がしたくて……あの、さっきのこと」


 ああ、御剣理昇との仲を取り持つという話か。

 先ほどよりはマシとはいえ、今の御剣理昇も不安定極まりない。


 そうだな。直接的に言うとかなりまずいとは思うが、御剣ルウの代わり、仲直り、やり直しとしてできるだけ暗に押し込んでいけば大きな無理もないんじゃないか。

 そんなことを考える。

 ほんの少し前よりはかなりよい状況だ。

 産後のハムスターよりは。


「ああ、そうだな。俺がまず話を――」


「あ、いえ、私が直接します!」


 そう言ってからリアムは走るように御剣理昇の前へと向かった。

 危険だ、とは思ったがさすがにリアムは埒外ではあると思いたい。そしていきなり話も聞かずに殺してしまうようなこともないだろう。

 俺は比較的に安全、として様子を見ることにした。


 リアムがまずワークミッツと話す。小声で自己紹介をして御剣ルウの友達だと言ってから御剣理昇と話がしたいと真面目な顔で話していた。それから二つ三つやり取りがあって、ワークミッツが離れた。二人きりで話がしたいということらしい。二人きりとは言ってもここにいる全員が楽勝で聞き取れることではある。実際に今も簡単な自己紹介から状況の確認をしているとはっきり認識できる。

 御剣理昇はかなり憔悴しているようだが、リアムのことを“御剣ルウの忘れ形見”と識別してくれたのだろう。少し恐怖しているようだが優しい声で応対していた。


 大丈夫だろう。

 いきなり関係が悪化して殺し合いになる可能性は低い。

 俺はかなり後回しなっていた姉に話を聞こうと近づいた。俺に付き添うようにリキマルもついてくる。別に理由はないがリキマルの手を握った。リキマルも握り返してくれる。


「姉さん、リアムのことを聞きたいんだけどいいかな」


「わさ!」


 姉はリアムと御剣理昇の姿をドヤ顔で慈しんでいた。俺の呼びかけに反応してドヤ顔のまま了承してくれる。


「リアムに体を与えたの?」


「わさ! 重さを与えたわさ!」


「あの体はどうやってつくったの?」


「リアムちゃんのもともとの形だわさ。一美はそれに沿って重さを与えたんだわさ」


「なるほど。自分の形は決められていたのか。それで姉さんが質量を与えた、と。専門家じゃない姉さんが完全に完成させたにしてはかなり出来がいいから思い浮かばなかった」


 さすがにちまちまそういうことをやっていたのであればいくらなんでも俺が気づく。素人仕事にしてはあまりに造形が良い。関係はないが、メタルフィギュアのやつは造形がよかったが動きは悪かった。そんな感じで誰でも得手不得手はある。もちろんどちらも学べばどちらも可能だ。だがその痕跡は日常生活に転がっているのが普通だ。


「しかしよくリアムを見つけられたよな」


 俺は何の気なしに呟いた。

 特に意味はない。なんとなく思ったことを口にしただけだ。

 返答があった。


「高校生の間で有名なんだわさ」


「へえ、聞いたことない」


「雅弓は学校に来ないからわかんないんだわさ。今日、親切な同級生が女の子の幽霊の話をしてくれたんだわさ。団地に幽霊がいるってびっくりしたわさ。それでおもしろそうだからそのまま見に行ったんだわさ」


 えっへんと胸を張っているが、自慢できることではない。

 むしろびっくりしたからといって普通に学校を休むのはどうかと思う。最悪、普通に遅刻だ。

 だいたいいつもは規則は守らないといけないからってせかすくせに、珍しい。とは思うが、幽霊の話聞いたらなんとなく見に行きたくもなるだろう。俺だって行く。面白半分だが、残りは悪魔討伐としてだ。


 ……この話、何か引っかかな。

 メタルフィギュア、幽霊、リアム――


「隊長ォッッ!!」


 ――悲鳴、即座に振り返る、リキマルと同時に手を離して、“矢”を準備した。


 即時発射が可能になった俺とリキマルは防御と同時に状況把握と迎撃に注力する。

 ワークミッツの悲鳴が御剣理昇に対して行なわれたものだとしても、特に危機だってはいなかった。危険性は高くない。


 振り返った先にはワークミッツがいて、そしてその先にリアムと御剣理昇がいた。


 ただし、御剣理昇のを中心とした右半身がごっそりとなくなっていた。

 出来の良すぎる死体オブジェクトと勘違いするほど御剣理昇の中身が断面図として綺麗に顔を覗かせていた。


 次の瞬間、その断面から血が噴出した。


 俺はこの瞬間まで状況を楽観視していた。

 だって、体の四分の一が欠けた程度だ。心臓も持っていかれているが、そこまで問題ではない。御剣理昇なら即座に血流を操って血止めを行い、間合いを取ることできたはずだ。即座に再生は難しい。もしかしたら回復魔法が下手という可能性もあるが、即死するようなものではない。死にはしない。

 そう、死にはしないのだ。


 ばくん、とコミカルに辺りの空気ごとを噛み千切られ、御剣理昇は嬉しそうな、安心したような、懺悔が終わった表情のまま、その表情を消し去られた。


「リアムッ!!」


 リアムがそこにいた。

 巨大になった顎をでしっかりと咀嚼しながら、リアムは人間の造形としてはあまりに不出来な姿で嬉しそうに人骨を丁寧に噛み砕いている。人食い狼のように赤く裂けた口元が、大量の血液に汚れた服がそこにある。到底人類とは思えないようなほど喜色満面の表情だった。


 リアムは俺の声に反応することなく、もう一度大きく口を開けてぶら下がった右腕を上半身のほとんどが欠けた胴体へと食らいついた。



 

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