2-21 時間とか空間とか操るやつにろくなやつがいない①
息のしにくい時間を待っていると、真っ暗闇の中に人影が二人現れた。
黒い靄が浮き上がり灯りの前で破裂すると、俺達の前に御剣理昇とワークミッツの二人が現れた。
さっきの話は聞かれていないだろう。まだ手を打ちやすい状況だといえる。
しかし無意味にイニシアティブを握ってもなんの強みもない。相手は俺のアクション待ちなのだ。俺のほうが強く、一度ぶっ飛ばしたためにこちらの話を聞いてから自分達の話を通そうとするだろう。
それが筋というものだ。
さて、なんと伝えるべきか。
「もう少し、遅くなると思ったんけどな」
「まさかだ。お前は話し合いを望んでいるんだろう。俺やワークミッツに圧力をかけることもなければ、致命傷を与えることすらしていない。その点は恐れるに値しない」
しっかりと二重外套を修復して汚れを取っている。最初にあったとときと同じ覇気を見せながら気後れせずにこちらに発言した。敗北を喫したが、それを踏まえた上でまだ戦える精神を持っている。
御剣理昇は戦闘に携わるものとして破格の能力を持っているようだ。
それだけでわかる。
わずか、定められたような沈黙が場を支配した。
風の音もない。
光も気にならない。
誰も何もしていないような、そんな沈黙だ。
忌々しいほどこの先の運命を決定付ける空気がこの空間に満ちていた。
本当に、なんと言うべきなのか。
どういうルートが望ましいのか。
誰もが妥協できる部分はどこなのか。
運命の、ただひとたびの奇跡を持って生まれてきたこの道は、どうやって進むべきなのか。
考える。
とはいえ、現状の八割は解決しているといえる。
リアムの出自がわかり、リアムの目的も一応は出た。
進むべき未来はそこだ。
俺が考えるべきはその未来を少しだけ予測して予備策で補填すること。
残り二割のうちの一割をまず決定付けたい。
「御剣理昇、目的を言え。概ね、こちらの考えはまとまっている。加減のない、お前の要望を言え。それが俺の命であろうと、無下に斬り捨てたりはしない。妥協のないお前の本心を言え。話はそれからだ。戦うのはさらにその後だ」
本来であれば御剣理昇とリアムを二人きりで納得行くまで話し合わせたほうがいいのだろう。しかし御剣理昇はむしろ俺のほうに関心があるらしいのでそれではあまり意味がないだろう。
とにかくすべて知りたい。
真実ではなく、相手の本心が。
「目的は……」
御剣理昇が、言いよどむ。
隣にいるワークミッツがその剣呑な気に当てられて思わず御剣理昇の握り拳を取ったほどだ。
「お前の命だ」
吹き荒ぶ敵意が物理現象となって風を起こした。埒外の魔法だろう。制御が甘い。わざとやるにしては巻き起こる風量が少ないので、どうにも怒りを抑えられなかったのだろう。
そして俺も予定していた言葉を放つ。
「他は?」
俺の言葉に御剣理昇の眉が動く。
御剣理昇が俺に敗北していなかったら間違いなく攻撃してきたと確信できるほどの敵意が俺だけに向けられていた。リキマルがいなくても距離を取れば俺が勝てない相手ではない。あの戦闘でそれは証明できなかったが、御剣理昇も薄々は感づいているだろう。あの俺が放った“矢”は特別製だ。それくらいはわかってもらいたい。
それに御剣理昇が自分の命を捨てて俺に攻撃をしたとして、リキマルと姉と兄と、そして俺の戦力を超えられないのはわかっている。下手に出るしかない。
「他は、と聞いている。何かないのか?」
「……それ以外に、あるとでも?」
暗く、冷たい声がする。
「じゃあお前は俺を殺したら満足なのか。そのまま家に帰るのか? リアムに話とか聞かないのか? 俺は話し合いがしたいんだよ。だからその妥協点を探すためのお前の要求を聞きたい」
「それに、何の意味がある」
「めんどくさいやつだな。じゃあこのまま話を進めよう」
俺は先ほどから疑問であったことを口にした。
「俺がお前の妹を殺した、という事実に異を唱えたい。悪いが俺はお前の妹と関係性があるような伝手がなにひとつない。思い出す以前に知らないんだ」
「……それはお前が知る必要のないことだ」
鈍い衝撃音。
リキマルが見えない角度と機動で御剣理昇を殴りつけたのだ。殴られるまでわからなかっただろう。
隣にいたワークミッツが引き攣った表情でリキマルを見ている。こちらは格付けが済んでいるのか、手を出そうとしない。
「御剣理昇、あまりふざけるなよ。成人男性に気兼ねするほど俺も暇じゃないんだ。何を持ってして俺が加害者であると決めた。言え。言わないのであればそれなりのことをやらないといけなくなる。お前にじゃなくて、別のやつに」
俺とリキマルと姉を除く全員のこころのざわめきが聞こえた。
暗に「しゃべらないならワークミッツを拷問する」とも取れるからだ。
だが間違いは訂正させてもらいたい。
俺は「しゃべらないなら知り合いを拷問する」と言っているのだ。
まず俺の株価が下落したが、たまには下げておかないと身動きがとりづらいので何ひとつ問題がない。
拷問はあまりおもしろいものではないのであまりやりたくない。ついでに恨まれるので二倍おいしくないという最悪さを兼ね備えている。やるべきものではないだろう。
だが必要ならやる。
御剣理昇がよろよろと立ち上がり、それでも悪鬼の如き気配を消さない。
なかな見上げた根性だ。
そして無言を貫く。
マジかよ。
言わないのか。
「御剣理昇――」
「神だ。神を名乗る男がそう言ったんだ」
俺の発言に即座に折れたのか、御剣理昇が口を割った。
しかも出てきたのは「神」というフレーズだ。何か思うところはなかったのだろうか、こいつ。
「神? そいつは普遍的な高校生――」
「いや、普通の三十か四十代の男性に見えた。自分のことを氷を司る神だと言っていた」
氷を司る神だと。
心当たりはある。あるが氷神は女だ。
「それは『遊戯館・楽園天国』で会ったのか?」
「……違う。仕事の出先、群馬の山奥だ」
じゃあ違うか。
山奥に現れるようなやつじゃない。
「続けてくれ」
「仕事が終わった後に俺に話しかけてきたよ。灰色の背広姿で中肉中背、やけに自信に溢れた男だった。顔は……見れば思い出すが、口にするのは難しいな。普通の顔だ。氷を司るとは言っていたが、炎を思わせる、野心に溢れたような男だ。そいつが古びた呪布を俺に手渡してこう言ったんだ。
お前の妹が死んだのは氷上雅弓のせいだ、
とな」
「さすがにそれだけで俺が加害者と断定するにはあまりに弱いな」
切って捨てる。
自称神様なんてそれこそ唸るほどいる。悪魔の五割、魔王の九割はそうだ。そんなやつの妄言を信じて行動するなんて破滅願望以外のなにものでもない。
そしてそれは御剣理昇もわかっているはずだ。
特殊災害対策課なのだから。
「ああ、だからその呪布が決め手になった」
呪布は現代では特に珍しくもない道具だ。
書き込んだ魔法を、作成時に定めた方法で発動させる。故意的に使えば自動爆弾にもできる優れものだ。まともな異能者であれば、まず食らうやついないんだが。
「その呪布にはなんといえばいいか、映像が詰まっていた。大量の映像、動画……情報と言ったほうが正解に近いか。特定の時間が切り取られており、その時間内であればどんな情報でも閲覧できた。情報の中に入り込んで、だ」
「ちょっと待て、少し意味がわからない。もうちょっと詳しく頼む」
「俺も初めて触った形式だから上手く説明できるかわからん。とにかく神の視点というべきか、定められたタイムラインのあらゆる情報を見ることができた。
例えばそうだな……現在十八時十七分、俺はこうやって尋問させられている。
一方その頃、キノトアビルでは残業組が書類整理をしている。
さらに一方その頃、一般家庭では夕食を摂っている。
そんな好きな時間と場所の映像をすべて知ることができるんだ。
情報記憶媒体、神の目、なんと言えばよかったか。
テレビゲーム的な流れといえばいいのか、何度も繰り返して行なわれる世界といえばいいのか。
今まで見たこともない式でつくられていて、なおかつそれだけの完成度の情報構造を見たことがなかった。
俺はそのとき、少なくとも彼が人類の例外のひとりであることがわかったよ」
「まあ、その能力はその辺に置いといて、何を見た?」
超レベル異能者ヨイショはどうでもいい。仮にそうだとして、三次元的な全情報記録媒体であったとして、問題なのはそこではない。
「お前がいた。お前がいて、お前は仲間達といっしょ悪魔を倒していた。そしてお前は俺の妹を結果的に助けたんだ」
「……何か、問題があるのか?」
言っている意味がわからない。
記録の中の俺が結果的にとはいえ御剣ルウを助けていたのであれば。
「神は言っていた。『これが本当の世界の流れだ。この世界は間違った世界だ。氷上雅弓は異常なほど強く、間違った流れになってしまっている。君の妹が死んだのはやつのせいだ』と」
前と後がかみ合わないとんでもない理論が展開された。
やっぱり言っている意味がわからない。
「さすがにそれを俺の責任にされるのは問題があるぞ。それ、つくられた映像かもしれないだろう。めんどくさいだろうがつくれないことはない。ただそんな情報保存なんかあまり思いつかないから、その希少性に騙されているだけだ。落ち着け、御剣理昇」
「……なあ、なんで助けてくれなかったんだ。なんで助けてくれなかったんだよ」
いつのまにか御剣理昇が涙を流していた。
堰を切ったように滂沱の涙を落としている。この陰の多い光の中でも目立つほど大量の涙だった。
「なあ、教えてくれよ」
「さすがに知らん。だいたい、それは別の世界の話なんだろう。こっちと違っていてもおかしくない。別にこちらが間違った世界の流れというわけじゃない。壱という流れがあるのであれば、それと違う弐という流れがあるのが普通だ。だいたい並行世界なんて珍しくないだろう。帰ってこられる見込みが限りなくゼロであるだけで」
実際、こちらとは違う並行世界からやってくる異能者はいる。
が、それが本当に並行世界からやってきているのかは証明できていない。
そういう「並行世界からやってきた異能者」という存在がそのときで作成されている可能性もあるからだ。
一応、その理屈のよりどころとなっているのは時神であるのだが、やつ自体の目撃例や情報が少ないためになんとも言いがたい。もしかしたらああいう頭のおかしい存在で人間型論理飛躍を持った世界的な魔法現象である可能性も否定できない。
いや、それでも殺すけど。
というか流れから考えるとどう見ても時神の仕業なんだが、あいつが自己の外見を捨てるほど柔軟な対応性があるわけがないのでやはり別の超存在というわけか。別の超存在に目をつけられるほど俺も耄碌した行動を取っているわけじゃないんだが。
「……なあ」
御剣理昇がこちらに一歩、踏み出してきた。
その様相の一瞬、背中を震わせた。
「なんで助けてくれなかったんだよ……」
御剣理昇の涙に赤い一筋が加わった。
最初は薄かった赤いそれは、だんだんと涙の川を赤く赤く染めていく。みるみるうちに透明の涙は、悲痛な叫びを宿した血涙に変わっていったのだ。
「なんで俺を助けてくれなかったんだよッ……」
暗闇でも真紅に吼える御剣理昇が俺の両肩を掴んだ。




