2-20 「友達のリアム」⑦
夜の帳が落ちた。
本当に空が落ちてきたかのようにすべてが暗い黒に染まっている。
俺とリキマルと兄はわずかに手を伸ばしたその先さえわからない闇の中を迷うことなく疾走していた。
走り続けていると暗闇の中に暖かな光が見えた。
綺麗な球体のいつまでも見ていられるような優しい光だ。
「あ、お兄ちゃん!!」
光の下にいたウサ耳の少女がこちらをみて大きな声をあげた。
なんでもない。
ただの姉だ。
なんでもないことのように隣でいっしょに座っているリアムと地面に何かを描いて遊んでいたようだ。
どうでもいいがスカートで地べたに座らないでほしい。洗濯物とかそういうことではなく、女性として。
特に問題もなく普通に遊んでいる。
姉とリアムは並んで座り互いに一本ずつ木の枝を持っていた。
近づいて地面を見るとなにやら三人の人物が描かれていた。どいつもこいつも知らない顔と体型をしている。一番右の美女風スマート。ウサ耳が生えているのを見るとこれが姉である可能性が高くなった。
続いて隣。やはり美女風スマート。こちらも誰だかわからない。しかし異様に胸がでかい。リアム、だろうか。
左の女は……なんだろうか、良く見たら何かのエフェクトなのか色なのか顔と肌がガリガリと削られている。猟奇的な絵ではなく何かしらやろうとして半分くらいしくじったような、そんな絵だ。
「さっきの女の子とリショーは?」
「どっちも倒してから置いてきた。後でくるかもしれない。一応、倒したからもう一度攻撃してくることはないと信じたいが……まあ次は本気で戦う」
「まるで本気で戦っていないみたいな言い草だな」
「あらやだ、異能使わずに取り押さえようとしてぶっ飛ばされたお兄様らしくない。手加減にもやりかたがあると思いますわ」
イラッときたのか、兄が俺に肩パンをしようとした。しかし隣にいたリキマルに笑顔でキャッチされる。
キャッチされた兄がすごい気まずい顔をしている。
ざまあない。
兄をおちょくるのは後でもできる。
今はリアムに――いや、姉のほうに聞きたいことがある。
「姉さん」
「なんだわさ?」
黒い瞳をこちらに向けてくる。
優しげな眼差しはこちらを慈しんでいるようにも見える。普段、行動が雑であるがこういうときは年齢相応の部分を覗かせた。それでも少し心が痛む。
「もしかして、リアムに“形”を与えた?」
俺は姉に突拍子もないことを聞いた。
俺の考えはこうだ。
リアムは元々幽霊のような存在ではなかったのか。幽霊とは「どうにかして肉体を介さず記憶と意識を保っている状態」というとてもあやふやな定義だ。別に作成者本人でなくてもいい。架空の人物でも構わない。
御剣ルウが友人を求めて架空の人物である「リアム」を作成した。
昔、姉が初期型のリアムに会った頃は意識も記憶設定もない、傍にいるだけの友達だった。
しかし時が経つにつれて自我の構築が進み、設定自体も固まってきた。そして本当にルウの友達である「友達のリアム」が完成したのだろう。
ただし、それも基本的にルウ本人にしか見えないし感じられなかったのだろう。
ルウの亡き後は幽霊のような存在となったリアムは外出と帰宅を繰り返していた。
そして今日、この日、姉がリアムを捕捉することができたのではないか。
そもそも幽霊に実体を与える技術自体はそんなに難しいことじゃない。
式神やゴーレムの作成などで基本技術自体は豊富にあるはずだ。今日、俺が倒した巨大メタルフィギュアもその依代作成としては申し分ない。俺の予想が正しく、今日でなくてもいいならリアムはあのメタルフィギュアを体として奪っていた可能性もある。
聞いた情報の残りはまだあるし虫食いが酷いがさっさと聞いて少しでも答え合わせをしなければ話にならない。
特に姉に関しては本人が「重要とは思っていない」ことが多々あるのでこうやってゆっくりと聞かないといけなかった。
「姉さん、どう?」
「形を与える、の意味があまりわからないけど、リアムちゃんがふわふわしててみんなリアムちゃんを見えてなかったから体をつくったわさ!」
げんなりする。
どうやら当たっていたらしい。
というか最初に言ってほしかった。
その辺まで含めて実に姉らしい行動だ。
ルウは実は死んでいなかった説とどちらか迷ったが当たっていたらしい。
第二の人生を謳歌しているルウという説もあったのだが、それなら御剣理昇が出てきたときにもう少しリアクションを取ってよさそうだったので第二としたのだ。あと基本的に姉の言っていることは主観情報に限り真実だ。そのためルウとルウの隣にいた奇妙な存在は確実に存在したと見るのが正しい。そのためリアムの存在は確定したも同然だった。
逆に御剣理昇の話に会った「友達のリアム」の信憑性が低かったのでなんとも言いがたかったが、本当に「友達のリアム」以上の何者でもないらしい。
あとルウが死んでいなかった説を第二に持ってきた一番の理由としては、わざわざ新しい人生を送っているやつに水を差すのもどうかと思っただけだ。仮にそうだとしてスルーしてやるのが優しさだ。
この世の中は時間と努力があればなんでもできる。
それが路傍の木石だろうが変わらない。
大昔に草木が妖精や精霊として具現化したり、人間や妖怪が石になった話もある。
幽霊の能力が上がったところで驚くに値しない。
ただ、それが想像できないだけだ。
聞いた話で「対象物本人が一番なりたい存在になる魔法」を手近な家具や調度品にかけたところ魚や肉の切り身に変わったという例も報告されている。人間にかけると悪魔になる禁呪だ。これは蛇足か。
俺は視線をリアムに移した
びくり、と怯えた表情のリアムがそれでも俺を見上げていた。
「リアム、すまんな。ちょっと状況が変わった。親元に連れて行くのは少し難しい」
「……はい」
ぎゅっと自分の手を握り締める。
自分の出自、というか存在が知られてしまったからだろうかどこか諦めた感が見えた。
そのくらいは自分を理解しているのだろう。
単純に考えて戸籍もないしまともな存在とも言いがたい。状況では悪魔と断罪されてもおかしくはないのだ。そのあたりは仕方ない。
「だからお前さえよければ御剣理昇に渡りをつけてもいい。もちろん、御剣理昇が頷いてくれるのであるならばだ。一応、人伝えではあるがリアムの存在も知っているようだしそこまで邪険にはしないんじゃないかな。ルウの件もあるしな」
この件に関しては一番の問題はリアムの心情だろうか。
ルウの友達がリアムであることから、その逆にリアムの友達もルウだろう。友達を自殺に追い込まれて黙っているともいいづらい。
だからこの後のセリフに落とす。
「だが御剣理昇のところに行くのが嫌なら、こちらで住む場所や異能者としての生きるための簡単な訓練や仕事を回すこともできる。さすがにうちに住むのは宗家の問題があるので無理なんだが隣に近くに家を借りるのも悪くないんじゃないかな。ああ、もちろんいきなり生活しろってのも無理だろうから保護者も出るさ。うちの上の日守宗家はあれでも面倒見がいいからな」
さらに落とす。
「最後に、記憶を消して普通の家庭に養子として入り込むことも可能だ」
さっくりと手のひらを返すように、転びやすい状態にする。
基本的にこれでだいたい転ぶ。
筋も通して選択肢も用意する。
選択肢は用意したが、実際は二番目の選択肢以外は特に使い物にならない。
三番目を使うやつは古びてくたくたの大人くらいだ。
結局選んでいるつもりで選ばされるほうが楽なのだ。
相手への強制力と自意識の妥協点を見極めた話をつくる。
それだけでいい。
リアムは顔を伏せる。
考えているようだ。
過去に御剣理昇と御剣ルウにどんなドラマやエピソードがあったのかはわからない。
だが別にあまり関係のないものにまで寄せてくる必要はない。
もしかしたらリアムが御剣理昇に対して強烈な殺意を持っていて、すべてがそれに起因しているかもしれないが、忘れられるなら忘れたほうがいい。仮にリアムが御剣理昇を殺害してしまったら、まあ、普通は無理だと思うが、そのときはそのときだ。
復讐はあまりオススメできない。
本当にオススメできない。
リアムが二番目の選択肢を選び、
御剣理昇が追わなければこの話はこれで解決だ。
残りを処理する必要性は皆無となる。
俺がどうにかして御剣理昇に話をつければいい。
ただそれだけの話だ。
御剣家の話は御剣家の話だ。リアムには関係ない。
強いていえば御剣ルウの話をリアムから聞けば御剣理昇もおとなしくなるだろう。
さすがにこの流れでリアムが自己の思考でルウの首を掻っ切ったとは考えにくい。
だが首を掻っ切って自殺は遺族に禍根を残すのもわかる。そのあたりをなんとかしたらいいだろうか。
リアムが顔を上げる。
どうやら考えがまとまったらしい。
「あの」
俺はただ黙って、笑顔をリアムに向ける。
「理昇さんのところに、戻りたい、です」
リアムが声を小さくしながら自分の考えを口にした。
……一番選んで欲しくない選択肢だった。
そして背後から誰かが走ってくる足音がする。
人数は二人。
明らかに御剣理昇とワークミッツだ。
あと十秒もしないうちにこちらにやってくるだろう。




