2-19 「友達のリアム」⑥
俺とリキマルは地面へと降り立った。
県境にある森の中で、日守家に続くチェックポイントのひとつでもある。
ただここには日守家の印や加護などはないのでわざわざここで戦う必要性はない。もう少し行けば多少なりとも加護の影響を受けることができるのだが。
つまり兄としては日守家の目に晒さずワークミッツをなんとかしたいと思っているのだろう。ならばさっさと蹴り飛ばして捕縛したほうが圧倒的に早い。だが兄はそれをやらない。女の子を殴りたくないという感性があるからだろう。このあたりは俺と違う。
戦っている兄とワークミッツが離れて距離を取った瞬間を狙って挟み撃ちを狙った。姉とリアムが見えないのは好都合だ。見える範囲なら広範囲の攻撃を使っても問題ないだろう。
「ワークミッツとかいったか。戦闘を止めろ。御剣理昇は倒した。お前の負けだ」
なんで御剣理昇を倒したらワークミッツの負けが決定するのかわからないが、こうやって傲慢で上から目線で高圧的に断言したほうが話が早く済む場合が多い。こじれると問題だが反撃してくるのであれば力で押さえつければいいだけだ。明らかな格下にしか使えないが有効な手ではある。
逆上するか萎縮するのどちらかだ。
だがワークミッツは残念ながらどちらでもなかった。
背後に立った俺に向かって突撃してきた。
ただただ冷静な眼差しでこちらを見ている。判断が早い。近接戦闘が司より不得手である俺を攻撃対象としたのだろう。そして御剣理昇が来るのであれば俺の方向だ。挟み撃ちを解除するにしても俺を狙うのは正しい。
抜けられればの話だ。
赤い二重外套が体の線を隠している。
体の線と動きから細かい攻撃を予測しづらい。近接戦闘なのは間違いないのだろう。
このまま矢を発射したら兄に余波が向かう。兄に届かないようにすることは簡単だが、そうなると俺の攻撃で兄が動けない。挟撃の意味が薄れてしまう。
兄を有効活用するために俺も最初は格闘戦で入ったほうがいいだろう。
俺はリキマルに離れるよう指示をするとワークミッツを迎え撃つ。
「雅弓! 気をつけろ!!」
兄が吼えるように叫ぶ。気合の乗った声はしっかりと俺まで届くがどこか顔はにやけている。
やだ、具体的なことを何ひとつ言わない兄に惚れそう。
暗にワークミッツの攻撃に何かあると言っているのであるが、一言で表しにくいのか、それとも俺にそれを食らわせたいのか。おそらくは後者だ。
だがそんな小細工にかかるほど俺も弱くはない。
ワークミッツが不自然な機動を見せる。背中や手足にスラスターやバーニアでも詰んでるのかと思うくらい物理法則を超越した動きだ。最初は自前の足を使って走っていたが、幅跳びのように水平に跳躍するとそのまま直進して胴体や腕の動きを変えて拳を放つ体勢になった。明らかに挙動がおかしい。
七枚の防御壁を構築する。同時にワークミッツが姿勢制御に使っているであろうと思われる有名な式の分解を行なう。
しかし分解は効果がなかった。どうやら独自の式を使っているのだろう。解析が先のようだ。
前身を右に突き出した全力の突きが放たれた。ワークミッツの全身から漏れ出す圧倒的な自信が拳に宿っている。己を弾丸に見立てたような、後に続かない究極の突きだ。防御も回避も反撃も捨てたそれはいっそ美しく、そして清々しい。
俺は防御には一切手を抜かず反撃を思考する。
ワークミッツの全体重を乗せた拳が俺の防御壁にぶつかる。
防御壁が一枚破壊された。
これはまずい。
明らかにエネルギーの減衰が行なわれていない。
次々に俺の防御壁を破壊していく。ガラスを破壊するかのように景気良く破壊し、まるで何もないかのように貫通してしまった。
数十トンなら楽に防ぐはずの防御壁すべてが抜かれたという事実に閉口するが、それならばと差し出された腕を取って攻撃を仕掛ける。相手の無効化攻撃に賛辞を送りながら――
――轢かれた。
気づいたときには俺は宙を舞っていた。
左肩と腕が砕かれている。
ほんの一瞬だが記憶がない。だが記憶が欠落しただけなのか対処は行なわれている。自分から回転してダメージの一部を殺している。治癒が行なわれている。着地のための水平確認と腰の位置がブラボーだ。
治癒を全力で行ないながらワークミッツの認識を改める。
現在の状況では相性が悪い。離れて攻撃するべきだ。というか確認して話さないといけない状況での自己の異能の使い勝手の悪さが笑える。一方的に攻撃するためだけのまさに破壊と殺戮だけの異能だ。
まあ、うちの三兄姉はみんなそんなもんだけどな。
無理やり地面に向かって加速して着地すると三十メートルほど先にいるワークミッツが加速をそのままに旋回すると地面を踏みつけるように蹴り上げて地面を爆発させてこちらに地津波のような散弾を飛ばしてきた。
あ、いかん。
やられる。これは防げるけど次のパンチは防げない。
意識が朦朧としているのか思考領域がかなり狭い。まともな式が構築できない。初手を失敗してしまったせいで完全に敗北している。
仕方がないのでリキマルに行動してもらう。
リキマルは俺の思考を受けて即座に動く。
大量の金属を使った巨大な壁を俺の正面に出現させ、その後ろに支えとして鉄騎兵を作らせる。どの程度の支えになるかわからないがないよりははるかにマシだ。
そしてリキマルには俺を抱えてもらい兄の隣まで移動してもらった。
俺がお姫様抱っこされるという屈辱的な状態で、さらに兄の隣にくるという憤死してしまいかねないほど恥を背負う。そして二人口を開いた。
「だから気をつけろと言っただろうに」
「おんどれ覚えとけよ」
鉄を引き千切るよう轟音が聞こえる。
鉄と鉄がぶつかったような轟音というにはあまりに異音だった。粘りのある金属が毟られたような聞いたことのない音だ。
見れば用意しておいた盾類は粉砕されていた。半分融けているように見えるが相手の衝撃が強すぎたために千切れて飛んでいったのだろう。こちらに破片が飛ばないような配置にしておいたが、本当に功を奏したようだ。当たっていたらとんでもないことになったいた。破片、市街に飛んでったんじゃ……?
ワークミッツがてらてらと光沢を出している盾類を割ってこちらに姿を見せる。
その姿に変わりはない。どうやら全身全霊を込めた最強で究極の一撃というわけでもないのだろう。特に疲れた様子はないし、何か減っているような風も吹いていない。
「兄さん、あれ、どういう能力なの?」
首を掻き毟りたいほどの恥辱を飲んで聞く。
「ああ、どうやらあいつの体重……というか、重量が四十トン以上あるみたいなんだ。そして音速で攻撃してくる」
「まさか姉さんに匹敵するトンデモ異能者か」
「しかもどうやら異能じゃない。どこぞの仙人が製造したロボット兵器らしい。おかげで分解解呪は効果がない」
「どうやって生活してるんだよ」
ワークミッツがこちらをしっかりと補足する。
そして構えた。
「くるぞ!!」
兄が叫ぶ。
俺を抱えたリキマルと兄が避けるのは同時だった。互いに左右に跳んでワークミッツの右ストレートを回避する。俺に攻撃を仕掛けたときよりも速い。音速を超えた一撃だ。空間を引き千切るような鋭くて鈍い衝撃波が炸裂して破壊の風を撒き散らす。
衝撃波は防御可能なので抱えられながら俺が使用する。別にリキマルにやらせても手間でもなんでもないが俺の感覚で衝撃波の強さを感じたかった。球形に張った防御壁を破壊するほどではないが防御しなかったら肉体の破損は免れず、最悪死に至るだろう。
おそらく俺に行なった最初の攻撃は手加減した一撃だった。
ワークミッツ本人としてはあの攻撃を止められても反撃や回避などを行なえる十分なマージンを取ったのだろう。結果的に手加減した一撃で俺が戦闘不能に陥ったので本気を出してきている。
重量と速度が厄介だ。
ただ単純に強い。
たまたま兄よりも近かったからだろう。
ワークミッツが俺に追撃をかけてきた。中国拳法のような動きで重心を維持したまま俺に詰めてくる。速い。だが強さのタネが割れたなら対処の仕様もある。
俺はリキマルから降りると酔っている頭を抱えながらワークミッツの踏みつけようとする地面を崩す。ワークミッツもそれくらいで体勢が崩れるわけではないが目に見えて速度が落ちた。
それを機にワークミッツに回り込むように移動するとそれについてくる。リキマルにも注意を払っているようだが、どうやら俺がこの中で一番弱く組しやすいと考えたのだろう。間違いではない。
すべての格闘技や武術、近接戦闘技法に共通するのだが当たらなければ意味はない。だからこそ当てるために工夫して筋道を立てることを技と呼ぶ。離れていれば音速攻撃まで加速されて回避も防御も難しくなるが、こうやって着かず離れずで行なえば――
――轢かれた。
ワークミッツが繰り出した音速拳が俺を捉えたのだ。
全体重を使った突撃攻撃ではなかったので防御壁でなんとか止まった。
しかし俺は無残にも拳に轢かれて空中を飛翔している。
ゲシッ
兄の蹴りが俺の肩に当たり上手い具合に力が上方へと流れて回転する。そしてしばらく回った後で俺は着地した。
「ははあ、あのときはこうやってパンチを食らったのか、お兄様」
「弟よ、自分の無様を帳消しにするために相手を引き合いに出すのはどうかと思うぞ」
別にそんなつもりはなかったといえば確実に嘘になるがとにかく連続で兄に無様な姿を見られているのでどうにかしたいのだがどうにもならん、無理。
そんなことを考えて無様を受け入れた。
「ところでどうしたほうがいいと思う、雅弓。お前ならいい案がいくらか出てくるんじゃないのか?」
「あまり兄さんが気に入るような策はないかな。普通が一番だと思う」
「やっぱり普通が一番か」
「普通が一番だよ」
俺の話に悲しいため息をつく。そのまま兄は落ち込んだ表情でワークミッツを見る。多少なりとも本気を出さないといけない自分を恥じているようでもあった。
ワークミッツはリキマルと交戦中だった。
リキマルは普通にワークミッツと打ち合っている。これにはワークミッツが驚いたのか、表情を変えていた。
中段突きを打ち合って直撃を貰わずに上方へと受け流そうとする。互いにそうやって防御をこじ開けようとしているのだがどちらも譲らない。
ワークミッツが痺れを切らして先に動いた。
両者、意図的に注意を逸らしていた下段からの最初の攻めだ。ワークミッツが自分の右足をリキマルの前足に掛けて、自身を引っ張り上げるように肘を放つ。しかしリキマルはこれを打ち下ろしの肘で外へと払う。
リキマルからの本命の反撃、小さく反時計回りからの肘打ちがワークミッツの腹部に直撃した。
ワークミッツが揺れる。
続けざまに顎砕き、視界外からの左突き、リキマルが有利になるように体を重ねてからの体当てが綺麗に決まりワークミッツがぶっ飛ばされる。
余すところなく運動エネルギーを叩き込まれたため、耐えられなかった余剰分で体が浮いているのだ。本来ならそれだと技が決まっておらずダメージ的に乏しいと判断されるが、相手に一方的に有利な時間を与えるというのは死を意味する。この姿勢で追撃を食らえばどうなるかわからないワークミッツでもないだろう。
「なんかリキマルがワークミッツを倒したぞ」
「さんをつけろよスケコマシ野郎が。俺の嫁だぞ」
「え!? お前、結婚したのか!! 初耳だぞ!!」
……あれ、言ってなかったっけか?
どうでもいいことなのでさらりと流す。
地面にぶつかってもまったくバウンドせずにガリガリと地面を削ってこちらへとやってくる。ワークミッツの重い体を適当に止めながら、俺と兄はワークミッツを囲む。
迂闊に立ち上がると攻撃を受けるような立ち位置だ。さすがにワークミッツも自身の防御力を過信しているわけではないようで転倒したまま防御に入っている。
「ああ、ではわかってくれたと思うがとりあえず戦闘を止めてくれ。御剣理昇は生きている。命に別状もない。もしかしたらこっちにくるかもしれないから、続きをやりたいなら二人まとめてからにしてくれ。三対一じゃ俺達の勝ちだ」
事実をたんたんと述べるとワークミッツはようやく覚悟したのか諦めたようにのろのろと立ち上がった。
「私が受けた命令はリアムの確保です。受け渡しを要求します」
「それを最初に言えよ」
半眼になりながら俺が文句を言う。
とりあえずワークミッツはもう攻撃してこない。少なくとも今はそのつもりであるのか、自主的に不利なポジションへと立つ。何かあれば攻撃してくれ、というサインなのだろうがどちらにせよ遅い。もっと早くそうしてくれていれば無駄な殴り合いとか精神消耗とか少なくて済んだのだが。
「雅弓、ところで理昇のやつはなんて言ってたんだ? 公務員様が攻撃してくるなんて相当なことだぞ」
「さあ? 俺が妹の死に関わっているとか言っていた。理由は聞きそびれた。それよりもリアムに話を聞いたほうが早いことがわかったので走ってきた。姉さんとリアムはどこにいる?」
「回廊のあたりでまで逃げろと言っておいた。理昇の話を聞いておいたほうが良かったんじゃないか?」
「まさかだろ。俺が関わっているという事件を話させて、俺の名前が出てこないやつの話をいくら聞いても意味はない。それよりも俺の気が確かなら姉さんがこの話に関わっている可能性が――」
「お前の気が確かだったことがあるのか」
兄は「へえ、そうだったのか」とどこかで何かを勘違いしていたとばかりに声をあげた。殴りつけたいが、殴り合いは不利だ。今度にしておいてやる。
「とにかく二人と会うぞ。ワークミッツ、俺達は先に行くがお前はどうする? 御剣理昇を待ってから来るか? 俺達といっしょか御剣理昇といっしょじゃないとここの回廊にはたどり着けないぞ」
「……待ちます」
「俺はいい判断だと思うよ」
ワークミッツに一声かけてから森の奥へと向かった。




