2-18 「友達のリアム」⑤
俺はリキマルは姉と兄、そしてリアムに追いつくために走り出した。
屋上のフェンスを蹴りつけて大きく跳躍する。薄い服がばたばたと暴れるのを放置しながら手頃な場所に足場を構築してまた蹴りつけて跳ぶ。俺の隣でリキマルがまったく同じように何もない空中を走っていた。
もっと時間があれば御剣理昇の話をもう少し聞いてあげてもよかった。
おそらくあの後から「なぜ俺を狙ったのか」をとうとうと語るつもりだったのだろうが、現在はできるだけ手早く確かめたいことがあったのでお暇させてもらった。
どうせ最初の邂逅で「リアム」と口にした俺をなんとなくムカついて調べまわってみたら意外に俺が関係していることでもわかったのだろう。
おっと、そういえば「ルウが死んだのは俺のせい」とか言っていたな。
それだけでも聞くべきだったか。
さすがにその部分は俺の予想で補完するにはあまりにピースが足りない。
記憶のアーカイブをさらってみるがそれっぽい人物は見つけられない。俺は御剣ルウと面識がないようだ。それどころか御剣ルウが実在する人物かどうかすら怪しい。だが今日会った大部分の人間が知っているようなので「いる」と認識してもいいのではないだろうか。
本来なら「ルウが死んだのは俺のせい」で思考がそちらに向かうのだろうが、あいにく俺にはそれを紐解く興味はない。責任性を説いてその所在を見つけたところで話は終わらないからだ。
今回の問題は「リアムの今後」だ。
死んだ人間の責任とかそういうのはその辺に捨てておく。
見ず知らずの人物が死んだのは俺の責任だといわれても甚だ鬱陶しい。そういうのは暇なときに行なってもらいたいものだ。
今回の件が終われば俺だって話を聞くし、戦闘にだって応じてやる。
それを踏まえた上で、リアムに不審な部分がある。
というか、元々リアムには不審な点しかなかった。
自分を年齢十一歳と宣言して肉体年齢がそれ以上であることだ。
すくなくともどちらかが嘘だ。
肉体の再構成には手間がいる。
テキトーな「自分はオッパイが大きくて背の高い美人になりたい」とかそういうのはほぼ無理だ。確実に異形の怪物になるだろう。自分のオッパイを自由に変化させることが可能であったとして、それをほぼ同サイズのシンメトリーとして構築できるだろうか。俺は無理だとする。絵で顔を描いたり粘土で造形するようなものだ。
それらは難しい。
自分に存在しない器官をいきなり使おうというのは無理という以外なにものでもない。
だから訓練でそれに近い器官や覚悟を養っていく。
リアムの場合は、個人的に言わせて貰えばどちらとも嘘だ。
あれだけの造形を持ちながら精神的に幼いままだ。まともじゃない。もうひとつ精神があるか、それでなければ誰かが自然と操っているのか。どちらかなのかもしれないし、別の要因かもしれない。わからない。
どちらにせよ、あの肉体が異能で変化しているのは間違いないのだ。
年齢はもっと低いし、肉体の構成に関しては何か手本があるはずだ。手本でなければ、俺や姉のような熟練した異能と高い記憶能力を持ったような誰かが必要だ。
例えばうちの姉である氷上一美はその姿があまりに幼いが、それは異形変化させているわけではなく、成長をさせていないというだけだ。どうやっているのかは俺にはわからないし、姉にもわかっていないだろうが、状態固定だけならそこまで難しいわけでもない。余談として、俺のこの女めいている外見は姉のそれが俺にも引っかかってきているのだろう。
そして次に、俺は姉が通った道を通った。残留閲覧を弱精度のまま使えば相手が歩いてきた場所くらいならわかる。何か思考や行動が読み取れるというわけではないが、その人物の歩いていたくらいはわかる。雑に言えば匂いのようなものだ。
俺はそれを使って団地まで行ったのであるがそこで情報が途切れた。
姉が何かをしたのか、それともリアムが何かをしたのか。
でなければ何もしていなかったのか。
おかげで御剣理昇と出会ってしまいえらい目にあった。
ついでに言えばリアムの感覚があまりに希薄だった。
細かいところを言えば仕草や、兄への恐怖とその回復の早さ、通常は学校の時刻なのに鞄のひとつすら持っていないなどいろいろ疑問に思う点はあった。
それでも姉が連れてきたのであるからそれは「客」であり歓待するべきひとりとして扱うべきだ。というか、誰が連れてきてもそうだろう。姉が連れてきた初対面の客を邪険にするやつなどいない。
やはり一番大きな点は異能が使える。
この一点でいいかもしれない。
身の丈に合っているかどうかは年齢がわからないのでなんともいえないが、十年以上どこかで研鑽を積めばたいていのことはできるので大きく問題ではない。
俺ら自然異能者を除けば基本的に異能者は生まれない。
後天的に、自発的になんらかの気の狂ったようなおおよそ普通ではない意味のない訓練を行なわなければその異能は発露しないだろう。逆に言えば俺らはそういうことを訓練で行なっている。ただしそれが意味のある内容と知った上でだ。だからよくわからん技術を真面目に学ぼうともできる。
なぜ一般人から高位の異能者が生まれづらいのか、一般人が能力を使おうとすると失敗が多いのか。なぜそういう家系は訓練漬けなのか。そんなのは当たり前の話だ。
普通だからだ。
誰も異能を知らないからだ。
だから加減も復帰もできないようなことになる。他者とは違う能力に全能感を見出して悪用する。そして害を及ぼすようになる。
自然異能者以外、基本的に異能者は生まれないのに、世の中には「悪魔」がはびこっている。
理由は簡単だ。
誰かが教えているのだ。誰かが。
それは悪意ある誰かかもしれないし、善意の意思かもしれない。
それでも結局は広がっているのだ。
リアムもそういうひとりなのだろう。
いくつかの要因が重なった普通の少女か、性根の悪い異能者が猫をかぶっているだけなのかはわからない。個人的には後者で、しかも悪逆非道な悪魔であるとわかりやすい。殺せばいいからだ。
しかしただ普通に生活しているだけの異能者であるなら現状復帰させてからリリースだ。未来、何かしら悪意を持って悪魔になるのであればそのときに対処する。
話を大きく戻す。
御剣理昇の話には少なくとも俺が看過できない点が二つあった。
ひとつは残留閲覧の結果だ。
どこを部屋中のどこを触っても同じ結果が出力されたとか異常にも程がある。明らかに不自然だ。意図的にこびりつかせたのだろう。何かの目的を持っているのは間違いない。
もうひとつは「友達のリアム」だ。
こちらは偽装の可能性は低いと思うが、どちらにせよルウとリアムは何かしら関係性があったのだろう。というかリアムの帰る場所というのは御剣理昇宅だと思うのだがそうなると話がこじれる。御剣理昇は現在独り暮らしだと言っている。
そしてリアムが「帰りたくない」と言っていた。その理由は「私がいるから」と。
ふと、姉の話を思い出した。
ルウには友達がいたと。よくわからないものがいたと。
姉が認識できないようなあまりに希薄な存在がそこにいた。
それから時間は経過している。
ルウの友達はリアムで間違いはない……
肉体の顕現化……
もしかして、リアムよりも姉に聞くことがあるんじゃ、ないだろうか。
俺は真紅と黄金の津波が押し寄せてくる空を駆けながら姉の居場所を特定した。
まだ肉眼では見えないがそこには間違いなく姉、兄、リアム、そしてワークミッツの姿がある。
「リキマル、急ぐぞ」
「はい」
俺は四人がいる県境の森へと全速力で向かった。




