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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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2-10 御剣ルウ④

 パフェかあんみつで悩んでいる姉を見ながら、俺は状況を考えていた。


 リアムもそうだが、御剣ルウもだ。

 いや、やっぱりそれよりも現状だろうか。


 俺達は巽冬阿ボロビル邸から一番近いであろう喫茶店に入った。

 主な理由は姉から御剣ルウなる猫っ毛娘について話を聞くためだ。そのために手近な場所を選んだというわけだ。


 入るなりそこそこ大きな仕切りのあるボックス席を要求してそこに座っている。

 のだが、ちょっと座り方がおかしい。


 話を聞く流れなら、「俺とリキマル」がペアで座り、「姉オンリー」で向かいに座るのが基本的な流れではないだろうか。しかしリキマルはできる女であるので「姉とリキマル」がペアで座り「俺オンリー」で向かいに座る。これだ。


 これだじゃねーよ。


 なんで三人まとめて同じ長椅子に座ってるんだよ。

 壁際から俺、リキマル、姉の順番だ。話が聞きづらいよ。

 もうギチギチすぎて座りづらい。リキマルもここでやらず何時やるみたいな顔で半身を俺に重ねて座っている。若干暑い。リキマル自体は薄いんだが。全体的に。


 そんなこんなでパフェかあんみつを選んでいるというわけだ。

 どっちも頼めばいいじゃない、と思うかもしれないがうちでは外食時に頼むデザートは一品までと決まっているので二つ頼むのは許されない。別に何か罰則があるわけじゃないが、姉もそれを納得している。


「わさ! ジャンボあんみつパフェにするわさ!」


 俺は無言で壁向こうの外を見る。

 ゆっくりと傾きつつある太陽を眺めながら、注文を聞きにきたおっぱいの大きいウェイトレスにエスプレッソダブルを頼んだ。一度、喫茶店でやってみたかった注文だ。別にかっこつけだけで頼んだというわけじゃない。姉に取られないように苦い飲み物を頼んだという側面もある。

 そも、姉はブラックコーヒーを飲まないので、普通にコーヒーを頼めば事足りた。つまりエスプレッソを注文したのは、やはり俺のかっこつけだけであるのかもしれない。


 注文してしばらくしてから飲み物、そしてパフェがやってくる。


 俺はエスプレッソダブルを少し啜りじっくりと舌で味わう。

 苦味に次ぐ苦味、そしてしっかりと舌に広がった後に味わえる大きなコクと、そのビターすぎるまろやかさ。過ぎ去る苦さによって強調された口内に残る甘みがスッと現れて残り、そして消える。

 素晴らしい。そう、こういうのを待っていた。

 俺は毅然とした表情になった。間違いない。そう、素晴らしい。

 なんといえばいいか、そう一言でいえば、


 不味っ!?


 マジで「しまった。ダブルで頼むんじゃなかった」と後悔する。そしてその思考を読まれたであろうリキマルの存在を思い出してから更に後悔する。しかし残念な娘なのかリキマルも俺と同じエスプレッソダブルを注文してまったく同じことを考えているようだ。リキマルの場合は表情に出ている。本気で苦いらしくそもそも俺に注意を払っていない。口の端からエスプレッソダブル汁が一筋だけ流れている。

 リキマルが俺の顔面に自分の顔面を近づけようとする。俺の後頭部をしっかりと抱きかかえるようにタコのように唇を突き出す。しまった。姉のせいで「口腔内の物体を相手に口移しで譲渡しても良い」という間違った知識がリキマルに植え込まれている。リキマルの細腕の腕力がすごくてちょっとやばい。仕方がないのでリキマルの口を手のひらで押さえた後、下顎を柔らかい場所を的確に圧迫する。リキマルがその刺激に驚き、口の中のエスプレッソダブルと唾液の混合液を自身で嚥下した。


 恨みがましい目で俺を見る。薄らと涙目だ。

 いや、落ち着けよ。それはイレギュラーだ。


 リキマルが姉からオレンジジュースを少し分けてもらってから話が始まった。


「じゃあ姉さん。御剣ルウについて教えてもらえる?」


「わさ。ルウちゃんはリアムちゃんといっしょでひとりで寂しくブランコに乗ってたので、いっしょに遊ぶようになったわさ」


 今回と同じような流れすぎてちょっとどうかと思った。

 うちの姉は寂しそうな子供にいつもちょっかいかけているんだろうか。警察的な問題になっていないけどできればそういうのは止めて欲しい。未成年略取とか言われてハイパーポリス沙汰になっても困る。今のところうちの姉の外見上なんとかなっているだけの可能性が高いので、本来は穏便に社会問題の解決の一助をゆっくりと僕らの可能な範囲で行なっていきたい。


 しかし、ちょっと待てよ。


「姉さん。ルウは氷上家うちに呼ばなかったの?」


「わさ。ルウちゃんなんかお友達の家にお呼ばれすると怒られるらしいわさ。だから近くの公園とか団地付近で遊んでいたわさ。けど、しばらく経ってからいっしょに遊ぶのもダメって言われたみたいだからいっしょに遊べなくなったわさ」


 理由はわからないが、御剣理昇が妹の交友関係を断っていたと見るべきか。


「遊べなくなってしばらくしてからルウちゃんのことやっぱり気になったわさ。だからルウちゃんのお家まで様子を見に行ったら、お家の中でルウちゃんが別の子と楽しく遊んでいたからもうだいじょうぶだと思って帰ったわさ。一美がむりやりいっしょにいて、お兄さんにルウちゃんが怒られるのはちょっと嫌だったからよかったわさ」


 巨大なあんみつパフェを食べるのを一時的に止めて考え込む。姉はスプーンから融けて零れ落ちるアイスクリームにも気づかない。仕方がないので中空にあるうちに俺が拾って口に入れる。手を伸ばし、指で弾いて自分の口に入れる。あのままだと姉の服が汚れる。白いブラウスもそうだが紺色のブレザーとチェックのスカートにも汚れがつく。

 俺が洗うのだ。できるだけ汚れは少なくしたい。

 俺はおしぼりで指先を丁寧に拭き取る。


 隣でリキマルがイチゴパフェを食っていたのだが、運悪くソフトクリームが薄っすら溶けていたのだろう。スプーンからするりと弾かれ、着ている服にぺたりと載ってしまった。

 洗濯物が増えた。


「その友達は誰だったの? リアム?」


「うーん? わかんないわさ」


「じゃあ覚えている分でいいから似顔絵書いてくれる?」


「わかんないわさ」


 はて、珍しい。

 脳発達的な部分では俺と姉に大きな違いはあまりない。言い方や考え方こそ違うが、記憶力や閃きは俺とあまり変わらないのだ。その姉が覚えてないではなく、「わからない」と言った。


 アプローチを変えよう。


「姉さん。ルウの隣にいたのは黒髪?」


「わかんないわさ」


「ルウの隣にいたのは女の子?」


「わかんないわさ」


「ルウ以外に何人いた?」


「うーん、ひとり?」


「ルウとその子は何をやって遊んでいた?」


「お人形遊び」


「おやつとか食べてた?」


「食べたわさ」


 ……うん?

 食べた・・・


「……姉さん。そのとき、どこでルウと会ったの?」


 なんとなく嫌な感じがする。


「ルウちゃんのお家の中だわさ。中に入ってルウちゃんもだいじょうぶっていうし、友達もいるし、このままだと怒られるし、もしかしたら一美も叩かれるかもしれないからごめんなさいだけど早く帰ったほうがいいって言われたわさ」


 う、ん?


「姉さん。もう一度聞くんだけど」


「わさ」


 俺の言葉にしっかりと耳を傾ける一美。

 どうでもいいがリキマルの食べこぼしが酷い。姉も酷い。助けてくれ。


「友達の髪の色と性別は?」


「わかんないわさ」


 どういうことだ。いや、ほんとに。


「髪とか性別とかなかった?」


「わかんないわさ」


 姉が何かを知っているのは間違いない。

 とても大切な何かだ。

 もっと質問の仕方を変えるべきだ。

 どうしたらいいだろうか。


「……友達は人間か?」


「わかんないわさ。そもそも人間って、どこまで人間?」


 真っ赤に染まった瞳がこちらを見ている。わりと本気で話しているらしい。いつもつけているウサ耳によく似合っている。


「姉さん、目が赤い。あと悪い。人間うんぬんの話はやめよう」


 姉がわからないと言っている。

 助けてくれ。俺もわからない。

 いっそのこと「口元だけ赤く裂けている黒いモヤモヤがいた」とか言われたほうがまだ理解しやすい。ストレスが溜まる。


 リキマルが目を爛々と輝かせているのだが、何か思いついたのだろうか。と思ったがおそらくろくでもないことなので無視する。こぼれ出ている思考が桃色めいている。


 大丈夫だろうか。なんかリキマルが色ボケしている。これをデレているというにはあまりに何かおかしい気がするが、昨日の今日であるし様子見が必要だろう。おかしいな、昨日の深夜に話をしているときはまともだったんだが何かあったのだろうか。


 ……ふう。


 俺はエスプレッソダブルを口にする。

 くっそ苦くてどうしようもなく不味いが、今はその苦味が心地よい。このよくわからない世界をごまかす良い刺激物になっている。悪くないな。


 リアムがいる。

 リアムは登校拒否している。姉が連れてきた。


 御剣理昇がいる。

 理昇が俺に近づいた。俺に対して何かしら悪意を持つ。意図不明。


 巽冬阿がいる。

 理昇の、部下? リアムとか理昇の俺への悪意などはわからない。理昇の妹を教えてもらう。


 御剣ルウがいる……いた。

 故人。姉の友人。理昇にいじめ(?)られていた。死亡前によくわからない友人がいた。


 ルウの友人がいる。

 姉が近くで見たそうだが、よくわからないの一点張り。本当によくわからないっぽい。



 ……これはあれだな。

 最初っからリアムに聞いたほうよかったパターンかな。

 だがあれだけ怯える子供に何かを言わせるのも個人的にはどうかと思う。昨今問題になったセカンドなんたらが頭に浮かぶ。できればリアムに聞くのは最後のほうがいい。

 だからややこしくなっているといえばそうなんだがな。


 もういっそのこと御剣理昇に直接聞いたほうがいいかもしれない。

 俺に悪意を持っているようではある。

 しかし「理昇が雅弓に悪意を持っている」ということを「雅弓が知っている」とは思っていないだろう。さすがにそこまで俺も杜撰な態度や能力の使用を行なっているわけじゃない。確かに次に理昇に会ったときにいきなりキレる可能性もなくはないがむしろそうなったら話が早い。


 そう、話が早い。

 俺はそう思う。

 話が早いのいいことだ。まずストレスが溜まらない。素晴らしい。


 俺が巽冬阿にアポイントメントとった時点で御剣理昇に気づかれているだろう。しかも俺はリアムのことくらいしか聞いていないから、御剣理昇に対して俺が悪意とかなんとか持っているとは思われないはずだ。実際問題として俺は理昇に対して悪意なんか持ってないし。

 個人的には理昇が俺に対して悪意を持っている理由についても知りたいところであるが、この際そんなことはその辺に投げ捨てておこう。そこまで怒っているわけでもなさそうだ。一応、会話は成立したのだから。しかも少し前の話だ。

 例えば俺が間接的に妹さんの殺害の一助になっていた場合、あんな上辺だけでもフレンドリーに離しかけることはできないだろう。俺はちょっと無理だ。攻撃はしないだろうが、敵意を見せる。


 つまり、御剣理昇と再度会っても問題は…………少ない!


「よし、決まった」


「わさ?」

「はい」


 俺の声に姉とリキマルが反応する。

 姉はパフェを食べ終わったのか、溶けて溜まったアイスを器を傾けて飲み終わった直後だ。それに意識を集中していたようなので何か聞き逃したと思っているのか聞き返している。

 別に何も話していないので聞き返されても何も言えない。しかたないので姉のおしぼりで姉の顔を拭う。指先や舌で舐め取っているのでアイス自体はついていない。しかし、ものは砂糖と唾液だ。ベタベタするのも嫌だろう。なので最後におしぼりで拭う。

 リキマルを抱きかかえるように姉に両手を伸ばしているので、リキマルは何か満足したように俺に体を摺り寄せてくる。やったぜ、俺の服も洗濯物に早変わりなんだぜ。


「考えがまとまった。御剣理昇にもう一度会って普通に話し合ってリアムのことを聞こうと思う。御剣ルウに対しても少し聞く可能性がある。もちろん傷を抉るつもりはないが、そうなったら大変なので姉さんとリキマルは連れて行きません。帰ってください」


 俺はきっぱりと言い放つ。


「だいじょうぶ! 私は体をキューブカットにされてぐちゃぐちゃにされても生き残る自信があるし、そもそもすごく強いから返り討ちにできるよ!」


「わさ!」


 姉とリキマルが自信満々に俺に「連れて行け」と言っている。

 しかし俺は考えを変えない。

 そして用意していた言葉を言う。


「だからです」


「……っ」

「わさ!」


 苦しい笑顔で固まっているリキマルと、よくわかっていない姉の対照的なツートンカラーが印象的な一枚だ。額縁に飾っておきたい。主にリビングとか玄関とか見やすい場所に。


「はいはい、わかったら家で待っててくれ。いきなり帰れとか心が痛まないわけでもないが、それはそれとして言いたいことはわかってくれるだろう、リキマル」


 最後に「リキマル」とつけて強調する。

 リキマルは困ったような甘い顔をして頷いた。どうしたんだろう。こいつこんなやつだっただろうか。別にいいんだが。俺のどのアーカイブを使っているからこんな仕草をしているんだろうか。


 まあいいか。

 別に考え方や精神的なものが変化しているわけじゃない。

 後で叩いて直したらいいだろう。


「じゃあここは払っておく。じゃあ先に行くぞ」


「あ、私もいっしょに出ます」

「わさ」


 姉が長椅子から退く。

 リキマルがどかない。

 どかないので押しやる。どかす。


 リキマルの触れていた場所が汗ばんで熱を持っている。喫茶店内の暖かい空気ですら冷たく心地よかった。人肌も嫌いではないが冷たく寒いほうがどちらかといえば好みだ。


「じゃあ寒かったら暖めますね」


 リキマルが俺の独り言に反応してくる。

 特に言うべき言葉が思いつかなかったので、リキマルの頭を撫でて返答とする。


 俺は会計を済ませると外へと出た。

 ちょうど良い風が吹いている。そろそろ桜が咲く頃だ。花見とかも悪くない。今ならばそう思う。


「じゃあ行ってくる」


「はい、行ってらっしゃい」

「わさー」


 喫茶店の前ではある。

 しかし家から送り出されたかのような心地よさがあった。


 軽く手を振って背を向ける。





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