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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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2-11 御剣ルウ⑤

「理昇ならいませんよ」


 なんというか俺のやる気のすべてが夜露と散っていくような、そんな冷たい感覚に襲われる。何もかもがどうでもいいと言えばいいのか、なんでわざわざここまできたのにこのザマなんだよとか思う。巽のボロビルに行ったときはここにいるって言ってたじゃん。情報屋が。


「そうすか」


 ここは警察庁の別館である特殊災害対策課のキノトアビルだ。裏路地に面した壁に「キノトア」と書かれていることから「キノトアビル」と呼ばれているだけで別にビル自体に名前はないらしい。五階建てでちょっと広めの大きなビルだ。

 このキノトアビルは東京湾に面している新開発の埋立地に作られており、このキノトアビルがある区画以外はほとんど何もない。ないこともないが、地図に書けるような名前のある建物はないと言ってもいいだろう。雑草が伸びた広場と段差的な土手もどきが連なっている不思議な場所だ。


 確か近くにホットドッグの店舗があった記憶があるのでそこにでも寄ってから帰ろう。たぶんここの従業員も利用しているんじゃないだろうか。御剣理昇とかその関係者とか聞いてみよう。ホットドッグ食べるついでに。


 俺は受付嬢に礼を言って後ろを向く。もうここにいる意味がないので帰るのだ。


「ところで雅弓くん。どうせだからお茶してく?」


 俺は振り向く。

 受付嬢がいたずらな笑みでこちらを見て微笑んでいる。


「いや、いきなり槍で叩かれても物騒なので今日は帰ります。僕、ちょっと痛いのとか嫌いなんで」


「さすがに冬阿みたいに殴ったりしないわよ。ほら、同じガッコだから素性や性格とはわかってるし、キミが無遠慮に人に近づくことなんかしない人ってわかってるわよ」


 不思議なことを言い始める受付嬢。

 黒い長い髪を持つ女性だ。背丈もあり、平均よりも頭ひとつ大きいのではないだろうか。切れ長の大きな目に高い鼻、紅色の唇、すっきりとした輪郭がしっかりと整った綺麗目の女性だ。服はデビルバスターズのスタッフジャンパーのようなものを着ている。


 ……あれ、もしかして受付嬢じゃない?


 俺は受付にいる女だから受付嬢だと思っていたがそもそもそこが間違いなのだろうか。

 個人的に言わせて貰えば受付嬢はぴったり(ぴっちりではない)と合ったタイトスカート。そしてブラウスとジャケット、なんか四角い帽子を着ているものだ。色は灰色とか。どれひとつ合ってない。


「もしかして受付嬢じゃない」


「キミが来るっていうからここで待ってたんだけどね」


 女性は「じゃあこっち」と言って俺を案内する。

 無味乾燥でガラス張りの大きな空間というだけのビル入り口の正面を進む。二基あるエレベーターのうち

、早く来た右側のエレベーターに二人で乗り込んだ。


「俺がくるってわかってたってことは受付嬢は人払いしたのか?」


「人員が足りなくてね。もともと受付嬢はいないわよ」


 三階で降りる。

 女性の後ろを歩きながら適当に辺りを眺める。珍しい強化コンクリートが使われているようだ。何か道術的な印象を受ける。ビルの立地から考えると地形風水までは利用していないようだ。半端といえば半端だがしっかりと道術で作ってしまうと対抗策アンチが決定付けられるので良い判断じゃないだろうか。対抗策があたとしても易々と行なえるようなものではないはずだが。

 かなりの術者がつくったように思えるがどこかちぐはぐだ。意図的なものなら別の何かを付けられているはずだ。迂闊に何かをするのは得策じゃないな。


 何かあれば暴れて逃げればいいと思っていたがそうでもないようだ。


 いや、何かあれば暴れて逃げるんだが。


「何か飲む?」


「エスプレッソ飲んできたから口が苦い。コーラとかないかな。炭酸強くて甘いやつ」


 少し歩いた先の一室に入る。ネームプレートをぶら下げるためのアームはあったが、それにかかるべき名前がない場所だ。ちょっと入りたくなかったが、中に入るとそれも少しは和らいだ。


 向かい合わせのデスクが二十ほどあり、それぞれに書類やファイル、私物が載っている。普通に使われている部屋のようだ。視覚を伸ばして少し丁寧に探ってみたが埃の積もり方や指紋の残り具合、ゴミ、食べかすコップに入ったコーヒーの揮発量から騙し部屋フェイクではないようだ。安心させてから部屋の怪物フロアイミテーターが襲ってくるようなことはないと思える。


「へえ、エスプレッソとか飲むんだ。うん、飲みそうだよね、雅弓くん。炭酸強いのか。ストロングオレンジでいい?」


「いいね。好物なんだ。そうだ、思い切り振ってもいいよ。俺はそれでも飲める」


 女性は手にしていた強炭酸の缶ジュースをにやり顔で思い切り振ると、俺に投げて渡してくる。俺は飲み口を女性に見えないように強く拭ってからプルタブを引いた。


「うわ、本当に溢れない。どうやってるの?」


「いや、異能で上から押さえてるだけ。飲むときに少し開放する」


「なんだ。凄いと思って損した」


「異能に限らずそんなものだろう。小さな発想力が能力の質を決める。俺の能力なんかその最もだ。「サイコキネシス」なんていう名前なんか誰もが一度は耳にしたことあるだろうし、なんとなくその効果もわかる。「クレアボヤンス」もそういうものだ。その二つを強化していっただけだよ」


 女性はドリップ用のコーヒーメーカーでインスタントのコーヒーを手早くつくると芸術的な猫がプリントされたマグカップに注ぐ。そしてそのまま口にした。

 ちなみにコーヒーメーカーはおそらく女性のものであろうデスクの上に載っている。水を注いだ記憶がないので最初から入っていたのだろう。でなければ異能で出したのか。


「クッキー食べる?」


「ダイエット中なんだ」


 俺はきっぱりと断る。


「ふふ、やっぱり飲食は怖い?」


「わかってるならあまり勧めないでくれ。相手の善意をはかりかねる」


 女性はオフィス用のチェア、その背中に胸と同じように薄い尻をつけてもたれている。

 女性の体つきフォルムはなんというか、ある種に神懸っていた。戦闘員の基本である長身と肩幅タッパに筋肉がついているのに、女性らしさが欠片も失われてはいない。前を開けたスタッフジャンパーから見える薄手の防刃ベストが真っ平らで尻の肉も何もかもないのにだ。言葉だけだと中性的な印象を受けるがまったくそんな体つきではない。顔と髪のせいかと思い故意的に視覚を一部カットしてみても、やはり女性的な体つきが目立つ。


 特徴的な女性らしさがないのに、女性らしさが際立っている。


 彼女の体には神が宿っている。


 あ、筋肉の付き方から拳銃射撃と日本剣術を会得しているのではないかと。

 細い肩に厚い背中と全腕の全体に張りついた筋肉は剣術特有のそれだ。脂肪のない二の腕とズボンの上からでもわかる腹斜筋と鼠径靱帯の珍しい線は縦線を固定した落下膝射ダウン・ニーリングによるだろう。尻を落としながら縦に射撃していくやりかただ。


「で、何が聞きたいの?」


「え、別に何も」


「え」


 俺は本音を口にする。

 強いて言えば白無地のワンピースを着てほしい。あと運動用のレオタード。性的な興奮よりも俺故人としての学術的な興味がとても強い。この女性的な魅力は女性的な服装でも維持されるのか知りたい。ああ、よく似合うとは思う。


「いや、理昇から直接聞けばいいと思ったからここに着たんだけど。理昇はどこに行ったんだ? 今から会いに行く」


 俺はさらりと言い放つ。

 どうせ俺の知りたいことなんかこいつらは知らないのだろうと決め付けているのだ。

 実際そうだろう。


「そんな! じゃあ戦って情報を渡す役割は私にはないの!」


「そんな! じゃねーよ」


 なんだろうこの軽さは。

 あまりにも軽くて精神異常者サイコパスを疑いたくなる。女性から漏れ出る思考の一部は今のところまともなので、わりと正気らしいことがわかる。いや、危ういだろう、それ。


「私も理昇のこと、ちょっと気にかかっていたのよ。ちょうどいい機会だから片を付けたほうがいいかなって」


 熱々だろうコーヒーをくいと呷る女性。熱くないのだろうか。それともわざわざ異能マジックで耐性を得ているのだろうか。炭酸を止めた俺が言えることじゃないが、あまりに無駄な異能の使い方だ。


「ルウちゃんが死んでから、理昇は前よりも一層深く仕事にのめり込むようになったからね。さすがにどこかでガス抜きしておかないとまずいよ」


 女性は先ほどまでとは打って変わって真剣な目をしている。


「冬阿のやつだって同じ。ちょうどよい機会だと思ったからキミと話をしたのよ。私だって同じ意見。対外的にはまだ持つかもしれないけど、破裂寸前まで持たせても何もいいことはないわ。だから今のうちになんとかしないと。念のためにずっとワークミッツをつけてるけど、あの娘は理昇寄りだから最終的にはそっちに傾くだろうし」

 女性は「良くも悪くも理昇が好きだからつけたんだけどね」と言って話を切る。

 女性はひとつ老けたような、大人の色気をまとわせる。魅惑チャームか何かかかっているのだろうかと疑うほど女性的だな。勘違いさせることが多いのではないだろうか。そんな関係ないことばかりを考える。

 どうせ俺にとっては二の次の話なのだ。

 聞きはするし対応だってしないこともないが、俺はリアムの件から解決させていきたい。理昇だって大人なんだから自分で何とかするべき立場の人間だ。できないなら、まあ、ほら、そんなもんだ。女性が気を揉んでいる通りの結果になる。


 つまりは、悪魔化デビライズだ。


 もうちょいわかりやすくいえば「鬱憤が溜まって社会的被害が出てきた時点で悪魔憑きと判断されますんでそうなったらとりあえず殺しておきますね。更正の余地があれば牢屋にぶち込んでおきますね」だ。

 大人だし分別がついていた頃もあるだろうし、何より警察関係者だから穏便に処理されることになるからどうでもいいことになりそうだけどな。だいたいデビルバスターズの人員ならデビルバスターズの他の職員が何とかするだろうし。


「つまり、警察は以前から「御剣理昇が悪魔化する可能性がある」ということで処分保留してたのか?」


特殊災害対策課デビルバスターズが、よ」


 譲れない部分を訂正してくる。

 つまりこれは警察庁管轄の話ではなく、特殊災害対策課のオフレコのようだ。やっべー聞きたくなかった。これで俺も関係者になってしまった。


「もっと言えば私と、冬阿とワークミッツともうひとりの中だけの話よ。サイアク、この四人で理昇を押さえ込むことになるわ」


 巽冬阿とワークミッツは会ったことがある。

 じゃあもうひとりは誰だろうか。


「もうひとりってのは?」


「ああ、ここをつくった年の若い仙人よ。会おうと思って会える人じゃないわ。管理者アドミニストレータと知り合いなんだって」


「へえ」


 俺は相槌を打つ。

 会えないなら仕方ない。仙人なんて滅多に会える人物じゃないから一度くらいは話したいと思わなくもない。俺が知っている仙術だけで七つか八つの専攻があると聞いた。そのうちのひとつである物品作成だかなんだかがすごくて「投げたら絶対に相手の頭を砕く石」とかを作れるそうだ。なかなかショッキングだったので覚えている。そんなのを作れるのかと思うとわくわくしてくる。


「なにを考えているかわからないけど、たぶんできないと思うわよ。地形活用が専門って言ってたわ」


 釘を刺してくる女性。そういうつもりはなかったが顔か態度に出ていたようだ。


 ……まあ要らないけどね。俺、強いから要らないけどね。


「ま、そういうわけでもう一度聞くけど、何か聞きたいことある?」


 キリッとした表情で聞いてくる。

 俺はたいした期待を抱かずに、念のためといっただけの考えで聞く。


「リアムって知ってる?」


「知らない」


「帰る」


「わー、待って待って!」


 この役立たずどもめ。

 あと知ってそうなのは理昇の隣にいたワークミッツとかいう娘くらいだ。今の話聞いたら常に隣にいるみたいだからどちらにせよ直接聞いたほうが早い。


「いやー、ほら、理昇のこととかルウのこととか知りたくない?」


「お前、「社会人である大人が自分の考えと責任を持って行動している」という前提で世界は回っているのに、なんでわざわざ俺がその他人様の感情領域に進入してまで何かを行なう必要があるんだ。おせっかいは来世に期待するんだな」


 おそらく俺が帰った後に巽冬阿から連絡を受けたのだろう。俺が御剣ルウのことを知っている前提で話が進んでいる。確かにあのときは御剣ルウに関して興味を持ったがそれは「リアムについて知るための材料になりうる可能性があった」からであり別に知りたいとか思わない。

 しかも故人だ。

 故人を根掘り葉掘りすることに対して何かしらの抵抗があるわけではない。下手すると理昇がルウを殺した可能性もなくはないし事件性の匂いがすることもわかる。今更に同僚が何かしら行なおうということはそれなりに何かあったということもわからんではない。

 それを手助けできるのであれば、それはそれで力になってやりたいとも思うが、


 順序が違う。


 今はリアムが先だ。

 リアムの件をなんとかしてからならいくらでも付き合ってやるが――いや、できればやりたくないが、ここまで俺を関わらせようとするのであればやらないということもない。


「わかった。もうキミには頼まないわ!」


 ぷい、と女性が俺から顔を背ける。「高校生かお前は」と言いたくなるようなかわいい様に何か思わなくもなかったが、それだけだ。俺は飲み干したジュースの缶をぺしゃんこにすると手近なゴミ箱に投げ込んで外に出ようとした。


 ――殺気、というには生暖かい。


 なんだよ、と思いながら俺は殺気の方向である女性の方へ振り返る。明らかに俺を立ち止まらせるための行動だ。そもそも「手伝ってくださいプリーズ」もないのに手伝いたくもない。


 俺が振り返ると女性は構えていた。

 手にしているそれ・・を俺に向けて軽く腰を落としてしっかりと構えている。そしてルールを説明した。


「私の弾がキミに当たったら手伝う。いい?」


「……えー」


 シンプル且つクレイジーな発言だ。

 初対面の人間にこんなこと言ったら怒られると口酸っぱく言いたい。


 だいたい――


「いくわよ」


 ――構えているのはただのコッペパンなのだから。


 デスクを飛び越して女性が俺へと強襲する。

 何か言われると嫌なのでこちらを向けている拳銃に見立てたコッペパンの銃口マズル……というか銃身バレルの線から外している。そのためにするすると出口から離れてしまい、結局は女性の策略に乗ってしまった。別にいいんだけどね。どちらにせよ後でやるから。リアムが一番だから。


 この室内はコの字型にデスクが配置されている。ぴったりと埋まっているわけではなく、上座の課長席は離れており二つの線が並んでいる配置だ。個人的には長くくっつけられたデスクも半分にわけておくべきだと思うのだが、ここの連中はそう思っていないのだろう。何がいいたいかといえば単純に移動に制限があって辛い。しかも書類も多いのでデスクに飛び乗ったり衝撃を与えたら容易に飛び散ってしまいそうだ。片づけが面倒なのでそれは勘弁してほしい。


 なので強襲が終わった瞬間に大きく屈みながら女性の懐に侵入してコッペパンを弾き飛ばそうと牽制しながら攻撃を加えようとする。


 だが伊達や酔狂でデビルバスターズではないのだろう。軽く弾かれた。剣術と併用して培われる柔術とは少し違う妙な型だ。おそらくは拳銃を維持状態で使用する近距離格闘術、いわば「近距離射撃格闘術ガン・クローズド・コンバット」とでも呼ぶべき代物だ。対人戦闘向きだろうか。


 コッペパンを弾き飛ばすためにニ、三の牽制を加えながら顎と水月を執拗に狙う。コッペパンはいまだ俺に焦点ポイントできていないようだ。相手からの物言いは入らない。

 俺は「右回り右回転」と「右回り左回転」で女性の意識からコッペパンを剥がそうとする。しっかりと俺の動きについてきながら自身の左手と左足で器用に攻めてくる。左手はさすがに柔術なのか的確に急所を狙ってくる。


 もちろん男女がくるくると回れるだけの空間が取れるわけがないので、途中で近くのデスクを蹴って場所を広くしている。

 そのときに危うくコッペパンで蹴り足を撃たれそうになった。

 比喩表現とかではなく、本気で。

 コッペパンの先から空気の弾丸が飛んできて危うく当たるところだった。念のためにあそびを残しておいたのがよかったのだろう。すぐさま引き戻して事なきを得た。ただし誰か知らないやつのデスクは直径三十センチの大穴を空けて丸く輪のようにほつれて潰れた。


 あれは俺のせいにならないよな……


 あの中には仕事で使う物品のいくつかが入っていただろうと推測する。というかどのデスクにもそれだけのもののひとつや二つくらい入っているはずだ。金銭でなんともならないものは弁償とかできないんだがどうしよう。

 そこまで考えたが、撃ったのはあの女性なのでそれ以上は考えないことにした。


 そして十数秒粘っていると俺の反撃の時が来た。


 本人は高揚していて気が付いていないようだ。薄らと笑っている。戦闘中ににじみ出るような笑いをするやつとあまり真面目に戦いたくない。痛い目を見る。だからさっさと終わらせる。


「なあ、銃、潰れてるぞ」


「え?」


 俺はふわりと後方へと飛びながら、銃をこちらに向けてくる女性にそう言い放った。


 手元を見やる女性。

 そこには半分ほど、くしゃりと潰れたコッペパンがあった。潰れているといっても力強く握ったようなものじゃない。だが明らかに掴んだ部分の原型は崩れている。


 じーっと女性がこちらを見ている。心なしか冷や汗を全身で表現するように縮こまっている。


「いや、それはもう拳銃としての体を成していない。だから俺の勝ちでいいよな」


「オッケィ! 今度は拳銃出すわ!!」


 脇に吊るしてあったホルスターから棒十七発入りの拳銃を一瞬で抜き取ると、女性は俺に第二ラウンドを要求してきた。


「阿呆が。勝負は俺の勝ちだ。だが一応は理昇の件も受けておく。リアムの後でだからな。じゃあ俺は帰るぞ。帰るからな!」


 女性は悔しそうにこちらに銃口を向ける。自分の胸近くで両手で銃をホールドしながら半身で構えている。左手を撃ち抜いてしまいそうな姿勢だがあれなら拳銃を奪えないので武装解除が難しい。しかも現在狙われているのでいかんともしがたい。確か「Center Axis Relock System」とか言ったはず。映画でも使われていたのを観た記憶がある。

 ただ、映画で使われているのを真似しているだけとは思えないほどの完成度だが。


「もうちょっと遊んでいかない?」


「何度も言うけど俺は痛いの嫌いだからな」


 両手を挙げて降参の意思表示をする。

 さすがにこの状態で撃たれることはないと信じたい。仮にも警察だからな。


「ふう、しかたないわね」


 本当に仕方ないと言った風で拳銃をホルスターにしまう。しまうときにくるくると拳銃を回したのはかっこよかった。


「じゃあもうちょっと付き合ってね。だって私に勝ったんだから」


「えー」


 そこまで折り込み済みで騙されてる感がたっぷりだ。女性が言っているのは「俺が勝利したから情報を洗いざらいしゃべってやるぜ!」ってことなんだろうが、どちらにせよ何か釈然としないものを感じる。さっきからそればっかりだ。大人はやることが汚い。


 社会の荒波に揉まれながら俺は手近なチェアに腰を下ろす。新しいはずだろうにすでに軋みが聞こえるというオフィス製品の鑑みたいな椅子だ。


「じゃあ何から話すべきかな」


 女性はそう言いながら考え込む。

 俺としては遠回りでも最初から聞いたほうが後々楽だし結果的に早いと思ったが、さすがにそんなに時間を使いたくないので黙っていることにした。何か問題点があれば電話して聞けばいいだろう。さすがにここの電話番号くらい知っている。


「そうね。じゃあたぶん話の中核だからよく聞いてね」


 もったいつけるように溜める。


 いや、溜めではないようだ。

 女性は本当に言いにくそうにきょろきょろと首を動かす。しかしようやく覚悟が決まったのか、俺のほうを見るとしっかりと視線を合わせてきた。そして「これはオフレコだからね」と社会的な予防線を張ってから改めて意を決する。


「御剣ルウは虐待されていた」


 重苦しい雰囲気が二人の間に漂う。

 なんともいえない粘っこい霧の中で、やっていいのかわからない反撃を繰り出した。


「知ってた」


 姉の話から可能性はあると踏んでいたことだ。

 だから係わり合いになりたくなかったんだ。



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