2-9 御剣ルウ③
すべての攻撃を防御したために腕が破壊された。
防御のほとんどを武器で受けたにも関わらずだ。衝撃が蓄積した結果、俺の「腕」が一番最初に悲鳴を上げたようだ。おそらく骨よりも柔らかく、膨らんだ筋肉が衝撃を殺そうとがんばった結果だ。力場を使用して骨や神経ではなく、外部操作で腕を滑らかに動かす。武器を――鉄食いを落とさない。
止めの一撃が――連係攻撃の締めがくる、と思ったがどうやらそうではないらしい。
状況的に後方へと跳んでしまった俺を追撃することなく、巽は槍を肩に嘆息している。
「おいおい、まだ俺の腕が砕けただけだろ。何、やる気をなくしてるんだ」
言っているうちにも腕は治癒させていく。
「ふう……駄目だな。勝ち筋が見えない。俺の負けだ。今のを追撃して四肢を裂いたところでお前は死なないのだろう。戦う意味がない」
さすがにそんな化け物みたいな回復力を持っているわけでもないしさすがに細切れにされたら死ぬと思う。特に頭部とか。
「それに、お前のツレがまったく心配していない。お前が負けるとは一瞬たりとも考えていないことに戦慄するよ。俺の負けだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
巽は手で少し視線を隠しながら背後にいる姉とリキマルを視る。
二人とも普通に談笑していたが、俺と巽の戦闘が終わったからかこちらを覗いた。
「終わったわさ?」
姉が言った。
つまりは、この戦いはそれだけの価値しかないということだ。
巽冬阿の住んでいる廃墟ビルを後にする俺と、あと二人。
どこから見つけてきたのか、姉が干しイチジクをかじっている。巽の家でパクってきたものを「そう」だと肯定されるのも心に悪いので聞かないことにする。
「あ、食べますか?」
なにもない空間から干しイチジクを取り出すと、リキマルは笑顔で俺に差し出してくる。
何もない場所から鉄とか土とか水とかを生み出すやつはよく見るが、食べ物を生み出すのは初めて見たのではないだろうか。というか加工品を生み出すとかちょっと怖い。瑞香水とか比較にならない。
「今のところは健康被害の報告はありませんね」
リキマルはイチジクの塊をぐいぐいと俺の頬に押し付けてくる。なんか妙にでかい。生イチジクと同じくらい大きい。干したら小さくなるんじゃなかろうか。
「え、ああ、そうですよね」
リキマルは干しイチジクを適度な大きさにした。
やってしまった。これでもう俺には本物との見分けがつかない。俺の知覚系能力なんかゴミだと思わされる一瞬だ。最初に生み出したやつも食ったやつの精度が知りたい。
「二千年以上も昔の異能力なので、さすがにちょっとわかりません。おそらく似たような能力は多かったと思うので少しずつ洗練されたんじゃないですか?」
ぐりぐりと頬に押し付けられる感触がうざいのでイチジクを噛む。リキマルの手をから奪おうと首を動かした。
動かない。
「あ、噛み切っていただいてけっこうです」
いや、この程度は一口で食えるから離してくれ。
「いえ、けっこうです」
力場でリキマルの手を開かせようとしたら、わざわざ無効化された。一瞬で可能なレベルの強度で力場を使用するが即座に思考を読まれて、やはり無効化された。いくつかフェイントと質、波長、量と、そして思考よりも先に感覚を先行させた効果を載せた方法で力場を連続使用するが、無駄だった。
仕方ないので噛み千切る。
よく考えたら別にどうでもいいことだった。
俺がかじったものを自分の口に入れることがどれだけのことか本当によくわからないんだが本人がそうしたいというのであれば別にいいだろう、という体で納得する。
「うっはー、いただきまーす」
俺がかんで三日月状になった干しイチジクを自分の口に入れようと、リキマルは大きく口を開けた。
「わさー」
リキマルが手にしていたイチジクが姉に食われた。
リキマルの手ごと。
ちゅぽんと音を立ててリキマルの手が排出される。人様の手のひらを半分ほど口に突っ込んだ姉は別にどうといった感情を見せていない。「自由にお取りください」と書かれていた御菓子を口にしただけのような、そんな嬉しそうな普通の顔だった。
モムモムと姉が咀嚼している。
その横でリキマルが泣きそうな顔で見ていた。
リキマルが足を止めて泣きそうな顔で見ている。見ている。
「お姉さま。わたし、こういうこと、やったことないからすごい楽しみだったんですけど……」
リキマル目を潤ませながら恨みがましく姉を見る。
姉はその顔を見てようやく「あ、よくわからないけど悪いことした」という実はそうでもないことを理解したようだ。そしてモムモムとよく咀嚼しながら考える。
そして、おもむろに姉がリキマルにキスをした。
「――んむぅ!?」
リキマルが不意打ちを受けて驚きの声をあげる。
姉はリキマルの頭部をしっかりと抱きしめるように唇を離さない。
それからたっぷりと一分くらいキスを続けてから「ちゅぷ」みたいな音を立てて二人の唇が離れた。本当に細い唾液の線が少しの間だけ見えて、空気に溶けて消えた。
リキマルの顔が真っ赤に火照っていた。昼の太陽を受けていても、それでもわかるほど赤くて困ったような嬉しそうなちょっと残念のようなそんな表情で姉を見ている。
そしてチラチラと俺を申し訳なさそうに見上げてきた。
……難しいところである。
なんといえばいいのか。おそらくリキマルは「浮気」的な何かを心配しているのだろうか。
これは浮気になるかどうかという話であれば、どういうことになるだろうか……?
あまり考えても仕方ないので忘れたほうがいい。
おそらく姉としては、俺とリキマルを同じ存在として扱っているのだろう。
……はて、そういえば俺とリキマルが結婚したとか言ったっけか。
確か言ってないような気がする。というか結婚式の翌日にあんなことがあった上にもう何年も前だからな。言っていない。
が、この流れをみると俺とリキマルが恋人同士ということくらいはわかっているだろう。
問題はないはず。
「……あ、あの。いいんですか?」
何がいいのかわからないし、逆に悪いそれもわからない。
まあノーカンでいいのではないか。そう思う。
「まあ、それを含めて適当な流れで」
俺の言葉に頷くと、リキマルはやはり赤い顔のままで先ほどのことを思い出しているのか、さらに周知を強めた。
まあ、うちの姉はキスだけは上手いからな。
思い出すのも、わからんではない。
無理やり練習に付き合わされた俺が言うのだから間違いない。
俺は多少げんなりしながら近くに喫茶店がないか探し始めた。
先ほどの姉のキス。
それが口移しで食物を他者に与える行為ということを忘れながら。




